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朝雲寸言


朝雲寸言(2026年3月19日付)
いきなりだが、「遅さ」に効用はあるのかと、のろまな筆者は昨今よく考える。早い報告・連絡・相談、メールへの即返信、素早くこなすこと。世間で偏重されるのは「早さ」である。 だが、相手の発言に即答するパターンは往々にして相手のペースにのまれ、自らを見失う。頭の回転の早さを過信し、怒る相手の話を遮って言葉を被せれば、余計に紛糾する。 いずれも、深呼吸で一拍置いてから相手に接する「遅さ」を訓練することで、自身を喪失や混乱から守ることにつながるのではないか。ビジネス界で盛んに言及される「マインドフルネス」の眼目もここにありそうだ。 三島由紀夫が自著「文章読本」で触れているが、仏文芸評論家ティボーデは小説の読者を「リズール」(精読者)と「レクトゥール」(普通読者)に大別した。小説世界に自ら生きるように読む「リズール」、手あたり次第に読む「レクトゥール」。「リズール」の読む速度は当然遅く、理解は深い。 屈指の名門校として知られる灘中学校ではかつて、中勘助著「銀の匙(さじ)」一冊を3年間かけて味読する、橋本武氏による国語授業があった。「リズール」への教導だ。全読者


朝雲寸言(2026年3月12日付)
日本人の祖先がどこから来たのかは諸説あっていまだ解明されていない。しかし日本人の祖先となる集団のひとつが何万年もの長い年月を経てユーラシア大陸を東進して極東の島国にたどり着いたことはほぼ間違いない。 その地には気候温暖で四季があり、海と山に囲まれた島々からなる豊かな住処であった。しかし同時にその地は火山噴火、台風そして大きな地震が起こる自然災害の多いところでもあった。 太古の日本人たちは自然の恵みに感謝しつつ毎年のように訪れる自然の脅威に立ち向かった。集団が部族になり小国家となり、やがて古代の日本が形成されていった。 3月11日に起きた大震災の日から15年の月日が流れた。しかしあの日あの時のことは今も忘れることが出来ない。千年に一度という地震と津波によって街が壊され、人々の命が奪われ、そして家族の絆が分断された。 しかし多くの日本人は土地を捨てなかった。長い旅路の果てにたどり着いた日本列島は最後の到達点であり、祖先が開き守り抜いた土地であったからである。 日本人が共通して持つという集団としての規律、協調性、忍耐、自然に対する畏怖と崇拝は長い年月の


朝雲寸言(2026年3月5日付)
若者言葉に勢いが足りない。昨年の若者の流行語は「〇〇界隈」「エッホ、エッホ」などだった。「〇〇界隈」は「人付き合いキャンセル界隈では」といった使い方。地理的概念が団体概念に転じている。こぢんまりしている上、何ともじじくさい。「エッホ、エッホ」はSNS上ではやった。「よいしょ、よいしょ」の感覚に満ちている。 ひところはどうだったか。接頭辞として「超」「鬼」「神」をつけ、言葉を強調する。関西弁の「めっちゃ」も加わり、これらは今や「市民権」を得ている。 1990年代のコギャル文化では「最低」と言わず、「チョベリバ」(超ベリー・バッド)と言ってのけた。当時、都内の電車で高校生女子が「ワタシのマイブームなんだけど、今日CCBなんだよね」「何それ?」「コンディション、かなり、バッド」。共有できるレベルをはるかに超えていた。 言語学者は言葉の乱れを嘆くのだろう。しかし、中高生女子たちによる、歴史もルールも蹴散らす恐るべき破壊力はダダイズム的ですらあり、輝かしい。ここに未知の表現の原野が広がっているかもしれないからである。多様な豊かさも感じさせる。...


朝雲寸言(2026年2月26日付)
ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始したのは2022年2月24日早朝のことである。戦争は5年目に突入した。侵攻開始当時、戦争がこれほど長期にわたることを予測した専門家は小欄も含め少なかった。ロシアとウクライナの戦力差が歴然であったからである。 戦争の長期化は国力を衰退させる。それが大国の場合、世界に与える影響は甚大である。米国の場合、ベトナム戦争は8年に及んだ。長引く戦争は結果的に米国の絶対的な経済・軍事的優位を低下させ米国衰退の始まりをもたらした転換点となった。 ソ連の場合、1978年のアフガニスタンへの軍事侵攻は11年に及んだ。この戦争がなくともソ連は崩壊したかもしれない。しかし戦争がソ連崩壊を加速させたことは間違いない。 ウクライナ戦争の場合、ロシアにはソ連時代からの装備品・弾薬の大量の備蓄があった。だが、4年が経過しロシアの兵器備蓄は物理的限界に近付いている。何より増え続ける人的損耗はロシアを着実に苦しめているように見える。 そしてウクライナ戦争は我が国の安全保障に多大な影響を及ぼした。ドローン兵器、サイバー、宇宙、電磁波領域などの新しい脅


