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朝雲寸言


朝雲寸言 (2026年10月8日付)
作家村上春樹の新作「夏帆」が好調だ。7月に発売、30万部を突破するベストセラーとなっている。活字離れが進む時代にあって、目覚ましい。 正直なところ、筆者は長らくハルキの良さが分からなかった。米作家フォークナーの構成方法の影響を感じ取ってからは理解が進むようになった。 彼の作品には通奏テーマがある。代表作「ノルウェイの森」で描かれた実体験である。親友の自死、その恋人の女性への恋情、彼女の自死……。愛情は、対象を奪われ、行き場なく空しく漂う。愛の不毛や喪失感が脈打っている。 彼の生き方も、これまた刮目(かつもく)に値する。海外に住み、日本の文壇と距離を置き、世界中にファンを獲得した日本人作家は彼以外には皆無だろう。 ハルキは走り、書き、聴く。書く土台となる体を作るためにジョギングする。愛好するジャズを中心とする音楽にひたる。お気に入りの曲を気ままに紹介するラジオ番組「村上RADIO」を続ける。 彼は彼の作品の評論を読まない。ある米作家の作品を褒める一文を書いた時、周囲に言われたそうだ。「君の作品をこき下ろしている相手を褒めるとは、君は寛大というか、お


朝雲寸言 (2026年10月1日付)
本年9月4日、国際連合総会はアフリカ諸国などの提案に基づき面積の比率をより正確に表す「イコールアース図法」という世界地図の活用を加盟国に促す決議案を賛成多数で採択した。賛成は我が国を含め164カ国、反対は1カ国、棄権6カ国だった。 大航海時代から使用されているメルカトル図法が高緯度にある地域・国が極端に大きく投影される一方で赤道付近に所在する国々が小さく見える地図の歪(ゆが)みがアフリカなどへの過小評価や偏見を招いていると主張したのだ。 そもそも扁球楕円体である3次元の地球表面を正確に2次元に転換することは不可能なことだ。要は面積の均一性を重視するか、方位が正しく保たれるかの違いに過ぎない。 唯一反対票を投じた米国の主張は興味深い。「国連が本来向き合うべき国際社会の真の問題から目を背け急進的な政治的アジェンダを議論している」、さらに「それこそが国連が世界で信頼を失い真剣に受け止められなくなっている理由だ」と米国は猛反発する。 メキシコ湾やオンタリオ湖の名称変更を標榜する自国の勝手さはどうなのだと思うが米国の主張はうなずけるものがある。一方で長年に


朝雲寸言 (2026年9月17日付)
大阪中之島美術館で今、オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632~75)の展覧会が開かれている。目玉は、日本では14年ぶりの「真珠の耳飾りの少女」だ。青いターバンを巻き、口元にほっと吐息のようなものを感じさせる名品。「北のモナ・リザ」などとも称賛されている。 フェルメールはバロック期の画家である。バロックの語源はポルトガル語で、意味は「歪んだ真珠」。西洋絵画史ではルネサンス、マニエリスムを経て、バロックが到来する。主な美の特質上、ルネサンスは均整美、マニエリスムはデカダンス美、バロックは動的瞬間の美とも言えよう。 絵の見方は千差万別だ。彼を「静謐(せいひつ)」な画家とみる専門家の解釈に頼るもよし、自分の思うままに感じ取るもよしである。 筆者はこの絵の魅力は、単なる少女の静謐さではなく、少女の動的姿態を描きとどめた点にあると思っている。バロックの、時に歪みをもたらす動的瞬間の美こそ核心なのだ。 彼の他の作品には、部屋のカーテンをさっと開けた瞬間に見えた、行動に集中する人物を描いたものも目立つ。この少女も肩をたたかれ、振り向いた瞬間の動的な姿態の


朝雲寸言(2026年9月10日付)
実際の部隊や装備を動かさずに指揮官や幕僚が地図やコンピューターを使って作戦計画の策定や部隊の指揮・調整手順を訓練する演習を指揮所演習という。 この演習は不測事態における司令部の幕僚組織を鍛えることも目的のひとつであり、そのため各幕僚は不眠不休の活動を強いられることが多い。 近年この指揮所活動の多くの分野が情報通信技術によってシステム化され迅速化・効率化されるようになった。デジタル化された地図とソフトウエア上で部隊が作戦を遂行し、その行動の可否はコンピューターが判断する。その過程に人間の意志は介在しない。 さらに司令部活動がAIによって大きく変わりつつある。防衛省は偵察衛星やドローンなどから得られる膨大な情報データを統合分析し戦況の分析や目標の選定・標定を自動化して作戦の立案や作戦指導において指揮官の判断を支援するAI導入の検討を開始した。 ドローンが戦場を支配する時代はすでに始まっている。近い将来、AIが作戦自体を指揮する時代が来るだろう。不眠不休の幕僚活動は過去のものとなりそうだ。 時代とともに戦争は変化する。しかし武器がどれほど発達しようとこ


