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朝雲寸言


朝雲寸言(2026年8月20日付)
熊本地震が起きて間もなく1カ月だ。避難所には今も3000人以上が身を寄せている。プライバシーの確保、トイレの衛生面はどうか。段ボールのベッドで雑魚寝なのか。食事はどうか。避難者が改善を求めるニュース映像は後を絶たない。 待てよ。我々は、震災のたびにこうしたニュースに接してはいないだろうか。1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災、24年の能登半島地震、10年前の熊本地震でも、そうだった。世界有数の災害大国として恥ずべき状況ではないか。 「防災先進国」のイタリアは、国主導で発災48時間以内にトイレ、キッチン、ベッドと充分な生活環境を提供するシステムを持つ。米国でも避難所をホテルや民間施設に分散させる方式が稼働する。スウェーデンなどでは完全個室化を重視した措置を取る。 日本では能登半島地震を受け、24年に避難所運営のガイドラインを改定。国際的人道基準「スフィア基準」を導入した。物資の備蓄や迅速な調達を自治体へ強く促した。1947年成立の「災害救助法」は25年、改正された。 災害大国である。対策実行者は自治体ではなく、国であるべきだろう。


朝雲寸言(2026年8月13日付)
1989年ベルリンの壁の崩壊、同年マルタ会談で冷戦の終結宣言、90年東西ドイツ統一、91年ソビエト連邦が崩壊する。わずか数年で冷戦は崩れ落ちた。 冷戦崩壊後の欧州各国の対応は素早かった。冷戦期に前方配置されていた主力軍団などの撤退、大規模な軍備縮小や防衛費の大幅削減、欧州諸国は「平和の配当」を求めたのである。結果としてNATOが東方に拡大した。 国際社会における急激な力の変化は反動を生み、その反動が力の空白や不均衡を生む。その延長線上に現在のウクライナや中東情勢があるのではないか。 一方アジアでは冷戦構造に大きな変化がなかった。旧ソ連の航空機に対する対領空侵犯措置が激減した一方で中国と北朝鮮の脅威が高まった。議論となったものの我が国において平和の配当は行われなかった。 今年も8月15日を迎え「先の大戦」が終結して81年が経過する。この敗戦こそが我が国の歴史の大転換であった。大きな反省と共に我が国は一貫して平和を希求する国家として歩んできた。その一貫性が我が国の平和と独立に寄与していると言える。 時と共に戦争の記憶は薄れつつある。しかし戦争を忘れな


朝雲寸言(2026年8月6日付)
ツキノワグマによる被害や目撃のニュースが絶えない。ヒグマならまだしも、ツキノワグマがこれほど怖いものだと痛感したことはない。 環境省のまとめ(2025年度)によると、クマ出没件数は全国で約5万件。記録が残る09年度以降、最多を記録した。前年度の約2.5倍という。人的被害は全国で216件発生、被害者数は238人(うち13人が死亡)といずれも過去最悪となった。東北各県に被害が集中。兵庫県神戸市での目撃情報も出てきた。いわゆるアーバンベアである。 スプレーや鈴などのクマ撃退ツールにも慣れ、効果が薄れてきている。個人での対策ではおぼつかない。あとは猟銃などによる駆除しかないのだろうが、これも人手不足という。 原因は気候変動などによるエサのドングリの凶作、クマの生息域の拡大、人への慣れ、残飯類の味への執着などと分析されている。もっと探ると、高齢化・過疎化によって人とクマの生活圏の緩衝地帯だった「里山」が荒廃したところに行きつくのだろう。 高度経済成長期にも、被害はあった。だが、現場は住宅・市街地域ではなく奥山だった。それでも新聞のコラムは問題を指摘した。.


朝雲寸言(2026年7月30日付)
毎日の散歩コースは少し足を延ばすと運河の先に海につながる人工の砂浜があり休日は多くの人でにぎわう。 宮沢賢治は旧制盛岡中学時代、修学旅行で訪れた石巻の日和山から初めて海を見てその広大な水平線に圧倒された。 賢治の感動は多くの日本人にとって無条件に共感できるものである。陸地に生きる人間種にとって海はいまだに神秘の世界であるのだ。 四面環海、貿易のほとんど全てを海上輸送に依存する我が国は海の恵みによって発展してきた。しかし現在、海を間近に感じながら生きている日本人は少ない。我が国の漁業就業者は労働人口の約0・17%、船員はわずか0・04%に過ぎない。 海運業ではグローバル化が進み、外国人船員が日本の海上輸送を支えている。しかし国の領海を守りシーレーンを確保する海上自衛隊や海上保安庁の人材に外国人を期待することはできない。 海洋国家である米国も海離れが進んでいると聞く。米海軍の人員は現役約33万、予備役約10万で合計約43万人。世界最大かつ最強の海軍の屋台骨を支えているのは実は「人」である。 資料によれば2025会計年度の米海軍の募集広告費は2億800