朝雲寸言(2026年2月19日付)
「そうそう、墓じまいのことなんやけど……」。神戸市内の喫茶店で70代後半とお見受けした女性2人が話していた。墓じまいとは墓を撤去し、遺骨を永代供養付のお墓のマンションに移したり、散骨に付したりするというもの。終活の一環で、簡便、身軽が重視されている。 一般社団法人「日本石材産業協会」(会員758社)が2023年に実施した調査結果を見る。墓じまいの工事件数は、回答した188社の89・9%が5年前に比べて「増えた」と答えた。主な理由は「次代に迷惑をかけたくないから」。 物騒な言い回しながら、「人は二度死ぬ」と説いたのは放送作家・永六輔(故人)だった。(1)肉体の死(2)人々の記憶から消える死。これに(3)記録がなくなる死を加えてもいいかもしれない。墓じまいには、次代に迷惑をかけずに(2)と(3)の事態を避けたい気持ちが透けて見える。 カナダの詩人・作家アン・マイクルズの最近の長編小説『抱擁』は、こう始まる。「命に限りがあることは知っている。それなら、なぜ死のほうは永遠につづくと信じるのか」(26年1月、早川書房刊、黒原敏行訳)。多くの胸中に刺さる見事


朝雲寸言(2026年2月12日付)
立春は過ぎたものの朝晩はまだ寒い。天気予報は各地の春の訪れを告げているが北海道・東北・北陸では連日雪が降り続いている。北国に生きる人々にとって立春はあくまで暦の上のことでしかない。 記録的な大雪に見舞われた青森県は独り暮らしの高齢者世帯の屋根の雪下ろしのため自衛隊に災害派遣を要請した。少子高齢化が加速する地方では屋根の雪下ろしもままならない。無理な除雪作業中の死亡事故も発生している。 2024年1月1日の午後、震度7の地震が能登半島を襲った。地形が大きく変わるほどの地震災害によって道路は寸断され山間の集落が孤立する事態となった。自衛隊は燃料、医薬品、生活必需品などを背負い、寸断した山道を徒歩で克服して孤立集落を支援した。 24年1月末、名神高速道路の関ケ原付近において1200台もの車両が立ち往生する事態が発生した時も自衛隊は救助のために派遣された。一夜にしてすべてを覆いつくす雪と氷点下の気温は一切の交通手段を拒絶する自然の脅威である。そんな極限の環境において最も確実でそして最後の手段は人間の歩みである。 自衛隊は雪に強い。国土を侵す敵と戦う前に冬


朝雲寸言(2026年2月5日付)
生成AI(人工知能)の活用が叫ばれている。総務省「情報通信白書」(2024年度)によると、個人の生成AI利用率は日本の場合、26・7%という。 企画書作成や企業会計といったビジネス界だけでなく、家庭や医療の現場でも普及しつつある。国会答弁に活用できないか、という議論も散見される。AI搭載ロボットの導入も始まっている。人間の仕事を奪う猛攻ぶりだ。 確かに便利この上ない。代表的なAI「チャットGPT」の無料版でさえ、長文を一瞬で短文にまとめあげる。未知の言葉の意味を尋ねれば、概意をつかませてくれる。 しかし、元となるインターネット上のデータにフェイク情報が混在していても「正確に」取り込んでしまうのだ。元は既存データだから、突き抜けた個性的な成果物は得られない。 先日、機械メーカー倉庫の数十メートル級シャッターの解体作業を見た。散乱する無数の細かな機器や電気配線、防犯用回線。あたかも臓器や血管のように横たわり、手術現場のように感じられた。これらの再構築をヒューマノイドロボットが手掛けられるのか。 我々の社会は正確さだけでは立ち行かない。人間の手技は、状


朝雲寸言(2026年1月29日付)
2023年、国土地理院は日本列島の島の総数は1万4125島であると発表した。小欄の記憶によれば日本の島嶼の数は約6800島だったはずである。領土に大きな変化がない限り倍以上増えることはないはずだ。気になったので調べてみた。 過去の島嶼数は海上保安庁が1987年に調査した時のものだ。当時の海図や地図に基づいて数えたもので自然に形成され満潮時に水面上にある陸地が対象だった。 現在の島嶼数は国土地理院が航空写真や衛星画像を用いて周囲長100メートル以上の自然の陸地を数えた結果で、国土面積や領土・領海に影響を与えるものではなく数え方の精度が上がったことによるものである。 日本が島国であることは理解していたが我が国土がこれほど多くの島々から成り立っていることに改めて気づかされた。しかし海洋国家としてこれらの島々を上手く活用しているかと問われると疑問が残る。 現在、住民が居住する有人島は417島で継続的に減少し続けている。日本全体が人口減少局面に入ってからは減少速度が本土を大きく上回っているという。 離島は我が国の海洋資源確保の観点から重要な価値を有する。さ