朝雲寸言(2026年9月3日付)
読書の秋。本は時として驚くべき世界観を教えてくれる。 「うつほ(宇津保)物語」と言っても、知る人はそう多くない。せいぜい「『源氏物語』に先行する物語」と認識されて、ほとんど素通りされてしまう。 ペルシャで習得した七弦琴の秘技を継承する一族が、その神秘的な音色を武器に苦難を乗り越え、栄光をつかむ音楽物語なのだ。京都で心の闇を深める「源氏」の感触とは異なり、国際色豊かでダイナミックである。 隋や唐の都は、シルクロードの一方の終点といわれた。遣隋使、遣唐使が盛んだった飛鳥・奈良時代の日本には西域・大陸文化が流入した。正倉院には、ササン朝ペルシャが起源とされるガラス器や楽器が保管されている。 奈良時代の「続日本紀」には736年に「波斯人(ペルシャ人)」が来朝した記録がある。ササン朝ペルシャ滅亡後に唐に移り住んだとみられる李(り)密翳(みつえい)という人物だ。 遣唐使の廃止によって国風文化が発酵していく。その申し子が「源氏」だとすれば、「うつほ」は西域文化の残り香が浸潤したプレ国風文化の賜物(たまもの)なのである。 考えてみれば、やはり「源氏」に先立つ「竹


朝雲寸言(2026年8月27日付)
「記録的短時間大雨情報」とは、数年に一度しか発生しないような短時間の大雨を観測・予測したときに災害へのさらなる警戒を呼び掛けるため気象庁が発表する気象防災速報である。 8月13日夕から14日朝にかけて発生した「令和8年8月千葉豪雨」では、この記録的短時間大雨情報が23回も発表されたという。 豪雨は夕方の帰宅時間を直撃し、千葉駅周辺で一時4000人を超える帰宅困難者が発生した。また道路の冠水により2500台以上の車両が立ち往生し、路上に放置された。 アスファルトに覆われた都市部の降水は地面が吸収しない。多くの都市で整備される下水施設の能力は1時間に50ミリ(一部65ミリ)を超える豪雨に対応できるようには作られていない。結果的に今般の豪雨は内水氾濫となり、想定以上の災害となった。 地震や台風などの自然災害だけでなく、火事や爆発などの防災対策や事故防止の最大のポイントは災害をどのように予測するかということであろう。防災マップやハザードマップは被害予想系であり、避難所・避難経路マップが避難行動系にあたる。 今回の豪雨災害で思い知らされた格言は「災害は忘れ


朝雲寸言(2026年8月20日付)
熊本地震が起きて間もなく1カ月だ。避難所には今も3000人以上が身を寄せている。プライバシーの確保、トイレの衛生面はどうか。段ボールのベッドで雑魚寝なのか。食事はどうか。避難者が改善を求めるニュース映像は後を絶たない。 待てよ。我々は、震災のたびにこうしたニュースに接してはいないだろうか。1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災、24年の能登半島地震、10年前の熊本地震でも、そうだった。世界有数の災害大国として恥ずべき状況ではないか。 「防災先進国」のイタリアは、国主導で発災48時間以内にトイレ、キッチン、ベッドと充分な生活環境を提供するシステムを持つ。米国でも避難所をホテルや民間施設に分散させる方式が稼働する。スウェーデンなどでは完全個室化を重視した措置を取る。 日本では能登半島地震を受け、24年に避難所運営のガイドラインを改定。国際的人道基準「スフィア基準」を導入した。物資の備蓄や迅速な調達を自治体へ強く促した。1947年成立の「災害救助法」は25年、改正された。 災害大国である。対策実行者は自治体ではなく、国であるべきだろう。


朝雲寸言(2026年8月13日付)
1989年ベルリンの壁の崩壊、同年マルタ会談で冷戦の終結宣言、90年東西ドイツ統一、91年ソビエト連邦が崩壊する。わずか数年で冷戦は崩れ落ちた。 冷戦崩壊後の欧州各国の対応は素早かった。冷戦期に前方配置されていた主力軍団などの撤退、大規模な軍備縮小や防衛費の大幅削減、欧州諸国は「平和の配当」を求めたのである。結果としてNATOが東方に拡大した。 国際社会における急激な力の変化は反動を生み、その反動が力の空白や不均衡を生む。その延長線上に現在のウクライナや中東情勢があるのではないか。 一方アジアでは冷戦構造に大きな変化がなかった。旧ソ連の航空機に対する対領空侵犯措置が激減した一方で中国と北朝鮮の脅威が高まった。議論となったものの我が国において平和の配当は行われなかった。 今年も8月15日を迎え「先の大戦」が終結して81年が経過する。この敗戦こそが我が国の歴史の大転換であった。大きな反省と共に我が国は一貫して平和を希求する国家として歩んできた。その一貫性が我が国の平和と独立に寄与していると言える。 時と共に戦争の記憶は薄れつつある。しかし戦争を忘れな


