top of page
朝雲寸言


朝雲寸言(2026年7月9日付)
「ヤルタからマルタまで」という成句は冷戦の始まりと終わりを表している。ヤルタ会談は1945年2月、マルタ会談は89年12月、冷戦の期間はほぼ半世紀である。 振り返れば米ソが対立していた戦後の半世紀は比較的安定した時代であったと言える。この冷戦間に我が国は戦後復興を成し遂げ世界第2位の経済大国に成長した。世界が混乱していれば我が国の高度成長は違ったものになっていただろう。 明治維新以降、軍拡と領土拡張を通じて世界の列強に肩を並べようとしていた我が国は敗戦後、国家の姿勢を180度変換した。日米同盟の下で平和で豊かな国家を目指したのである。 しかし今、時代は大きく変わった。冷戦という大きな枠組みは崩壊し多様で不安定な対立と混乱の時代に我々は生きている。 それでもいまだに時代の変化を認識しない人々が多くいる。安定した過去に固執し厳しい現実を見ようとせず変化を拒絶する人々がいる。 人の意識が変わることは難しい。企業や組織が衰退する最大の要因は過去の成功に溺れ変化を受け入れ ようとしない人々がいるからだと言われている。環境の変化に適応するためには世代交代とい


朝雲寸言(2026年7月2日付)
「だって言うじゃない、被害者にも非があるって。だまされる側も悪いということよ」。何げない日常、公然と大声でなされた喫茶店での会話である。筆者は発言の主である50代女性の顔をまじまじと見てしまった。 これから詐欺まがいのことでもしでかすのかという勢いがあった。事後に起きる非難の声を予防しようとしているかのようだった。 では、問いたい。例えば北海道旭川市で起きた女子高校生殺害事件について、被害者の女子高校生にも非はあったと思うのか。いじめを受ける小学生、ドメスティックバイオレンスを受ける妻、子ども、夫らに落ち度を勘ぐるのか。自死に追い詰められる多額詐欺の被害者を自業自得と白眼視するのか。殺害されたり心身を害されたりだまされたりするべき理由のある人間は誰一人いない。 心理学の「公正世界仮説」によれば、人は「世界は安全・公正だから被害者にも何か原因があったはずだ」と無意識に捉えてしまうのだそうだ。被害者非難を助長する陥穽(かんせい)である。 おぞましい心理的バイアスはSNSで異常に肥大化し、普通の倫理感覚を駆逐しがちである。いつの間にか加害行為の可罰性は


朝雲寸言(2026年6月25日付)
「自衛隊に行く子は経済的に厳しい」。本国会における参議院決算委員会での野党議員の発言である。発言はすぐさま訂正され、大臣の指摘を受けて陳謝し撤回された。 しかし陳謝して撤回しようが議事録から削除されようが、その発言は人々の記憶に残る。SNSは瞬く間に拡散し、いわゆる炎上した。そのコメントの多くが自衛隊員に対する侮蔑または差別の発言ではないかというものであった。 小欄は自衛隊に入隊する若者が経済的に厳しい環境にあるのかどうか、具体的な統計資料を見たことがない。なぜなら自衛隊の受験要件に本人またはその家庭の経済状態は一切考慮されないからである。付け加えるならば、それは自衛隊に限らず全ての公務員の採用に共通することである。 確かに自衛隊への入隊動機に経済的な事情を挙げる人がいることは事実である。しかし志望動機が採用や入隊後の勤務に影響を及ぼすことはない。 自衛隊は創隊以来、幾度となく困難に直面してきた。はっきり言おう。それを乗り越えてきたのは外ならぬ自衛隊員自身の人知れぬ努力と献身に他ならない。 長沼判決で憲法違反と断じられようと、阪神淡路大震災で出動


朝雲寸言(2026年6月18日付)
梅雨の季節である。じめじめとした鬱陶(うっとう)しさは例年通りだが、梅雨は日本文化に欠かせないファクターであることも事実だ。 まずもって、梅雨は和歌の題材だった。小野小町の「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に」は、「降る」と「経(ふ)る」、「長雨」と「眺め」(物思いに沈むこと)の掛詞(かけことば)が秀逸。「五月雨を あつめて早し 最上川」という芭蕉の名句も、長雨なしでは成立しなかった。 近代以降も梅雨は日本人の美意識を刺激する。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」では、厠(かわや)で耳にするしめやかな雨音を風雅の一つとして捉える。軒端を湿らす長雨の柔らかな感触。深緑は一層色を濃くする。永井荷風の「ボク(ぼく)東(とう)綺(き)譚(だん)」は、6月末のある日、夕立の中、男の傘に女が突然駆け込んでくるという、錦絵のような出会いの場面を描く。「つゆのあとさき」は、銀座のカフェーの女給を取り巻く腐敗した世相やはかなさのメタファーとして「つゆ」を扱う。 お茶屋に着いた芸妓(げいぎ)。雨滴を払い、傘をたたむそのつかの


