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コラム
朝雲寸言(2025年3月20日付)
早朝の地下鉄は通勤通学ラッシュでごった返す。妻子に「いってらっしゃい」と送り出された会社員、他愛もない話で盛り上がる女子高生たち、専門書を読み込む大学生、平日休みに観光地へ向かうカップルなど多くの人々が交差する。何気ない朝の風景は今も昔も変わらない。だが、30年前の今日、午前8時頃、この何気ない風景が一変する。
朝雲寸言(2025年3月13日付)
日本海側は大雪、太平洋側は晴れて乾燥。毎年のことだが今年の冬は両者の違いが著しい。豪雪地として知られる青森県酸ヶ湯で積雪量が5メートルを超える一方で太平洋側はほとんど雨が降っていない。東京は昨年末から2月までの降雨量が観測史上最少となった。
朝雲寸言(2025年3月6日付)
先月封切られた映画『ゆきてかへらぬ』を見た。夭折の天才詩人・中原中也、文芸評論の奇才・小林秀雄、駆け出しの女優・長谷川泰子の3人の物語。日本の文学界史上、最も有名な「三角関係」と言われる話だ。大正から昭和初期にかけて京都と東京を舞台に展開する実話で、3人は共に強烈な個性を放っている。
第110回 桶狭間の戦いを考える
戦国の風雲児織田信長の名を世間に知らしめることになった戦いと言えば、永禄三年(1560年)5月(旧暦)に行われた桶狭間の戦いです。通説では、この戦いは少数の信長軍が大軍の今川義元軍を破ったことから、信長の隠密行動を伴う“奇襲による勝利”だとされています。信長についてはその家臣であった太田牛一(ぎゅういち)が「信長公記(しんちょうこうき)」という信長の一代記を著しており、この中に桶狭間の戦いについての記述があり、これを藤本正行という研究者が読み込み、桶狭間の戦いについて分析をしていますが、藤本は奇襲説に異論を唱えています。
朝雲寸言(2025年2月27日付)
超絶な能力を付与された主人公が異世界で魔王や世界征服を企(たくら)む悪の帝国を倒すというアニメやゲームが人気であるらしい。
朝雲寸言(2025年2月20日付)
「豪州は日本の同志国の中で別格の存在だ」。吉田統幕長が今月、ジョンストン豪国防軍司令官を防衛省に招いた席でこう発言した通り、近年の日豪防衛協力の深化は著しい。
朝雲寸言(2025年2月13日付)
米トランプ大統領が就任して早々、その一挙一動に世界の注目が集まっている。返り咲いた大統領は選挙中や就任演説で約束した多くのことを実行に移し始めている。
朝雲寸言(2025年2月6日付)
「裏を取ったのか、裏を!!」――。新人のときにはよくデスクに、こうどやされたものだ。マスメディアにとって、情報の真実性は重要だ。誰もがSNSで情報を発信できるようになった今、情報の真実性は堅守しなければならない。


第109回 手段に飲み込まれたビスマルク ―ドイツ帝国成立の日、皇帝は不機嫌だった―
「ドイツ帝国の誕生」アントン・フォン・ヴェルナー作(独フリードリヒスルー・ビスマルク博物館収蔵)檀上中央の白い頬髪の人物がドイツ皇帝ヴィルヘルム1世、壇の下、中央白い軍服が宰相ビスマルク、その右で横向きの人物が参謀総長モルトケ イェール大学のジョン・ルイス・ギャディス教授はその著書「歴史としての冷戦」の中で、冷戦の起源とソ連の崩壊の原因について考察しています。この著書で、ギャディス教授は、「仮にルーズベルトやチャーチルがいなかったとしても冷戦は生起したであろうが、スターリンがいなかったとしたら、第2次大戦後の世界は全く違った展開になったであろう」と主張し、「スターリンは家族関係、側近との個人的な関係、党内、国内、同盟関係、国際関係の全ての前線で冷たい戦争を遂行した」「冷たい戦争を戦うことはスターリンの性癖だった」と書いています。冷戦は一人の人物の性格に起因すると主張しているように感じました。
朝雲寸言(2025年1月30日付)
厳しい寒さも和らいできたようだ。冬の終わりと共に花粉症の季節がやってきた。野外で行動することの多い自衛官諸兄・諸姉にとっては厳しい季節の始まりであるのだろう。
朝雲寸言(2025年1月23日付)
「自衛隊の方へ。掘りおこすとき左記に連絡ください。母がうずまっています」――。「阪神・淡路大震災」の災害派遣で陸自第3特科連隊が、がれきをかき分け遺体の捜索にあたる姿を伝える写真の一部に写っているメモ書きだ。
朝雲寸言(2025年1月16日付)
令和7年が明けた。世界のさまざまな地域で新年を祝うニュースが流れていた。もっとも世界の全てが新年を迎えたわけではない。月の満ち欠けで月日を定めるイスラム教世界は西暦の新年とは関係がない。


第108回 ビスマルクの手法
オットー・フォン・ビスマルク(1815-1898) ドイツ統一の過程でビスマルクが見せた手腕には驚嘆させられます。
朝雲寸言(2025年1月9日付)
新しい年は「昭和百年」に当たる。百年前の大正14(1925)年は、ドイツで反乱を企てた罪で一時解散に追い込まれていた国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が再結成され、イタリアで国家ファシスト党を率いるムッソリーニ首相が独裁体制を確立するなど、全体主義が勢いを得た年であった。