<春夏秋冬> 「NATO3.0」と日米同盟 前嶋和弘
月上旬に開かれた北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議は集団防衛義務を再確認する首脳宣言を採択し、結束を演出しました。ただ、NATO脱退を持論とするトランプ大統領の脱退宣言が現実にならなかったことが各国にとっての「最大の成果」だったように思えます。 この会議を規定したともいえる「NATO3.0」という言葉があります。米国防総省のコルビー国防次官(政策担当)が今年2月、NATO国防相会合で唱えた概念です。 「1.0」は東西冷戦期に旧ソ連の脅威に備えるために米国が欧州防衛の中核を担った時代。「2.0」が冷戦後にNATOが加盟国以外も含めた対テロや平和維持活動に従事した時代。そして、「3.0」とは米国が中国との覇権争いのためにインド太平洋など他地域に政治・軍事資源を移す時代です。昨年末に公表した国家安全保障戦略の本土防衛と西半球重視の方針と一致します。 コルビー次官は「1.0」の時代が理想的だったと。加盟国は率先して行動し、米国の過度な負担とならなかったためです。 ウクライナ侵攻の次のロシアの動きを警戒する欧州諸国にとっては、トランプを怒らせて、NAT


朝雲寸言(2026年7月16日付)
「ネガティブ・ケイパビリティー」という言葉がある。「消極的能力」とでもいうのだろうか。もともと、はかなくもみずみずしい名作を繰り出した英ロマン派の夭折詩人ジョン・キーツが提唱した。キーツの代表作の1つ「ナイチンゲールに寄せる」には、この考え方が如実に反映されている。 不確実な問題に直面した時、性急な解決を避け、判断留保のまま、宙に浮いたまま、その不気味な重みに耐える能力のことをいう。VUCA(ブーカ)と呼ばれる先行き不透明で正解のない現代、ビジネスリーダーシップ分野や医療・教育の現場で注目されている概念だ。判断ミスや思考停止を防ぎ、粘り強く考える力として評価されている。 面の皮の厚い「鈍感力」とは違う。審議を不毛な議論で空転させる引き延ばし術とも違う。「そのうち別の事件や事故が起きて、うやむやになる」など時の経過頼みの姿勢とも大いに異なる。 例えば、この能力は、組織の危機管理などで問われる。不祥事に際し、すぐに「犯人捜し」をして原因を特定するのは一見、リーダーシップの発揮に見える。が、そこに落とし穴が潜む。複雑な事情を踏まえずに即断すると、致命的


朝雲寸言(2026年7月9日付)
「ヤルタからマルタまで」という成句は冷戦の始まりと終わりを表している。ヤルタ会談は1945年2月、マルタ会談は89年12月、冷戦の期間はほぼ半世紀である。 振り返れば米ソが対立していた戦後の半世紀は比較的安定した時代であったと言える。この冷戦間に我が国は戦後復興を成し遂げ世界第2位の経済大国に成長した。世界が混乱していれば我が国の高度成長は違ったものになっていただろう。 明治維新以降、軍拡と領土拡張を通じて世界の列強に肩を並べようとしていた我が国は敗戦後、国家の姿勢を180度変換した。日米同盟の下で平和で豊かな国家を目指したのである。 しかし今、時代は大きく変わった。冷戦という大きな枠組みは崩壊し多様で不安定な対立と混乱の時代に我々は生きている。 それでもいまだに時代の変化を認識しない人々が多くいる。安定した過去に固執し厳しい現実を見ようとせず変化を拒絶する人々がいる。 人の意識が変わることは難しい。企業や組織が衰退する最大の要因は過去の成功に溺れ変化を受け入れ ようとしない人々がいるからだと言われている。環境の変化に適応するためには世代交代とい


