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ブックレビュー


中東戦争最前線 飯山 陽 著
「日本のメディアによる中東報道は現実と乖離(かいり)している」――。イスラム思想研究者である著者は本書でそう断言する。 日本のマスメディアとは異なる視点から、激動する中東情勢を読み解いた一冊だ。 日本のメディアは「可哀想なパレスチナと残虐なイスラエル」という二元論で報じがちだ。例えばイランの核問題に関しても「民生利用のための開発であり、兵器開発はしていない」と伝えるが、現実には民生用に不要な高濃縮ウランを大量に生産・保有している。 世界各国が核保有阻止に奔走している中、日本だけが別の世界にいるかのような錯覚に陥る報道っぷりだ。 著者はこうしたメディアの姿勢を痛烈に批判しており、既存のニュースに不信感を抱く人には、特にお薦めしたい。 また、アメリカの動向に切り込んでいる点も見どころだ。トランプ政権による「ハーバード大学への政府助成金などの凍結」騒動を取り上げ、なぜ凍結に至ったのか、名門大学でどのような中東研究が行われているのかを詳解している。 偏った報道のベールを剥がし、国際政治のシビアな現実を浮き彫りにする本作は、中東情勢の「真実」を知るきっかけ


日出ずる国へ イタリア外交官の日伊交流再発見の旅 マリオ・ヴァッターニ著、草皆 伸子訳
イタリアの外交官で現・駐日大使のマリオ・ヴァッターニ氏が、日本を旅しながら出会った風景や日伊両国の交流の歴史を紹介する味わい深いエッセイ集だ。 ヴァッターニ氏は大阪・関西万博イタリア館の政府代表も務めた人物で、日本への親しみと敬意が行間から自然に伝わってくる。 物語は2004年早春に著者がバイクで巡った東北の旅から始まる。会津の町並みや、雨宿りのために立ち寄った寺で過ごした静かな時間が、どこか懐かしい日本の原風景として描かれる。 飯盛山で自刃した白虎隊から陸上自衛隊東部方面総監部で割腹自殺した三島由紀夫まで話が飛ぶこともあれば、日伊交流の知られざる歴史についても語られる。 旅の終わりに京都・龍安寺の石庭を前にして、著者が静かに思索する場面は、両国の間に流れてきた長い時間をそっと見つめ直すような余韻を残す。 日伊のつながりを、歴史と旅の両面からやさしく照らし出す一冊である。 (三修社刊、1980円)


海鷲の翼 F2戦闘機 進化するマルチロール機 小峯隆生著、柿谷哲也撮影
「平成の零戦」と称されるF2戦闘機の完成までの道のりは平坦ではなかった。国産ゆえの技術課題や不具合が相次ぎ、実戦に使える機体へと育て上げたのは現場だった。 3飛行隊(百里)の歴代隊長をはじめ、パイロットや整備員の証言を積み重ね、同機がマルチロール機へと成長していく過程を追う。浮かび上がるのは、機体の限界を確かめるため命懸けで飛び続けた隊員たちの姿だ。前例のない課題に直面しながらも、それを乗り越えようとする執念と誇りが、機体の性能を引き出してきた。 写真家・柿谷哲也氏の口絵は、空を守る者たちの緊張と矜持(きょうじ)を静かに映し出し、証言の重みを視覚的に訴える。 本書は技術書の枠を超えた人間の物語だ。F2の真価は諸元表には表れない、人々の情熱と覚悟にある。 次期戦闘機の開発が進む今、日本の航空戦力の現在地を知る上で貴重な証言集となるだろう。 (並木書房刊、1980円)


大人も知らない? ふしぎなバイアス事典 ふしぎなバイアス研究会編
私たちが日常生活の中で無意識に抱いている「思い込み」や「先入観」=バイアスを、具体例と共に丁寧に解き明かした一冊。人はなぜ自分に都合のよい情報ばかりを信じてしまうのか、なぜ第一印象に大きく左右されるのか――。本書ではそんな「確証バイアス」や、周囲の人々、集団の意見・行動に合わせてしまう「同調バイアス」など代表的な心理のクセを多数取り上げ、それぞれの仕組みと影響を解説する。 各項目はイラスト付きで簡潔にまとめられ、子どもでも理解できるやさしい構成でありながら、大人も思わずうなずく内容が詰まっている。さらに、買い物や人間関係、仕事上の判断といった身近な場面でバイアスがどのように働き、時に誤った意思決定を招くのかを具体的に示す。 単なる知識の紹介にとどまらず、自分の考え方の偏りに気付くためのヒントや、より客観的に物事を捉えるための視点も提示。情報があふれる現代において、冷静に判断する力を養う手助けとなる実用的な入門書になるだろう。 (マイクロマガジン社刊、1100円)