朝雲寸言(2026年1月22日付)
町の書店が減り続けている。1960年代をピークに漸減し、2000年代に入ってからの落ち込みが激しい。 一時期、2万店以上あったが、全国出版協会や出版科学研究所などの調べでは1万417店(2024年現在)。「書店ゼロ」の自治体数は全国1741市区町村の約27%超を占める(出版文化産業振興財団調べ)という。 そもそも圧倒的にもうからない。書籍の定価に対する利益率(粗利率)は出版社60~70%、取次約7~8%、書店約22%。家賃、人件費など運営経費を差し引いた営業利益率はわずか0~0,5%ともいわれる。 追い打ちをかけているのが、紙媒体離れの風潮だ。アマゾンで本や漫画を買い、スマートフォンで読む。読まないという活字離れも進む。 一方、苦境から新種が生まれている点も見逃せない。棚ごとに個人が店主となる「シェア型書店」、カフェを充実させ雑貨も販売する「ブックカフェ・複合型書店」、アートなどのジャンルを設ける「専門特化型・コンセプト書店」…。「蔦屋書店」や「大垣書店」などを思い浮かべてほしい。 新種の業としての成立を願うのはもちろんである。さらには書籍販売の


朝雲寸言(2026年1月15日付)
米国第5代大統領ジェームズ・モンローが欧州と南北米大陸の相互不干渉政策を打ちだしたのは1823年、今から200年以上前のことである。以来、米国は欧州の紛争に巻き込まれることを回避する一方で欧州各国の米大陸への介入を排除し中南米に対する勢力の拡大を図った。 1902年セオドア・ルーズベルト大統領は英独伊によるベネズエラ干渉を調停し、パナマの独立を支援し、ドミニカ共和国の保護国化など、こん棒外交と呼ばれる一連の外交政策によって南米への拡大関与政策を展開した。 特に大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河を開通させ南北米大陸における制海権・通商権を完全に掌握して中南米諸国に対する支配と圧力を高めた。 その後、ウィルソン大統領の宣教師外交、フランクリン・ルーズベルト大統領の善隣外交と名前を変えながらも中南米は米国の裏庭であるという認識は変わることなく今日まで続いている。 新年が明けて3日、トランプ大統領はベネズエラの首都カラカスに対し大規模な軍事作戦を遂行してマドゥロ大統領夫妻を拘束し米国に移送・収容した。実は米国は1989年、パナマ侵攻作戦で同様の軍事作戦を遂行


朝雲寸言(2026年1月8日付)
新春の花の話である。京都・北野天満宮では、まず今月、蝋梅(ろうばい)が見ごろを迎える。花は淡黄色、ロウ細工風の透明感がある。濃密な芳香が特長だ。続いて寒空に凜乎(りんこ)とした紅白梅が咲きそろい、天満宮は3月下旬ごろまで馥郁(ふくいく)たる香りに包まれる。 折しも受験シーズンでもある。北野天満宮は、学問の神様・菅原道真公(天神様)を祀る天神信仰の総本社。合格祈願の絵馬が多数奉納されるだろう。東京・湯島天満宮でも同様の光景が広がる。湯島もまた梅の名所である。梅と道真は切っても切れない。 「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて春な忘れそ」。よく知られた菅原道真の歌である。左大臣藤原時平の讒言(ざんげん)で右大臣の座を追われ、九州・大宰府に左遷された後、詠んだとされる。 学問と政治に長けた道真は、時平にはさぞかし脅威だったに違いない。政治はしばしば学問を排除するものだ。 人形浄瑠璃文楽や歌舞伎でも採り上げられ、名作「菅原伝授手習鑑」に結実。道真(芝居では菅丞相)の政治的敗北の懊悩(おうのう)をよく描きだしている。それにしても、こ


