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コラム
第115回 習近平主席が恐れるもの ―和平演変―
中国の指導者、習近平国家主席にとってもっとも重要な使命は中国共産党の一党支配の堅持でしょう。もちろん人民の生活の安定・向上も重視していますが、それは目的ではなく体制維持のための手段ではないかと見えます。


朝雲寸言(2025年7月31日付)
先日、とある弁護士の方々の勉強会に招かれて台湾有事について話す機会があった。中国と台湾を巡る近年の情勢やもし中国が台湾を軍事的に侵攻するとすれば、どのような状況になるかを知りたいというのが勉強会の目的であった。 中台紛争における米国の立場と極東アジアにおける配置、そして我が国の南西諸島対処を中心とした防衛力整備の現況を踏まえた上で彼らに我が国の白紙的な選択肢を提示した。 (1)武力行使を含め台湾を防衛する米国を支援する(2)武力行使せず米軍の行動を支援する(3)人道支援や救難活動、経済封鎖など我が国独自の支援活動を行う(4)中立を宣言し我が国領域を保全するという4つの選択肢である。予想の範囲内とはいえ参加者のほとんどが(4)の中立を選んだのはさすがに驚いた。 そこで視点を変えて中国の立場から日本と米国を見ることを提案した。あらゆる手段を尽くして「ひとつの中国」を達成することが国家目標である中国にとって日本と米国は不可分の脅威、すなわち敵なのであると。 中立という選択肢は「力による現状変更」を暗黙に認めることと同じではないかと問いかけた。彼らの底流


防研セミナー 時代を読み解く シリーズ<43> インドネシアのプラボウォ
政権下における政軍関係 今月の講師 富川英生氏 防衛研究所 理論研究部 社会・経済研究室長 1971(昭和46)年生まれ、兵庫県出身。千葉大学法経学部卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了(経済修士)、同博士課程中退、豪国防大学防衛戦略研究課程修了、英シェフィールド大学東アジア研究課程修了(修士・東アジア研究)。2003年防衛研究所。専門は東南アジア諸国の経済・産業政策で、グローバルな防衛装備ビジネスや国際安全保障の経済的側面なども研究。主な研究論文に「国防イノベーション・エコシステムのマネジメント」『国際安全保障』第49巻第1号(21年6月)など。 懸念の声上がる「軍の二重機能」 2025年3月、インドネシアの国民会議(下院議会に相当)は「インドネシア国軍に関する法」の改正案を可決した。


朝雲寸言(2025年7月17日付)
日本企業のたくましさ、したたかさを久しぶりに見た気がする。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの完全子会社化である。民主、共和2人の大統領の反対を覆しての大逆転劇に、世界も目を見張ったことだろう。 勝因は不退転の決意と硬軟織り交ぜた巧みな交渉術にあった。バイデン氏の買収中止命令に一歩も引かず、逆に「不当な政治介入だ」と大統領を提訴した。 トランプ政権に代わるや、今度は「米国の製造業の復活につながる」とくすぐり、110億ドル(約1・6兆円)の巨額投資カードを切った。大詰めでの黄金株の提案は、支持者らに「米国支配」をアピールしたいトランプ氏への助け舟という見方もある。 日鉄は1901年設立の官営八幡製鉄所を源流に持つ。その20日後に鉄鋼王カーネギーらが立ち上げたのがUSスチールだ。共に国名を冠したライバル同士が手を組むのは、世界の粗鋼生産能力の半分を占める中国勢に対抗するためだ。 中国初の近代的製鉄所は40年前に新日鉄(日鉄の前身)などの全面支援で誕生し、山崎豊子さんの小説『大地の子』のモデルにもなった。それが今や、日米を脅かす存在になったのだから皮
第114回 中国政治体制の弱点
我が国の安全保障を考える上での最大の課題は台頭する中国にどう向き合うのかだと言われて、かなりの歳月が経過しています。専制主義的な体制をしく中国のような国であれば、その指導者がどういう人物であるのか見極めることが重要ですが、これまで習近平について専門家による本格的な分析は少なかったように思います。しかし最近、大東文化大学の鈴木隆教授による『習近平研究』という研究書が出版されました。


朝雲寸言(2025年7月10日付)
陸軍と海軍の仲が悪いという話は昔からよく言われたことである。しかし両者の仲が悪い理由を論理的に説明するものは多くない。 我が国の場合、それぞれの生まれが異なっている。旧陸軍の起源は薩摩・長州などを中心とする倒幕軍であり、旧海軍の起源はペリー来航後に創設された長崎海軍伝習所である。 数度の戦争を経て、組織が大きくなり限られた国防予算の配分を巡って対立していたことも不仲説の一因と言われている。戦場の違いにより兵器体系が異なるのは当然だが、用語も異なれば数字や時刻の呼称も異なっていた。 米国では19世紀末の米西戦争以来、統合の必要性が叫ばれていたが1986年のゴールドウォーター・ニコルズ法の成立まで多くの年月が必要だった。 そんな統合における先輩ともいえる米軍が日本の統合作戦を見て驚きの声を上げたという。東日本大震災での統合任務部隊の災害派遣時のことである。統合作戦が基本とされてわずか数年、こんな短期間でどうやって日本は統合の実を上げることができたのかと。 その答えのひとつは教育、すなわち「人」である。それをもっとも象徴する組織が防衛大学校であろう。2