朝雲寸言(2026年6月11日付)
6月の声を聞いて暑い長い夏がまた来るのだといささか憂鬱(ゆううつ)になるこの頃である。5月末から各地で30度を超える真夏日が続いた。これは異常気象ではない。この10年ほどで定着した長く暑い夏の始まりである。 暑い夏に辟易(へきえき)しているのは我が国ばかりではない。世界各地で熱波と豪雨のため災害が多発している。スペインでは連日40度を超える日が続いて暑さと乾燥に起因する大規模な山林火災が起きている。英国・仏国でも5月の最高気温を更新したという。 有史以来、地球は何度も氷河期に見舞われてきた。現在は約1万年前に終わった氷河期の間氷期にあたるのだという。地球温暖化は人類共通の課題なのか。さにあらず密(ひそ)かに歓迎していると思われる国がある。それがロシアである。 地球温暖化が進むとシベリアの永久凍土が耕作可能な土地となり、氷に閉ざされた北極海に通年航行可能な航路が開通されることになる。中国が極寒のアイスランドに立派な大使館を建てたのは北極を経由する通商航路の開設を見越してのことだと言われている。 46億年に及ぶ地球の時の流れに比べてイラク・中東・ウク


朝雲寸言(2026年6月4日付)
歌舞伎の大名跡、尾上菊五郎(音羽屋)の襲名披露興行が続いている。今襲名で八代目尾上菊五郎が誕生したのだが、実父の七代目尾上菊五郎も並び立つ。父子並立の「ダブル菊五郎」のような形態は史上初ともいわれる。話題を呼ぶわけだ。 歴史を遡(さかのぼ)る。歌舞伎は江戸時代の1603年、出雲阿国なる男装の麗人が京都で「かぶき踊り」を見せたのが嚆矢(こうし)とされる。 「遊女歌舞伎」「若衆歌舞伎」と推移するが、その理由は風紀(ふうき)紊乱(びんらん)を憂えた江戸幕府の禁圧だった。結果、成人男子のみによる「野郎歌舞伎」につながり、歌舞伎の特質を語る上で欠かせない女形が登場。為政者の弾圧が皮肉なことに、世界が賛美する女形を生んだともいえる。八代目菊五郎も清冽な女形を真摯に演じる。 さて、歌舞伎はその後も、幕府による改革で頻繁に指弾された。そこでどうしたか。家督継承、封建的主従関係、上意下達、型の重視などを浸透させ、生き残りをかけて武家を模した組織を構築したともいえるのだ。 相似形の組織が一種の防衛策として、度重なる弾圧への耐性を歌舞伎に付与した側面は否定できない。歌


朝雲寸言(2026年5月28日付)
スポーツは時に戦争に例えられる。人間同士あるいはチームが国別に競うオリンピックなどはその典型である。 そもそも格闘系のスポーツは戦いそのものであるし、チームスポーツは攻撃と防御などで得点を競う構造が戦争と酷似している。そのためスポーツは古くから戦争の隠喩として語られてきた。 同時にスポーツはルールによって戦いをゲームへと昇華し、実際の戦争を平和的なイベントへと変えるという側面があることは否めない。 歴史上、現実の紛争や政治的対立がスポーツの試合に直接持ち込まれた事例は少なくない。フォークランド紛争後のイングランド対アルゼンチン、冷戦時代の米国対ソ連の金メダルの争いなどマスメディアもそれを大々的に取り上げてきた。 スポーツの国際大会における参加国の多い団体競技は何といってもサッカーである。国際サッカー連盟には211の国と地域が加盟しており、世界中で最も多くのナショナルチームがワールドカップの予選に参加している。 戦後、長きにわたって予選を突破できなかった我が国も1998年以降本選に出場し、今では決勝トーナメントの常連となった。東南アジアの国々が日本