朝雲寸言(2026年7月2日付)
「だって言うじゃない、被害者にも非があるって。だまされる側も悪いということよ」。何げない日常、公然と大声でなされた喫茶店での会話である。筆者は発言の主である50代女性の顔をまじまじと見てしまった。 これから詐欺まがいのことでもしでかすのかという勢いがあった。事後に起きる非難の声を予防しようとしているかのようだった。 では、問いたい。例えば北海道旭川市で起きた女子高校生殺害事件について、被害者の女子高校生にも非はあったと思うのか。いじめを受ける小学生、ドメスティックバイオレンスを受ける妻、子ども、夫らに落ち度を勘ぐるのか。自死に追い詰められる多額詐欺の被害者を自業自得と白眼視するのか。殺害されたり心身を害されたりだまされたりするべき理由のある人間は誰一人いない。 心理学の「公正世界仮説」によれば、人は「世界は安全・公正だから被害者にも何か原因があったはずだ」と無意識に捉えてしまうのだそうだ。被害者非難を助長する陥穽(かんせい)である。 おぞましい心理的バイアスはSNSで異常に肥大化し、普通の倫理感覚を駆逐しがちである。いつの間にか加害行為の可罰性は


朝雲寸言(2026年6月25日付)
「自衛隊に行く子は経済的に厳しい」。本国会における参議院決算委員会での野党議員の発言である。発言はすぐさま訂正され、大臣の指摘を受けて陳謝し撤回された。 しかし陳謝して撤回しようが議事録から削除されようが、その発言は人々の記憶に残る。SNSは瞬く間に拡散し、いわゆる炎上した。そのコメントの多くが自衛隊員に対する侮蔑または差別の発言ではないかというものであった。 小欄は自衛隊に入隊する若者が経済的に厳しい環境にあるのかどうか、具体的な統計資料を見たことがない。なぜなら自衛隊の受験要件に本人またはその家庭の経済状態は一切考慮されないからである。付け加えるならば、それは自衛隊に限らず全ての公務員の採用に共通することである。 確かに自衛隊への入隊動機に経済的な事情を挙げる人がいることは事実である。しかし志望動機が採用や入隊後の勤務に影響を及ぼすことはない。 自衛隊は創隊以来、幾度となく困難に直面してきた。はっきり言おう。それを乗り越えてきたのは外ならぬ自衛隊員自身の人知れぬ努力と献身に他ならない。 長沼判決で憲法違反と断じられようと、阪神淡路大震災で出動


朝雲寸言(2026年6月18日付)
梅雨の季節である。じめじめとした鬱陶(うっとう)しさは例年通りだが、梅雨は日本文化に欠かせないファクターであることも事実だ。 まずもって、梅雨は和歌の題材だった。小野小町の「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に」は、「降る」と「経(ふ)る」、「長雨」と「眺め」(物思いに沈むこと)の掛詞(かけことば)が秀逸。「五月雨を あつめて早し 最上川」という芭蕉の名句も、長雨なしでは成立しなかった。 近代以降も梅雨は日本人の美意識を刺激する。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」では、厠(かわや)で耳にするしめやかな雨音を風雅の一つとして捉える。軒端を湿らす長雨の柔らかな感触。深緑は一層色を濃くする。永井荷風の「ボク(ぼく)東(とう)綺(き)譚(だん)」は、6月末のある日、夕立の中、男の傘に女が突然駆け込んでくるという、錦絵のような出会いの場面を描く。「つゆのあとさき」は、銀座のカフェーの女給を取り巻く腐敗した世相やはかなさのメタファーとして「つゆ」を扱う。 お茶屋に着いた芸妓(げいぎ)。雨滴を払い、傘をたたむそのつかの


朝雲寸言(2026年6月11日付)
6月の声を聞いて暑い長い夏がまた来るのだといささか憂鬱(ゆううつ)になるこの頃である。5月末から各地で30度を超える真夏日が続いた。これは異常気象ではない。この10年ほどで定着した長く暑い夏の始まりである。 暑い夏に辟易(へきえき)しているのは我が国ばかりではない。世界各地で熱波と豪雨のため災害が多発している。スペインでは連日40度を超える日が続いて暑さと乾燥に起因する大規模な山林火災が起きている。英国・仏国でも5月の最高気温を更新したという。 有史以来、地球は何度も氷河期に見舞われてきた。現在は約1万年前に終わった氷河期の間氷期にあたるのだという。地球温暖化は人類共通の課題なのか。さにあらず密(ひそ)かに歓迎していると思われる国がある。それがロシアである。 地球温暖化が進むとシベリアの永久凍土が耕作可能な土地となり、氷に閉ざされた北極海に通年航行可能な航路が開通されることになる。中国が極寒のアイスランドに立派な大使館を建てたのは北極を経由する通商航路の開設を見越してのことだと言われている。 46億年に及ぶ地球の時の流れに比べてイラク・中東・ウク


