<春夏秋冬> 9.11と、歴史的健忘症 前嶋和弘

アメリカ同時多発テロの25年追悼集会の中継を見ながら、この原稿を書いています。数時間前には、この「春夏秋冬」のコラムニスト陣の一人で、心から尊敬する酒井啓子先生とTBSラジオ『セッション』で25年の歴史を振り返る特集でご一緒しました。
実は酒井先生とは同じ番組で5年前の9・11のタイミングでも同じテーマでお話をしています。ただ、5年前以上に今回は同じ点で意見が一致しました。
それは「同時多発テロとその後の対応から我々は何も学んでこなかった」「それどころか、“自衛”という名目をかざして、どんどん軍事的強者が自分の論理で法の秩序を破っている」ということです。いうまでもなく、この5年間にはウクライナ侵攻、ガザ攻撃、今年に入ってからはベネズエラ侵攻、イラン攻撃を世界は目にしています。
25年でアメリカ国内も大きく変わりました。
9・11当時、私はワシントンに住んでいましたが、社会の緊張が一夜にして究極に高まったのを覚えています。この日、ワシントン周辺を環状に囲む高速道路・ベルトウェーで車を走らせましたが、向かってくる車はまばらでした。
車を走らせていくと、歩道橋という歩道橋に誰かが星条旗を掲げていたのに気が付きました。さらに進むと、次々と別の歩道橋にも掲げられていました。それが有事の際に団結する愛国的な集団的な心情の発露であることにようやく気が付くと、何とも言えない気持ちになりました。
この心情が「テロリストをやっつけろ」という動きになっていきます。オリンピックの場以外では聞いたことがなかった「USA、USA」という連呼も、さまざまな機会に聞くようになりました。
ナショナリズムが高まる中、「テロとの戦い」という大義で、アメリカがアフガン戦争、イラク戦争を進めていくのも、必然だったのかもしれません。
しかし、「テロとの戦い」の軍事費が膨れ上がり、財政黒字から財政赤字となりました。経済全体は成長を続けていますが、アメリカは規制緩和と減税の国なので格差は広がる一方です。
それよりも社会の分断が一気に進んだのが大きいかと思います。「俺の真実はあいつの真実と違う」といった話し合えない状況が進んでいます。
実は、この25年間で、アメリカで生まれた人々は1億人以上と人口の3分の1を占めるようになっています。その意味で「共通の記憶」がどうしても薄くなります。
イランに対する場当たり的な対応は、ナインイレブンから数年間のアメリカの動きを短期間でなぞっているようにみえるのですが、その歴史的健忘症の一因は、社会の変化にもあるのかもしれません。
(上智大学総合グローバル学部教授)