朝雲寸言(2026年5月21日付)
「子ども食堂」が増えている。子どもたちに無料または低額で食事や温かな居場所を用意する社会活動で、その拠点でもある。認定NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」によると、全国に1万2602カ所(2025年度)あるという。 10年代前半から急増。森沢明夫氏の小説『おいしくて泣くとき』が原作の映画なども作られ、認知度を高めている。年間の延べ利用者数は約2533万人。近年、お年寄りらも多く、孤食回避などの役割も担う。地域社会のインフラと言っていい。 ただ、約8割が非営利の民間団体による運営。調理や子の見守りなどはボランティア頼みだから、運営人材の高齢化や固定費(家賃など)の捻出などが問題になる。レッテル貼りを恐れて困窮家庭の子どもの足が遠のく一方、余裕ある家庭の利用が目立つ現状もあり、支援到達度も課題だ。 「民」の限界には「公」が乗り出すべきなのだが、「こども家庭庁」などは何をしているのか。公平性から自治体などを通じての間接的支援にとどめるというが、明確な旗振りができないものか。 子ども食堂は、互助精神の賜物(たまもの)である。民間の善意による


朝雲寸言(2026年5月14日付)
陸上自衛隊の装備品に84ミリ無反動砲という火砲がある。別名カール・グスタフ、スウェーデンが開発した肩撃ち式の無反動砲である。主として普通科部隊などが対戦車火器として使用するほか、地域目標の制圧、照明および発煙など軽量で操作容易な火砲である。 スウェーデンは1814年のナポレオン戦争終結後、国家の政策として中立を維持してきた。一方でスウェーデンは武器輸出国としても知られている。独自の運用構想に基づくグリペンと呼ばれる戦闘機や対空機関砲・無反動砲や哨戒艇などが有名で多くの国で使用されている。 平和的な中立国家でありながら積極的に武器を輸出するという政策は大いなる矛盾ともいえる。2024年のスウェーデンの1人当たりの武器輸出額は過去最高を記録し世界第3位となった。武器輸出は国際紛争を助長するという主張がある半面、自国の国防費を抑制し地域の抑止力を向上させるという側面がある。 それでもスウェーデンはロシアのウクライナ侵攻を受けてNATOへの加盟を決定した。200年間続いた中立政策の大転換である。中立を維持するのも他国と同盟を結ぶのも国家にとっては相応の覚


朝雲寸言(2026年5月7日付)
まぶしい青葉、道行く半袖姿の人々、入社したての新入社員。街にフレッシュな風が吹いている。だが、足元には不穏な動きも見える。 本人に代わって辞意を伝える「退職代行サービス」である。サービスが入社当日に始動した例もある。中には弁護士法に抵触する「非弁行為」の疑いがもたれる業者もいるという。便利で効率的なサービスの落とし穴だ。 もちろん、心身を病むような職場からは一も二もなく離れる必要がある。辞めさせない企業も厄介だ。サービスが力を発揮する場面かもしれない。 そもそも転職自体に非はない。充実した人生のための転職は、自己決定権の範疇(はんちゅう)にある。より高いポストや収入を求めて古巣から旅立つ層は、むしろ頼もしい。 だが、「思っていた仕事と違った」「なんとなく上司がうざい」という程度の所感からであれば、立ち止まるべきだ。そんな時、代行サービスを使おうものなら、どこかこそこそとした退職にならないか。その後の人生にプラスとは言えまい。 サービス利用で晴れて退職できたとして、次の会社は本当に好きな仕事をさせてくれるのか。結局、何度も利用する羽目にならないか。


朝雲寸言(2026年4月23日付)
2016年4月、熊本県で地震が発生した際に動物園からライオンが逃げ出したという情報が画像付きでSNSに投稿された。投稿は1万回以上リポストされ、動物園には問い合わせの電話が殺到した。 24年8月、水平に広がる「地震雲」と呼ばれる雲の画像と共に「巨大地震が来る」と発信された偽情報が拡散した。南海トラフ地震の臨時情報が発表された直後のことだった。 雲が地震の前兆となることはない。しかし偽情報は瞬く間に日本各地に広まった。まさにSNSの広がりの凄さを認識させられた出来事だった。 ユネスコは偽・誤情報を三つに区分している。(1)偽情報:個人、社会、組織または国に危害を与えるため、虚偽かつ故意に作成された情報(2)誤情報:虚偽の情報であるが危害を引き起こす意図で作成されたものでないこと(3)悪意ある情報:事実に基づく情報を個人、組織または国に危害を加えるために使用すること。 認知戦とはSNSやAI技術を駆使して敵対国や世論の「認識・心理・感情」に働きかけ、物理的な戦闘なしに相手の意思決定や行動を自分に有利な方向へ誘導する戦略的な情報戦をいう。現代の戦争は私