朝雲寸言(2026年6月4日付)
歌舞伎の大名跡、尾上菊五郎(音羽屋)の襲名披露興行が続いている。今襲名で八代目尾上菊五郎が誕生したのだが、実父の七代目尾上菊五郎も並び立つ。父子並立の「ダブル菊五郎」のような形態は史上初ともいわれる。話題を呼ぶわけだ。 歴史を遡(さかのぼ)る。歌舞伎は江戸時代の1603年、出雲阿国なる男装の麗人が京都で「かぶき踊り」を見せたのが嚆矢(こうし)とされる。 「遊女歌舞伎」「若衆歌舞伎」と推移するが、その理由は風紀(ふうき)紊乱(びんらん)を憂えた江戸幕府の禁圧だった。結果、成人男子のみによる「野郎歌舞伎」につながり、歌舞伎の特質を語る上で欠かせない女形が登場。為政者の弾圧が皮肉なことに、世界が賛美する女形を生んだともいえる。八代目菊五郎も清冽な女形を真摯に演じる。 さて、歌舞伎はその後も、幕府による改革で頻繁に指弾された。そこでどうしたか。家督継承、封建的主従関係、上意下達、型の重視などを浸透させ、生き残りをかけて武家を模した組織を構築したともいえるのだ。 相似形の組織が一種の防衛策として、度重なる弾圧への耐性を歌舞伎に付与した側面は否定できない。歌


朝雲寸言(2026年5月28日付)
スポーツは時に戦争に例えられる。人間同士あるいはチームが国別に競うオリンピックなどはその典型である。 そもそも格闘系のスポーツは戦いそのものであるし、チームスポーツは攻撃と防御などで得点を競う構造が戦争と酷似している。そのためスポーツは古くから戦争の隠喩として語られてきた。 同時にスポーツはルールによって戦いをゲームへと昇華し、実際の戦争を平和的なイベントへと変えるという側面があることは否めない。 歴史上、現実の紛争や政治的対立がスポーツの試合に直接持ち込まれた事例は少なくない。フォークランド紛争後のイングランド対アルゼンチン、冷戦時代の米国対ソ連の金メダルの争いなどマスメディアもそれを大々的に取り上げてきた。 スポーツの国際大会における参加国の多い団体競技は何といってもサッカーである。国際サッカー連盟には211の国と地域が加盟しており、世界中で最も多くのナショナルチームがワールドカップの予選に参加している。 戦後、長きにわたって予選を突破できなかった我が国も1998年以降本選に出場し、今では決勝トーナメントの常連となった。東南アジアの国々が日本


朝雲寸言(2026年5月21日付)
「子ども食堂」が増えている。子どもたちに無料または低額で食事や温かな居場所を用意する社会活動で、その拠点でもある。認定NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」によると、全国に1万2602カ所(2025年度)あるという。 10年代前半から急増。森沢明夫氏の小説『おいしくて泣くとき』が原作の映画なども作られ、認知度を高めている。年間の延べ利用者数は約2533万人。近年、お年寄りらも多く、孤食回避などの役割も担う。地域社会のインフラと言っていい。 ただ、約8割が非営利の民間団体による運営。調理や子の見守りなどはボランティア頼みだから、運営人材の高齢化や固定費(家賃など)の捻出などが問題になる。レッテル貼りを恐れて困窮家庭の子どもの足が遠のく一方、余裕ある家庭の利用が目立つ現状もあり、支援到達度も課題だ。 「民」の限界には「公」が乗り出すべきなのだが、「こども家庭庁」などは何をしているのか。公平性から自治体などを通じての間接的支援にとどめるというが、明確な旗振りができないものか。 子ども食堂は、互助精神の賜物(たまもの)である。民間の善意による


朝雲寸言(2026年5月14日付)
陸上自衛隊の装備品に84ミリ無反動砲という火砲がある。別名カール・グスタフ、スウェーデンが開発した肩撃ち式の無反動砲である。主として普通科部隊などが対戦車火器として使用するほか、地域目標の制圧、照明および発煙など軽量で操作容易な火砲である。 スウェーデンは1814年のナポレオン戦争終結後、国家の政策として中立を維持してきた。一方でスウェーデンは武器輸出国としても知られている。独自の運用構想に基づくグリペンと呼ばれる戦闘機や対空機関砲・無反動砲や哨戒艇などが有名で多くの国で使用されている。 平和的な中立国家でありながら積極的に武器を輸出するという政策は大いなる矛盾ともいえる。2024年のスウェーデンの1人当たりの武器輸出額は過去最高を記録し世界第3位となった。武器輸出は国際紛争を助長するという主張がある半面、自国の国防費を抑制し地域の抑止力を向上させるという側面がある。 それでもスウェーデンはロシアのウクライナ侵攻を受けてNATOへの加盟を決定した。200年間続いた中立政策の大転換である。中立を維持するのも他国と同盟を結ぶのも国家にとっては相応の覚
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