朝雲寸言(2025年12月25日付)
久しぶりに気の置けない仲間と会食する機会があった。いわゆる同期の飲み会というやつである。 参集の目的は参加者の快気祝いであった。二度の手術を経て退院を果たし、ようやく会合に出席できるほどに回復した友人を見て話題は必然的に健康に関することに集中した。 若いときは相当にむちゃをした仲間たちではあるが高齢者予備軍ともなれば身体のどこかに問題を抱えているのは当然のことだ。経験した病気や手術のことを忌憚(きたん)なく話せるのも濃密な青春時代を共有した仲間ならではのことである。 話題はすでに鬼籍に入った同期の話にも及んだ。先だった同期の数は年を追うごとに増える一方である。それでも多くの同期が現役を退いてもそれぞれの分野で活躍していることは同慶の至りというべきか。 若いときに集団生活の中でスポーツや訓練で身体を鍛え、勉学に励み、同期で切磋(せっさ)琢磨(たくま)した年月は確実にしぶとく元気な老人たちを生み出しているように思える。 すでに死語となった「若い時の苦労は買ってでもしろ」という格言は厳しい冷戦下を生き延びた仲間たちを見る限り的を射ているようだ。...


朝雲寸言(2025年12月18日付)
映画「国宝」が話題を集めている。歌舞伎界で繰り広げられる才能と血筋の相克、壮絶な野心の様相を描く映画である。 興行収入は177億円超(興行通信社調べ、12月7日現在)。日本の歴代興行収入ランキングで実写邦画のトップに輝いた。「国宝(観た)」は流行語に。社会現象化したと言っていい。 一般の男性俳優が歌舞伎を演じるという大奮闘が、若い女性を中心に人々の琴線に触れたのだろう。「京鹿子娘二人道成寺」「鷺娘」「曽根崎心中」など歌舞伎の名作の映像美も、目を引きつける。 映画館で女性客がこう言うのを聞いた。「歌舞伎って美しいものだったんだね」。日本人の歌舞伎再発見である。松竹関係者によると、東京・東銀座の歌舞伎座に若者客が増えているのだそうだ。 日本の伝統芸能・文化は世界的にも特殊だ。時代に寵愛(ちょうあい)され、様式を築いたジャンルは、おおむね時を超えて継承される。 先発は後発を否定しない。後発も先発を批判しつつも否定しきれず、共存する。貴族の雅楽は武家の能に否定されず、武家の能は庶民の歌舞伎に否定されない。いずれも現代まで続く。政治学者の丸山真男が語った「


朝雲寸言(2025年12月11日付)
冬の訪れとともに慌ただしい年末がやってきた。1961年のフィラデルフィア、感謝祭の翌日から始まる年末セールで住民が道路にあふれ交通渋滞と混乱が起きた。警察交通係が嘲笑的な意味でブラックフライデーと呼んでいることを地元の新聞が報じた。 以来、北米、欧州などで年末の在庫一斉セールをブラックフライデーと呼ぶようになった。我が国において大々的にブラックフライデーが始まったのは2022年のことである。 宅配サービスが一般化した我が国ではお歳暮商戦と相まって1年で宅配需要がもっとも急増する時期である。 国会では新内閣が打ち出す補正予算案の総額が18兆3034億円となり新型コロナ禍以降で最大の規模となった。特徴的であるのは8472億円を計上した防衛予算が結果として政府が掲げた防衛費の対GDP比2%を2年前倒しで達成したことだ。 有体に言えば冷戦時代、防衛費は常に叩かれ政争の具となってきた。年末、人件費が増加したため防衛費がGNP1%を超えそうになった時、止む無く導入予定の装備品を諦めたことさえあったと聞く。 時代の変化とはいえばそれまでだが過去を知る者から見れ


朝雲寸言(2025年12月4日付)
最近、西広整輝さんのことが思い出されてならない。1988年に防衛庁生え抜き組で初の事務次官になり、「ミスター防衛庁」と呼ばれた。防衛課長時代の76年、必要最小限の防衛力保有をうたった最初の「防衛計画の大綱」(51大綱)を書いたことでも知られる。 40年ほど前、西広さんを囲む月例の勉強会に参加していた。メンバーは若手研究者やジャーナリストら十数人。議論が深夜に及び、西広さんが「今夜は野宴(やえん)をやろうや」と、大鍋をコンロにかけてスルメ酒をふるまってくれたこともあった。 ある時、日米安保体制以外の選択肢があるか否かでメンバー同士のブレーンストーミングがあった。結論は、理屈の上では(1)通常兵器による自主防衛(2)核武装を伴う自主防衛が考えられるが、前者は装備にカネがかかり過ぎ、後者は国民世論が許さない。「従って日米安保を基軸とする現体制がベスト」というものだった。 すると、それまで黙って聞いていた西広さんが「ソ連との同盟は?」。米ソ冷戦の真っただ中である。冗談でしょうと笑っていると、「じゃあ、米軍がアジアから撤退したら? いまの自衛隊だけでソ連と
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