朝雲寸言 (2026年11月5日付)
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重要無形文化財保持者(各個認定)、いわゆる人間国宝に、初めて生活文化分野の名匠たちが認定される運びとなった。池坊専永(立花)、高橋英一(京料理)、農口尚彦(吟醸造り)の3氏である。
この領域に踏み込んだ国の判断は珍しくよかった。京都勢が目立つのは、文化庁本庁舎が京都に移ったことも関係しているのか。華道や和食などに光があたり、ここからアーティストが生まれたり、愛好家が増えたりといった気運が醸成されれば、こんな好ましいことはない。
「いけばなで肝要なのは、形ではなく姿」。十数年前の、池坊専永氏の言葉である。しかと見えないもの、しかと認識できないものの尊さを強調していた。近い将来、茶道や、最も霊妙で認識しにくい香道をも人間国宝の対象にしてほしいものである。
ただ、今回の意味するところにも敏感でありたい。背景に生活価値観の大変化があることは論をまたない。結婚前の花嫁修業としてお茶やお花やお琴を習う「大和なでしこ」は今の時代どこにいるだろうか。各ジャンルのすそ野が貧困なのだ。
つまりは、せめて国がすくいあげないと消滅してしまう危険性があることも示す。和食や歌舞伎は一見活況を呈しているようだが、基本的には危惧種なのである。良しあしを判断する「目利き」の存在も先細りの感が強い。
途絶すれば二度と再現できないジャンルたち。部外者にも「なくしていいのか」という自問を促し続けたい。
(2026年11月5日付『朝雲』より)