15歳からのインテリジェンス うえだ あつもり著
インテリジェンスの本来の意味と価値を、大人から子どもへと手渡していく必要がある――その思いが物語を通して描かれている。 虫の目、鳥の目、魚の目。多様な視点をつなげて考えることで意味ある情報が生まれる。さらにコウモリの目は相手の立場や異なる文化・価値観から物事をとらえる柔軟な発想を、トンボの目は状況に応じて視点を変え、多角的に情報をとらえる力を象徴する。 防衛省で情報分析官として勤務した著者は、語られなかったことや触れられなかったことに意味を見いだすまなざしこそが、情報に振り回されない「静かな力」になると説く。情報源の信頼性、内容の正確性、そして有用性を吟味する姿勢が欠かせない。発信者には、何を発信しどう受け取られるかまでを考える責任がある。 情報が正しいか、自分の視点がずれていないか、思考のくせ(バイアス)がないかを問い直すことも重要だ。仮説や情報は面白さで評価されるのではなく、目的にどれだけ貢献するかが本質である。正解のない問いに向き合い、自分の頭で考え、判断する力を養うことがこれからの時代を生き抜くための必須の力だ。 (並木書房刊、1,650


あばたもえくぼ 自分でできる天然痘対策 柳田 保雄著
人類史上もっとも恐れられた感染症である天然痘をテーマに、歴史的背景と予防の知恵を一般読者向けにまとめた一冊だ。 タイトルの「あばたもえくぼ」の“あばた”は皮膚が病気やけがでひどく傷つくと生じる。天然痘は特にひどい、あばたを残す。その痕跡を残す天然痘に関する歴史や予防策などを平易な言葉で解説している。 天然痘は20世紀に根絶が宣言されたものの、古代から近代に至るまで世界各地で猛威を振るい、社会や文化に深い影響を与えてきた。 本書では、ワクチン普及以前に人々が試みた生活習慣や民間療法など「自分でできる対策」のほか、最新の医療技術による対策も紹介し、感染症と人間社会の関わりを文化史的に読み解いている。 著者は、天然痘について適切に対応すれば対応は可能だと指摘する。感染症史を振り返りながら、現代社会における「備え」の重要性を再認識させる。 (アジア・ユーラシア総合研究所刊、1,650円)


小泉八雲と水木しげるに学ぶ 異界の歩き方 小泉 凡監修
異界とは、遠く離れた幻想の世界ではなく、私たちのすぐ隣にあるもうひとつの現実かもしれない――。 本書は、怪談と妖怪という異界の表現者である小泉八雲と水木しげるの人生と思想をたどりながら、「見えないもの」をどう受け止め、描いてきたかを探る一冊だ。 小泉八雲の曾孫であり、研究者でもある小泉凡氏が監修を務め、二人の生い立ちや体験、創作の背景にある「異界へのまなざし」を丁寧に紐(ひも)解(と)く。巻末には、彼らにゆかりのある土地を紹介する「異界タウン探訪」も収録され、読者を実際の旅へと誘う構成になっている。 ちょうど今、NHKでは連続テレビ小説『ばけばけ』を放送中。小泉八雲とその妻・セツをモデルにしたこのドラマでは、明治の日本を舞台に、異文化を越えて結ばれた二人の姿が描かれている。本書を手にすれば、ドラマの背景にある実像や精神世界がより深く味わえるだろう。 異界を歩くとは、世界を深く味わうこと。現代社会の喧騒の中でこそ、こうした感性が必要なのかもしれない。 (マイクロマガジン社刊、1760円)