朝雲寸言(2026年8月6日付)
ツキノワグマによる被害や目撃のニュースが絶えない。ヒグマならまだしも、ツキノワグマがこれほど怖いものだと痛感したことはない。 環境省のまとめ(2025年度)によると、クマ出没件数は全国で約5万件。記録が残る09年度以降、最多を記録した。前年度の約2.5倍という。人的被害は全国で216件発生、被害者数は238人(うち13人が死亡)といずれも過去最悪となった。東北各県に被害が集中。兵庫県神戸市での目撃情報も出てきた。いわゆるアーバンベアである。 スプレーや鈴などのクマ撃退ツールにも慣れ、効果が薄れてきている。個人での対策ではおぼつかない。あとは猟銃などによる駆除しかないのだろうが、これも人手不足という。 原因は気候変動などによるエサのドングリの凶作、クマの生息域の拡大、人への慣れ、残飯類の味への執着などと分析されている。もっと探ると、高齢化・過疎化によって人とクマの生活圏の緩衝地帯だった「里山」が荒廃したところに行きつくのだろう。 高度経済成長期にも、被害はあった。だが、現場は住宅・市街地域ではなく奥山だった。それでも新聞のコラムは問題を指摘した。.


朝雲寸言(2026年7月30日付)
毎日の散歩コースは少し足を延ばすと運河の先に海につながる人工の砂浜があり休日は多くの人でにぎわう。 宮沢賢治は旧制盛岡中学時代、修学旅行で訪れた石巻の日和山から初めて海を見てその広大な水平線に圧倒された。 賢治の感動は多くの日本人にとって無条件に共感できるものである。陸地に生きる人間種にとって海はいまだに神秘の世界であるのだ。 四面環海、貿易のほとんど全てを海上輸送に依存する我が国は海の恵みによって発展してきた。しかし現在、海を間近に感じながら生きている日本人は少ない。我が国の漁業就業者は労働人口の約0・17%、船員はわずか0・04%に過ぎない。 海運業ではグローバル化が進み、外国人船員が日本の海上輸送を支えている。しかし国の領海を守りシーレーンを確保する海上自衛隊や海上保安庁の人材に外国人を期待することはできない。 海洋国家である米国も海離れが進んでいると聞く。米海軍の人員は現役約33万、予備役約10万で合計約43万人。世界最大かつ最強の海軍の屋台骨を支えているのは実は「人」である。 資料によれば2025会計年度の米海軍の募集広告費は2億800


朝雲寸言(2026年7月16日付)
「ネガティブ・ケイパビリティー」という言葉がある。「消極的能力」とでもいうのだろうか。もともと、はかなくもみずみずしい名作を繰り出した英ロマン派の夭折詩人ジョン・キーツが提唱した。キーツの代表作の1つ「ナイチンゲールに寄せる」には、この考え方が如実に反映されている。 不確実な問題に直面した時、性急な解決を避け、判断留保のまま、宙に浮いたまま、その不気味な重みに耐える能力のことをいう。VUCA(ブーカ)と呼ばれる先行き不透明で正解のない現代、ビジネスリーダーシップ分野や医療・教育の現場で注目されている概念だ。判断ミスや思考停止を防ぎ、粘り強く考える力として評価されている。 面の皮の厚い「鈍感力」とは違う。審議を不毛な議論で空転させる引き延ばし術とも違う。「そのうち別の事件や事故が起きて、うやむやになる」など時の経過頼みの姿勢とも大いに異なる。 例えば、この能力は、組織の危機管理などで問われる。不祥事に際し、すぐに「犯人捜し」をして原因を特定するのは一見、リーダーシップの発揮に見える。が、そこに落とし穴が潜む。複雑な事情を踏まえずに即断すると、致命的