朝雲寸言(2025年7月3日付)
ホルムズ海峡はペルシャ湾とオマーン湾の間にあって北にイラン、南にオマーンのムサンダム半島に挟まれている。水深は深いところで100メートルと浅く、最も狭いところで幅33キロしかない。 世界の石油のほぼ3分の1がこの海峡からインド洋、マラッカ海峡を通って東アジアに輸送されている。1970年代、我が国は2度のオイルショックを経験した。1度目は第4次中東戦争で、2度目はイラン革命による原油供給の不安定さが原因だった。 エネルギーのほとんどを中東地域に依存している我が国にとって中東で何か起きれば国民の生活に直接的かつ深刻な影響を与えることは大きな教訓となった。 イスラエルが核開発を推し進めるイランを空爆しイランが報復する間隙(かんげき)を縫うように米国のB2爆撃機がイランの3カ所の核開発施設を空爆した。バンカーバスターと呼ばれる精密誘導爆弾GBU57が実戦で初めて使用されたという。 米国の軍事力の行使は結果としてイスラエルとイランの間に停戦をもたらした。紛争を止めさせ核開発をとん挫させたものが物理的な軍事力の行使であることを、平和を叫び戦争に反対する人々は


朝雲寸言(2025年6月26日付)
新ローマ教皇の誕生で注目されたコンクラーベは、ラテン語で「鍵とともに」を意味する。始まりは13世紀。18人の枢機卿がイタリア派とフランス派に分かれて対立し、教皇不在が3年も続く異常事態に陥る。 業を煮やした市民らは枢機卿たちを宮殿に閉じ込めて鍵をかけ、パンと水以外の持ち込みを禁じて妥協を迫った。神秘のベールに包まれた儀式だが、こんな人間臭い由来を聞くと信者ならずとも親近感がわいてくる。 もっとも800年後の教皇選びも俗世と無縁ではないらしい。アルゼンチン出身のフランシスコ前教皇は欧州偏重のバチカン脱却を唱え、アジア・アフリカなどの新興国から多くの枢機卿を任命した。南米ペルーで地道な活動をしていたレオ14世が約8割もの圧倒的な支持を集めたのも、こうしたグローバルサウス票の後押しがあったからだろう。 片や、前教皇の側近で本命視されていたイタリアのパロリン枢機卿は、中国寄りの姿勢が敬遠されたと聞く。グローバルサウスの台頭といい、中国への警戒感といい、まさに国際政治の縮図である。 新教皇が手本とするレオ13世(在位1878~1903年)は、労働者の権利擁


防研セミナー 時代を読み解く シリーズ<42> 北朝鮮の新たな核ドクトリン
今月の講師 浅見明咲氏 防衛研究所 地域研究部 アジア・アフリカ研究室 研究員 1991(平成3)年生まれ、埼玉県出身。国際教養大学国際教養学部卒業、韓国ソウル国立大学国際大学院修士課程修了。2020年防衛研究所入所。専門分野は北朝鮮の外交軍事政策、米韓同盟、日米韓安保協力。主な業績として「米韓同盟と韓国の選択-拡大抑止と核保有に関する考察」(N1DSコメンタリー第358号)、「北朝鮮の軍事態勢-金正恩政権における核・ミサイルと通常戦力の変化およびその狙い-」(『安全保障戦略研究』第2巻第1号)などがある。 紛争主導権握る新たな核戦略に 2022年、北朝鮮は、新たな核ドクトリンである「朝鮮民主主義人民共和国核武力政策について(以下、核武力政策)」を採択した。


朝雲寸言(2025年6月19日付)
広島県福山市の山中で、住民が大規模な石積みの構造物を見つけたのは2009年のこと。専門家に調べてもらうと、江戸時代に造られた砂留(すなどめ)、つまり砂防ダムだと分かった。約1キロの谷沿いに大小36基が確認され、高さ18メートル弱、長さ約32メートルという巨大なものも。土木遺産「別所砂留」である。 岡山大の樋口輝久准教授(土木史)によると、一帯は今でこそ緑に覆われているが、江戸期は人口増加に伴う森林の乱開発ではげ山だった。大雨による土砂災害が頻発し、備後福山藩が集落や農地を守るために築いたという。「近世最大の砂防事業と言っていいでしょう」。 同様の土砂災害は全国的な問題だったらしく、幕府は早くも1666年に「諸国山川(さんせん)掟(おきて)」を発布し、草木の根の採取を禁止し、苗木の植え付けを奨励している。 別所砂留の状態は良好で、現在も砂防の役割を十分に果たしている。幾世代にもわたって維持・管理してきたのは住民たちだった。ところが近年は山林が放置され、その存在さえ忘れられていた。 再発見後、地元の人々は「別所砂留を守る会」を立ち上げ、ボランティアで


