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コラム


防研セミナー 時代を読み解く シリーズ<46> プーチンのロシア
巧みな政権人事・手腕で体制構築 今月の講師 長谷川雄之氏 防衛研究所 地域研究部 米欧ロシア研究室 主任研究官 1988(昭和63)年生まれ、宮城県出身。上智大学外国語学部ロシア語学科卒業、東北大学大学院文学研究科歴史科学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員PD、広島市立大学広島平和研究所協力研究員などを経て、2018年から防衛研究所。専門は現代ロシア政治・安全保障研究、ロシア地域研究。主な業績として、共著『現代ロシア政治』(法律文化社、23年)、単著『ロシア大統領権力の制度分析』(慶應義塾大学出版会、25年)などがある。 混乱期ロシアと「超大統領制」 1991年12月のソ連解体により、ロシア国内の政治・経済・社会情勢は急速に不安化した。
朝雲寸言(2025年10月30日付)
10月24日は「国連の日」である。1945年のこの日に国際連合憲章が発効して国際連合が正式に発足したことに因(ちな)んでいる。
朝雲寸言(2025年10月23日付)
被害妄想に取りつかれた米軍の司令官がソ連への水爆投下を命じる。全面戦争を恐れた大統領が中止命令を出すが、1機だけ連絡のつかない爆撃機が――。スタンリー・キューブリック監督の映画「博士の異常な愛情」(1964年)は、核抑止論の危うさを皮肉ったブラックコメディーの傑作とされる。
朝雲寸言(2025年10月16日付)
先祖代々続く商売を守り継いだ伝統的かつ格式の高い店のことを老舗という。
朝雲寸言(2025年10月2日付)
終戦直後に首相を務めた幣原喜重郎は1910年代、ワシントンの日本大使館で日本人移民の排斥問題に取り組んだ。再三の抗議にもかかわらず米側の姿勢は変わらない。幣原は、尊敬する英国大使のジェームズ・ブライスに意見を求めた。


第117回 真珠湾攻撃を考える ―抑止はバックファイヤーする
日本が1941年12月8日に真珠湾へ奇襲攻撃をかけることになった契機はいくつかありますが、その一つは同年8月1日の米国の対日石油禁輸の発動でした。この措置がなぜ日本の奇襲攻撃につながったのかについて、青山学院大学の土山實男名誉教授は、その著書「安全保障の国際政治学」の中で興味深い分析をしています。


防研セミナー 時代を読み解く シリーズ<45> 戦後80年~日本の責任の転換
今月の講師 石原雄介氏 防衛研究所 政策研究部 防衛政策研究室 主任研究官 1984(昭和59)年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業、オーストラリア国立大学戦略防衛研究センター修士課程・同博士課程修了(国際関係博士)。2010年防衛研究所入所。今年4月から現職。専門はアジア太平洋の安全保障・国際関係。本記事と関連がある近著として、「検証「瓶の蓋」論:1970年代初頭日米中三国間の議論と不一致」『安全保障戦略研究』第3巻第2号(2023年3月)207~234頁がある。 変革期を迎える戦後の国際秩序 戦後の国際秩序が変革期を迎えたとの言説が見聞されて久しい。そのことは、長年、世界の平和と繁栄に覇権国として大きな役割を果たしてきた米国を取り巻く状況に大きな変化が生まれていることを鑑みれば、驚くべきことではない。
朝雲寸言(2025年9月25日付)
今年の秋分の日は9月23日。天の赤道と黄道(太陽の軌跡)が1年に2回交差する日が春分と秋分の日である。この日太陽は真東から上り真西に沈む。
朝雲寸言(2025年9月18日付)
7月の参院選で女性の当選者は42人と過去最多だった。その多寡などの評価はさておき、日本の女性参政権は1945(昭和20)年12月の衆議院議員選挙法改正で初めて認められた。
朝雲寸言(2025年9月11日付)
一定以上の年齢の米国人であれば、その時自分がどこにいて何をしていたかを覚えている出来事があるという。2001年9月11日早朝に起きた米国同時多発テロである。
朝雲寸言(2025年9月4日付)
自民党は1955年、日本民主党と自由党が合流して結成された。左右社会党の統一に対抗するためだったが、内輪もめばかりで、当事者たちも「10年もてば」と嘆くほどだった。


第116回 力の使用における節度 ―天才は止まるべきところを知っている―
昨年秋にドイツの宰相ビスマルクの終焉(しゅうえん)の地を訪れたことからイギリスの著名な歴史家A・J・Pテイラーが著したビスマルクの伝記を読んでみました。伝記の終わりの部分でテイラーがビスマルクに対して秀逸な評価をしていますので紹介します。それは次の通りです。
朝雲寸言(2025年8月28日付)
先日エレベーターで外国人とおぼしき若い男女と遭遇した。服装や容姿から普通の日本人との違いはない。しかしどこか違和感があり日本人ではないと確信した。


防研セミナー 時代を読み解く シリーズ<44> 前進根拠地の戦略的重要性
日露戦争における日本海軍のロジスティクス 今月の講師 石原明徳2海佐 防衛研究所 戦史研究センター 国際紛争史研究室所員 1971(昭和46)年生まれ、千葉県出身。立命館大学文学部卒業、93年海自入隊(一般幹部候補生44期)。経理・補給幹部。指揮幕僚課程修了、放送大学大学院修士課程修了、修士(学術)。第3術科学校教官、海自幹部学校教官などを経て、2022年から現職。今年4月から海幕総務課海自75年史編さん室兼務。専門は防衛装備移転史、軍事ロジスティクス史。最近の論文に「1950年代の台湾向け魚雷艇移転とその背景について」(『戦史研究年報』第27号、24年3月)、「ACSAの変遷―日米2国間から多国間へ―」(『海幹校戦略研究』第7巻2号、18年1月)などがある。 補給や支援拠点として柔軟展開 1904年に勃発した日露戦争における日本海軍の戦略意義は、大陸に展開する陸軍の兵站線確保にあった。これを達成するための海上作戦の継続が、日露戦争における日本海軍ロジスティクスの目的であったと言えよう。
朝雲寸言(2025年8月21日付)
1918年夏の米騒動は、米価高騰に苦しむ富山県の女性らのささやかな抗議行動が発端だった。「越中女房一揆」として新聞で全国に伝わると、たった1カ月で数百万人を巻き込む騒擾(そうじょう)事件に発展する。
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