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朝雲寸言(2026年3月19日付)

3月19日
読了時間: 2分

更新日:5月21日


いきなりだが、「遅さ」に効用はあるのかと、のろまな筆者は昨今よく考える。早い報告・連絡・相談、メールへの即返信、素早くこなすこと。世間で偏重されるのは「早さ」である。


だが、相手の発言に即答するパターンは往々にして相手のペースにのまれ、自らを見失う。頭の回転の早さを過信し、怒る相手の話を遮って言葉を被せれば、余計に紛糾する。


いずれも、深呼吸で一拍置いてから相手に接する「遅さ」を訓練することで、自身を喪失や混乱から守ることにつながるのではないか。ビジネス界で盛んに言及される「マインドフルネス」の眼目もここにありそうだ。


三島由紀夫が自著「文章読本」で触れているが、仏文芸評論家ティボーデは小説の読者を「リズール」(精読者)と「レクトゥール」(普通読者)に大別した。小説世界に自ら生きるように読む「リズール」、手あたり次第に読む「レクトゥール」。「リズール」の読む速度は当然遅く、理解は深い。


屈指の名門校として知られる灘中学校ではかつて、中勘助著「銀の匙(さじ)」一冊を3年間かけて味読する、橋本武氏による国語授業があった。「リズール」への教導だ。全読者が文芸評論家になる必要はないが、「遅さ」の効用を踏まえた授業とは言えまいか。


深呼吸で一拍置く「遅さ」。じっくり読み、考える「遅さ」。決断をせかすような要請や勧誘に対しては特に心掛けたい。「遅さ」は一脈、「深さ」につながるのである。


(2026年3月19日付『朝雲』より)

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