朝雲寸言 (2026年10月8日付)
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作家村上春樹の新作「夏帆」が好調だ。7月に発売、30万部を突破するベストセラーとなっている。活字離れが進む時代にあって、目覚ましい。
正直なところ、筆者は長らくハルキの良さが分からなかった。米作家フォークナーの構成方法の影響を感じ取ってからは理解が進むようになった。
彼の作品には通奏テーマがある。代表作「ノルウェイの森」で描かれた実体験である。親友の自死、その恋人の女性への恋情、彼女の自死……。愛情は、対象を奪われ、行き場なく空しく漂う。愛の不毛や喪失感が脈打っている。
彼の生き方も、これまた刮目(かつもく)に値する。海外に住み、日本の文壇と距離を置き、世界中にファンを獲得した日本人作家は彼以外には皆無だろう。
ハルキは走り、書き、聴く。書く土台となる体を作るためにジョギングする。愛好するジャズを中心とする音楽にひたる。お気に入りの曲を気ままに紹介するラジオ番組「村上RADIO」を続ける。
彼は彼の作品の評論を読まない。ある米作家の作品を褒める一文を書いた時、周囲に言われたそうだ。「君の作品をこき下ろしている相手を褒めるとは、君は寛大というか、お人よしだ」。こうしたエピソードを笑い話にしているほど恬然(てんぜん)としている。
ハルキによって日本に好感情を持つ外国人は少なくないだろう。国家間のいがみ合いも民衆レベルでは手を結べるのだ。そう思うと、社会的な存在としても、希(まれ)なる人物といわざるをえない。
(2026年10月8日付『朝雲』より)