ゲーム作家 小島秀夫論 エスピオナージ・オペラ 藤田 直哉著
小島秀夫監督の代表作「メタルギア・ソリッド」シリーズはただの戦争ゲームではない。スパイアクションで、SFの要素もあり核抑止や安全保障論の教科書でもある。そして、愛を問う物語でもある。 小島監督の作品はどれも小説のような奥行きと映画のようなユーモアとボリューム感がある。 日本映画大学准教授の著者は、映画「007」のようなスパイ・エンターテインメントで、国際政治と個人の愛憎を結びつけて描く様式を「エスピオナージ・オペラ」と名付けた。 小島監督は冷戦や核戦争を何に結びつけているか、作中の描写をはじめ、過去の発言や著書から分析している。 本書はシリーズ作品の象徴的なシーンやせりふを精緻に読み解き、ゲームがプレイヤーに突きつけるジレンマを解説。作中での不可解なキャラクターの言動や、監督が込めたメッセージの真意を考察する。 1990年代から核抑止論やAI(人工知能)を通じて情報が処理される社会のあり方に警鐘を鳴らしつづけてきた小島監督。そんな天才の脳内を垣間見ることができる一冊だ。 (作品社刊、2,970円)


第二次世界大戦(四) ~戦いの諸側面~ 軍事史学会編
第2次世界大戦の終結から80年を迎えた今も、世界で戦火が続いている。特に「ロシアによるウクライナ侵略」と「ガザ紛争」という新たな戦争の生起と展開が、過去の戦争の見方にどのような視点を提供するのか――。 本書は、国内外の第一線で活躍する研究者から寄せられたオリジナリティーあふれる論文16本のほか、戦史史話や史跡探訪、書評7本を収録した総合論集だ。 「戦いの諸側面」という副題の通り、大戦の前史から戦いの様相、戦争終結から戦後の活動に至るまで、戦後80年の視点から鋭く考察しているのが大きな特徴だ。 本書は「第二次世界大戦」シリーズの4巻目。これまで本題はそのままに、副題を変えて刊行されてきた1巻目「発生と拡大」(1990年)、2巻目「真珠湾前後」(91年)、3巻目「終戦」(95年)――と比較しながら、ようやく30年を経て刊行された本書を読むと、さらなる研究の広がりを感じると共に、新たな発見があるだろう。真摯(しんし)で丹念な歴史の見つめ直しの中に、混沌(こんとん)とした今を読み解く知恵が隠されている。 (錦正社刊、4,400円)


夜、寝る前に読みたい宇宙の話 野田 祥代著
「あなたは最近、星を見ましたか?」――。本書は、広大な宇宙の神秘を静かでやさしい語り口でつづったエッセイ。2023年度の緑陰図書(夏休みの本)に選定、複数の名門中学校の国語入試問題や日本語教科書としても活用され、今年文庫化された。 著者は大学で宇宙物理学を専攻。理学博士として宇宙、地球、命をテーマに講演やイベント活動などを行う。科学に軸足を置きつつ、込み入った内容は省いて「宇宙からの視点」をつづった本書は、夜空に輝く星々や惑星、銀河、そして宇宙の果てに思いをはせながら人間の存在を見つめ直す時間を与えてくれる。 ビッグバンやブラックホールといった壮大なテーマだけでなく、月の満ち欠けや流れ星、地球という星の奇跡など、身近な宇宙の姿もていねいに紹介。 どの章も短くまとまっているため、寝る前の静かな時間に読むのにふさわしく、宇宙のおもしろさや基礎知識を教えてくれる1冊。読者の知的好奇心を満たしながら、心をゆるやかに解きほぐしてくれるだろう。 (草思社刊、990円)


奪われた集中力 もう一度“じっくり”考えるための方法 ヨハン・ハリ著、福井 昌子訳
現代人の集中力が「失われた」のではなく「奪われている」とする視点から、注意力低下の原因を社会構造に求めたノンフィクション作品。著者は世界中の専門家に取材し、スマートフォンやSNS、マルチタスク、情報過多、教育制度の変化などが複合的に集中力を奪っていると指摘。 本書では、個人の努力だけでは集中力を取り戻すことは難しく、社会全体を見直す必要があると訴える。例えば、監視型テクノロジーの台頭や、持続的読書の崩壊、フロー状態の喪失などが注意力の分断を加速させていると分析する。 著者自身の体験や旅の記録も交えながら、読者が自身の生活と照らし合わせて考えられる構成となっている。 集中力の回復には、環境の整備と制度的な改革が不可欠であるとし、企業や教育現場、家庭における実践的な提案も示している。 情報化社会に生きるすべての人にとって、豊かな時間を取り戻すためのきっかけとなる一冊だ。 (作品社刊、2,970円)