朝雲寸言(2025年6月12日付)
1991年、米国ベトナム退役軍人財団とドイツのNGOの合意が端緒となり、対人地雷禁止国際キャンペーンが発足、以後世界的な運動となった。その結果97年、対人地雷禁止条約が起草され99年3月に40カ国が批准して成立した。 我が国の対応は素早かった。当時の外務大臣の発意を受けて97年に署名、翌年に衆議院で批准された。防衛庁・自衛隊には何の相談もなかった。 対人地雷は非人道的な兵器と言われる。探知・処理が困難なばかりでなく戦争が終わった後で多くの民間人が被害に遭遇することから国際問題となっていた。自衛隊が初めて参加したカンボジアの国連平和維持活動(PKO)で懸念されていたのもカンボジア全土に残る地雷の存在だった。 現在、対人地雷禁止条約は164カ国が加盟している。しかし米国・ロシア・中国をはじめ紛争や対立に直面する32カ国が未署名である。 その後、米国は国際世論に応える形で加盟時期を明言せず条約に加盟する方針を表明し、今後20年ほどで対人地雷を使えなくする方針だと発表した。しかしロシアのウクライナ侵攻を受けて米国はウクライナに対人地雷を供与した。バルト3


朝雲寸言(2025年6月5日付)
4月に死去したリチャード・アーミテージ元米国務副長官は映画「ランボー」のモデルの一人と言われた。アメフトや筋トレで鍛えた分厚い胸板といかつい顔だけでなく、経歴もランボーそのものだ。 アナポリスの海軍兵学校を卒業後、ベトナム戦争に3度従軍。1975年のサイゴン陥落の際には、南ベトナム軍の将兵や家族ら約3万人を国外に脱出させるという困難なミッションを担った。この屈辱的な敗走体験が、日米同盟の強化を繰り返し訴える原点だったという。 生粋の共和党員だが、同盟をないがしろにするトランプ氏嫌いでつとに知られた。「彼は本物のビジネスマンじゃない。ビジネスマンは長期的な戦略を持っているが、彼は目先の利益しか考えていない」と公言し、過去3回の大統領選ではいずれも民主党候補への支持を表明している。 そのアーミテージ氏が晩年、バンス副大統領の自伝『ヒルビリー・エレジー』を熟読するよう周囲に勧めていたと聞き、意外に思った。ラストベルト(さびついた工業地帯)を舞台に、繁栄から取り残された白人労働者がなぜトランプ信奉者になったかを浮かび上がらせたベストセラーである。...


第113回 習近平にとっての台湾問題
わが国では最近、台湾有事は日本の有事であると言われますが、大東文化大学の鈴木隆教授は著書「習近平研究」の中で、東アジア近代史の総決算を目指す習近平にとっても台湾問題は日本問題であると書いています。


朝雲寸言(2025年5月29日付)
国境は地図には書かれているものの実際の地面や水面に線が引かれているわけではない。陸地の国境は河川や山脈など地形区分によって比較的明瞭である。一方で現地を確認せず机上で定規で引いたような直線の国境もある。さらに何故そこに国境が引かれたのか理解に苦しむ国境もある。 世界地図を広げると国境が点線で描かれた地域がある。カシミール地方はチベットとカラコルム山脈に連なる山岳地域でインド、パキスタン、中国によって実効支配され国境は定まっていない。 領土を巡る争いは人類の歴史を通じて幾度となく繰り返されてきた。また領土を巡る争いは資源を獲得する争いでもある。フランスとドイツに隣接するアルザス・ロレーヌ地区は古くから良質の石炭と鉄鉱石を産出する地域だった。ウクライナ東部のドンバス地域も石炭などが産出されることで知られている。 領土にはその土地で日々暮らす人々の生活がある。国境は民族の歴史や文化・宗教を分断する境界でもあるのだ。近年国境の争いは海に及んでいる。水産資源だけでなく海底に潜む石油やレアメタルなどの鉱物資源に注目が集まっている。 ロシアの一方的な侵攻から既


朝雲寸言(2025年5月22日付)
トランプ米大統領が称賛するマッキンリー大統領(在任1897~1901年)は、高率関税のほかフィリピンやハワイなどを併合したことでも知られる。その強引な手法は帝国主義そのものだった。 スペインの植民地だったフィリピンで独立運動が活発になったのは19世紀後半。激しい弾圧を受けるが、1898年の米西戦争で風向きが変わる。米国は独立軍の指導者アギナルドに独立を約束し、その協力を得て戦争に勝利。アギナルドは同年6月12日に独立を宣言し、初代大統領になる。これが同国の独立記念日になっている。 ところがマッキンリー政権は約束を反故(ほご)にし、スペインから2千万ドルでフィリピンを購入。これには米国内でも作家のマーク・トウェインや鉄鋼王カーネギーらから強い反対の声が上がった。 独立軍の反抗が始まるが、米軍による掃討は熾烈(しれつ)を極め、フィリピン側だけで4年間に20万人超の犠牲者が出たという。その後、大戦中の日本軍による占領を経て、1946年にようやく独立を果たす。 戦後、日米比3国は安全保障でも経済面でも良好な関係を培ってきたが、わずか数世代前には互いに憎悪
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