朝雲寸言(2026年7月9日付)
「ヤルタからマルタまで」という成句は冷戦の始まりと終わりを表している。ヤルタ会談は1945年2月、マルタ会談は89年12月、冷戦の期間はほぼ半世紀である。 振り返れば米ソが対立していた戦後の半世紀は比較的安定した時代であったと言える。この冷戦間に我が国は戦後復興を成し遂げ世界第2位の経済大国に成長した。世界が混乱していれば我が国の高度成長は違ったものになっていただろう。 明治維新以降、軍拡と領土拡張を通じて世界の列強に肩を並べようとしていた我が国は敗戦後、国家の姿勢を180度変換した。日米同盟の下で平和で豊かな国家を目指したのである。 しかし今、時代は大きく変わった。冷戦という大きな枠組みは崩壊し多様で不安定な対立と混乱の時代に我々は生きている。 それでもいまだに時代の変化を認識しない人々が多くいる。安定した過去に固執し厳しい現実を見ようとせず変化を拒絶する人々がいる。 人の意識が変わることは難しい。企業や組織が衰退する最大の要因は過去の成功に溺れ変化を受け入れ ようとしない人々がいるからだと言われている。環境の変化に適応するためには世代交代とい


朝雲寸言(2026年7月2日付)
「だって言うじゃない、被害者にも非があるって。だまされる側も悪いということよ」。何げない日常、公然と大声でなされた喫茶店での会話である。筆者は発言の主である50代女性の顔をまじまじと見てしまった。 これから詐欺まがいのことでもしでかすのかという勢いがあった。事後に起きる非難の声を予防しようとしているかのようだった。 では、問いたい。例えば北海道旭川市で起きた女子高校生殺害事件について、被害者の女子高校生にも非はあったと思うのか。いじめを受ける小学生、ドメスティックバイオレンスを受ける妻、子ども、夫らに落ち度を勘ぐるのか。自死に追い詰められる多額詐欺の被害者を自業自得と白眼視するのか。殺害されたり心身を害されたりだまされたりするべき理由のある人間は誰一人いない。 心理学の「公正世界仮説」によれば、人は「世界は安全・公正だから被害者にも何か原因があったはずだ」と無意識に捉えてしまうのだそうだ。被害者非難を助長する陥穽(かんせい)である。 おぞましい心理的バイアスはSNSで異常に肥大化し、普通の倫理感覚を駆逐しがちである。いつの間にか加害行為の可罰性は


朝雲寸言(2026年6月25日付)
「自衛隊に行く子は経済的に厳しい」。本国会における参議院決算委員会での野党議員の発言である。発言はすぐさま訂正され、大臣の指摘を受けて陳謝し撤回された。 しかし陳謝して撤回しようが議事録から削除されようが、その発言は人々の記憶に残る。SNSは瞬く間に拡散し、いわゆる炎上した。そのコメントの多くが自衛隊員に対する侮蔑または差別の発言ではないかというものであった。 小欄は自衛隊に入隊する若者が経済的に厳しい環境にあるのかどうか、具体的な統計資料を見たことがない。なぜなら自衛隊の受験要件に本人またはその家庭の経済状態は一切考慮されないからである。付け加えるならば、それは自衛隊に限らず全ての公務員の採用に共通することである。 確かに自衛隊への入隊動機に経済的な事情を挙げる人がいることは事実である。しかし志望動機が採用や入隊後の勤務に影響を及ぼすことはない。 自衛隊は創隊以来、幾度となく困難に直面してきた。はっきり言おう。それを乗り越えてきたのは外ならぬ自衛隊員自身の人知れぬ努力と献身に他ならない。 長沼判決で憲法違反と断じられようと、阪神淡路大震災で出動


朝雲寸言(2026年6月18日付)
梅雨の季節である。じめじめとした鬱陶(うっとう)しさは例年通りだが、梅雨は日本文化に欠かせないファクターであることも事実だ。 まずもって、梅雨は和歌の題材だった。小野小町の「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に」は、「降る」と「経(ふ)る」、「長雨」と「眺め」(物思いに沈むこと)の掛詞(かけことば)が秀逸。「五月雨を あつめて早し 最上川」という芭蕉の名句も、長雨なしでは成立しなかった。 近代以降も梅雨は日本人の美意識を刺激する。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」では、厠(かわや)で耳にするしめやかな雨音を風雅の一つとして捉える。軒端を湿らす長雨の柔らかな感触。深緑は一層色を濃くする。永井荷風の「ボク(ぼく)東(とう)綺(き)譚(だん)」は、6月末のある日、夕立の中、男の傘に女が突然駆け込んでくるという、錦絵のような出会いの場面を描く。「つゆのあとさき」は、銀座のカフェーの女給を取り巻く腐敗した世相やはかなさのメタファーとして「つゆ」を扱う。 お茶屋に着いた芸妓(げいぎ)。雨滴を払い、傘をたたむそのつかの
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