朝雲寸言(2026年4月16日付)
「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛)。桜が散り始めている。日本人は平安期ごろから桜を愛(め)でて盛んに和歌を詠み、咲く姿、散る姿に無常観も投影してきた。 中世の鴨長明「方丈記」や「平家物語」、それ以降の多くの作品にも無常観が底流している。▽西洋の「石の文化」に対し、東洋は「木の文化」といわれる。ギリシャのパルテノン神殿は残りやすく、日本の神社仏閣はそのままでは残りにくい。 松浦晃一郎氏が第8代ユネスコ事務局長だった2006年から、ユネスコの「無形文化遺産」制度が始まった。アジア初の事務局長という意気込みもあったのだろう。有形の「世界遺産」だけでなく、世界の伝統芸能や祭、技術といった無形の文化財に光を当てようとした。慧眼(けいがん)である。 松浦氏がこの制度を主導した内心には、無常観に裏打ちされた日本人的心性が宿っていたはずだ、とみるのは穿(うが)ち過ぎだろうか。同氏と直接言葉を交わした際、この点については明言を避けていた。が、無常を肯定的にとらえる姿勢は否定しなかった。世は常ならず。無常は希望の母ともなり、絶望の母ともなる。対立するものが、あざな


朝雲寸言(2026年4月9日付)
陸上自衛隊が所在する場所を「駐屯地」と呼ぶ。一方で海上自衛隊や航空自衛隊が所在する場所は「基地」である。なぜ呼び方が違うのか疑問を持つ方も少なくない。 両者を英語にするとわかりやすい。駐屯地とはCAMP(キャンプ)であり、一時的な場所を表している。基地とはBASE(ベース)であり、平素から有事を通じて永続的に所在する場所を表す。 陸上自衛隊の部隊配置は、災害派遣への対応や平素の教育訓練、隊務運営を考慮して我が国の行政区に応じて配置されている。いったんことが起これば、陸上自衛隊の部隊は駐屯地を離れ、作戦目的に応じて機動的に運用される。師団や連隊は一定期間、野外で独立的に行動することが基本なのである。 しかし、港湾や飛行場などの特別な機能が必要な海上・航空自衛隊の所在地は、平時から有事を通じて戦力発揮の基盤であり、継続的に所在部隊や来援する艦艇や航空機を支援する。 先日、陸上自衛隊健軍駐屯地に25式地対艦誘導弾が、また富士駐屯地に25式高速滑空弾が配備された。射程1000キロ超と言われる誘導弾は、いわゆる反撃能力を具体化する装備品で我が国の抑止力向上


朝雲寸言(2026年4月2日付)
「推し活」という言葉を聞いたことがあるだろうか。アイドルやアニメのキャラなど「推し」と呼ばれる存在を応援し、お金や時間、感情を投じる行為だ。 財務省広報誌「ファイナンス」によると、昨年時点で15~79歳の3人に1人が推しを持つらしい。民間の調査・研究機関「推し活総研」のデータでは年間4兆円規模の市場に急成長している。選挙すら推し活の構図に取り込まれているともいう。 打ち込む対象があるのは悪くない。知人の60代女性も最近アイドルの推し活に目覚めた。推しの話に目を輝かせているから、一種の若返り効果があるのかもしれない。 しかし、推しが人の場合、引退やスキャンダルなどの否定的変化が生じると、尋常ではない落胆につながる。別の推しに転戦できればよいが、そうできないこともよくある。すると、情熱が燃え尽き、自己が空洞化してしまうとの精神医学上の指摘も出ている。 推しのコミュニティーの同調圧力で、楽しみが義務となって疲弊するケースもある。推しに恋人ができようものなら喪失感は容易に攻撃性に転じ、SNSで誹謗(ひぼう)を垂れ流すことになりかねない。...


朝雲寸言(2026年3月26日付)
南北朝時代の若き公家武将北畠顕家の戦いを描いた小説がある。その冒頭近く主人公が陸奥守任官として東北に赴く場面に以下の文章がある。「(任地に赴く指揮官が)最初に戦わなければならない相手は配下につけられた諸将である」。 新任地に赴任する指揮官には克服しなければならない相手が三つあるという。一つ目はいつか戦うであろう敵である。二つ目は任地とその地域に生きる人々である。そして三つ目が指揮する部隊の隷下部隊長である。 今年も年度末の人事異動で多くの部隊長が着任された。初級幹部時代から自己研鑽(けんさん)を積み、要職を経て勇躍新任地に赴任された指揮官の方も多いであろう。新指揮官を迎える部隊も今度の指揮官がどんな人物なのか期待と不安を抱いていることだろう。 実力集団を任された指揮官に与えられた期間はおよそ2年、決して充分な時間ではない。その短い在任期間で部隊を鍛え、地域との連携を深め、有事即応の態勢を維持する責任が指揮官にはある。 ナポレオンの格言として知られる狼と羊の例え話は部隊が指揮官次第で良くも悪くもなるという組織運営の大原則である。...
bottom of page






