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朝雲寸言
朝雲寸言(2025年11月20日付)
新宿中村屋が、国内初の本格的インドカレーを売り出したのは1927年のこと。骨付き鶏肉にスパイスをふんだんに使い、1人前80銭。町の洋食屋のカレーの8倍もしたが飛ぶように売れたという。
朝雲寸言(2025年11月13日付)
ノーベル平和賞は「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物・団体」に贈られる。ちなみに生存していることが条件で物故者は含まれない。
朝雲寸言(2025年11月6日付)
作家の司馬遼太郎さんには史料収集にまつわる逸話が多い。1962年、38歳の時に『竜馬がゆく』の新聞連載が始まるが、古書店で買い集めた史料は1400万円相当に上った。
朝雲寸言(2025年10月30日付)
10月24日は「国連の日」である。1945年のこの日に国際連合憲章が発効して国際連合が正式に発足したことに因(ちな)んでいる。
朝雲寸言(2025年10月23日付)
被害妄想に取りつかれた米軍の司令官がソ連への水爆投下を命じる。全面戦争を恐れた大統領が中止命令を出すが、1機だけ連絡のつかない爆撃機が――。スタンリー・キューブリック監督の映画「博士の異常な愛情」(1964年)は、核抑止論の危うさを皮肉ったブラックコメディーの傑作とされる。
朝雲寸言(2025年10月16日付)
先祖代々続く商売を守り継いだ伝統的かつ格式の高い店のことを老舗という。
朝雲寸言(2025年10月2日付)
終戦直後に首相を務めた幣原喜重郎は1910年代、ワシントンの日本大使館で日本人移民の排斥問題に取り組んだ。再三の抗議にもかかわらず米側の姿勢は変わらない。幣原は、尊敬する英国大使のジェームズ・ブライスに意見を求めた。
朝雲寸言(2025年9月25日付)
今年の秋分の日は9月23日。天の赤道と黄道(太陽の軌跡)が1年に2回交差する日が春分と秋分の日である。この日太陽は真東から上り真西に沈む。
朝雲寸言(2025年9月18日付)
7月の参院選で女性の当選者は42人と過去最多だった。その多寡などの評価はさておき、日本の女性参政権は1945(昭和20)年12月の衆議院議員選挙法改正で初めて認められた。
朝雲寸言(2025年9月11日付)
一定以上の年齢の米国人であれば、その時自分がどこにいて何をしていたかを覚えている出来事があるという。2001年9月11日早朝に起きた米国同時多発テロである。
朝雲寸言(2025年9月4日付)
自民党は1955年、日本民主党と自由党が合流して結成された。左右社会党の統一に対抗するためだったが、内輪もめばかりで、当事者たちも「10年もてば」と嘆くほどだった。
朝雲寸言(2025年8月28日付)
先日エレベーターで外国人とおぼしき若い男女と遭遇した。服装や容姿から普通の日本人との違いはない。しかしどこか違和感があり日本人ではないと確信した。
朝雲寸言(2025年8月21日付)
1918年夏の米騒動は、米価高騰に苦しむ富山県の女性らのささやかな抗議行動が発端だった。「越中女房一揆」として新聞で全国に伝わると、たった1カ月で数百万人を巻き込む騒擾(そうじょう)事件に発展する。
朝雲寸言(2025年8月14日付)
じりじりと真夏の太陽が照りつける午後、近くの公園で水遊びする子供たちの歓声を聞きながら流れる水の先にある小さな池にたどり着いた。
朝雲寸言(2025年8月7日付)
長野県御代田町(みよたまち)のケアマネジャー美斉津(みさいづ)康弘さん(52)の経歴は波乱に満ちている。福井市出身。ブルーインパルスに憧れて防衛大学校(39期)から航空自衛隊に進むが、視力検査でパイロット不適格に。






