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春夏秋冬


<春夏秋冬> ワシントンDC(その一) 鈴木敦夫
1989年7月、1年間を条件に防衛庁から留学させてもらえるという幸運を得た。行き先は米国ワシントンDCにあるジョージタウン大学。その後出張で何十回と訪れるDCであるが、この時が初めてであった。 当時は、日米貿易摩擦の真っただ中、日本企業によるロックフェラー・センター買収、防衛面ではFSX(次期支援戦闘機)を巡る日米交渉など、良きにつけ悪しきにつけ、日本・日本人が米国で大変注目されていた。当時の私でも入学が許可されたのはこうした背景があると思う。 大学では国家安全保障学修士を取得できたが、国際関係論や外交史だけでなく、防衛に関する講座の充実ぶりも私には極めて新鮮であった。ただし、末期とは言え冷戦中である。米国以外の地域研究は、少数の中南米の講義を除けば、ほぼソ連に関するものばかり。ソ連軍の軍事ドクトリン、ソ連の対東欧外交政策、WTO(世界貿易機関ではなくワルシャワ条約機構である)。まだ、少なくとも安全保障面では、中国も北朝鮮も登場していなかった。中国は同年6月に天安門事件を起こしたばかりである。当時のジョージタウン大学の名物教授の一人に、後に国務長


<春夏秋冬> サッカーと戦争 酒井啓子
今年のワールドカップには、中東の国々が多く参加している。アジア枠が増えたせいもあるが、もともと中東諸国ではサッカーが盛んだ。イランはその代表格で、ワールドカップ初出場は1978年と日本より20年も早い。その後、今回を含めて6回も出場しており、98年の初勝利の相手が米国だったのは、不思議な縁だ。 イランと同様に長くサッカー大国だったのが、隣国イラクだ。ワールドカップ出場は86年だったが、その後湾岸戦争、経済制裁、イラク戦争、IS(イスラム国)の侵攻と、相次ぐ戦争や内戦で成績をあげるどころか、練習すらできない環境に置かれてきた。それが今年、40年ぶりの出場を果たしたことで、国内は歓喜に沸いている。 イラクのサッカーチームには、戦争の影が付きまとう。エースストライカーで、今回ノルウェー相手に初得点を挙げたアイマン・フセインは、父親をアルカイダに殺され、誘拐された兄弟は戻ってきていない。 一家の出身地はキルクークという世界有数の石油産出地で、アラブ人、クルド人、トルコマン人と異なる民族が住み、歴史的には民族間衝突も少なくなかった。少数派のアラブ民族である


<春夏秋冬> 39年前の公開書簡 前嶋和弘
1987年9月2日のことです。『ニューヨーク・タイムズ』など3つの主要紙に丸々1ページを使う特大の公開書簡広告が掲載されました。 この書簡は「日本や他の国はアメリカを何十年もの間、食い物にしてきた」という衝撃的な言葉で始まります。「日本はアメリカへの輸出促進のためにドル高をしたたかに誘導してきた」「自国防衛をアメリカに任せ、日本はその分、自国の経済を発展させた」などの言葉がつづられています。 すでに想像できるかもしれません。この書簡を書き、広告を掲載させた人物の名前は、ドナルド・J・トランプです。当時はまだ41歳。若き不動産王として当時もメディアの寵児(ちょうじ)でした。 あれから39年。多少の変化もあったかもしれませんが、この書簡にあるトランプの対日観は、第2次政権の現在までも本質的には変化していないようにみえます。 トランプ大統領は過去に何度も、日米安保条約に対する不満を明らかにしてきました。その中心にあるのが「アメリカ人が血を流すのに日本人は流さない。日米同盟は片務的で不平等だ」という考え方です。 日米安全保障条約はいうまでもなく片務的なも


<春夏秋冬> 米中首脳会談で揺れる朝鮮半島 平岩俊司
7年ぶりに習近平主席が北朝鮮を訪問した。中朝首脳会談で非核化に言及がなかったことから、中国が北朝鮮の核保有を黙認したとの見方がある。 しかし、昨年9月の金正恩総書記訪中の際も非核化について言及がなかったので、今回はある意味予想通りといえる。一方、中国は自らの姿勢に変化はないとの立場である。 言うまでもなく中朝首脳会談の前提にはトランプ大統領の訪中がある。米国側は米中首脳会談の成果文書を発表し、北朝鮮の非核化という「共有された目標」を確認したとした。これに対して金正恩総書記の実妹、金与正部長が「荒唐無稽な虚偽」として猛反発した。真実はどこにあるのか。 中国は、北朝鮮の核問題は米朝関係に起因するとの見方をする。2006年10月に北朝鮮が初めての核実験を行ったが、その後、中国側の働きかけで07年にベルリンで米朝協議が行われた。 当時、中国人専門家と意見交換する機会があり、「米朝協議は北京で行われるものと思っていたが?」と聞くと、「不愉快だが方向性は間違っていない。米朝協議がこの問題の核心だから」と。続けて「ただ簡単にうまくいくとは思えない。そのときは中


<春夏秋冬> 1976年から50年 鈴木敦夫
50年前の1976年は、その後長く日本の安保防衛政策に大きな影響を与えた重要な決定がなされた年であったことはよく知られている。「基盤的防衛力構想」「防衛費GNP(国民総生産)1%枠」「武器輸出禁止」の三つである。 余談ではあるが、防衛白書が現在のように毎年発行されるようになったのもこの年である。 76年2月の衆議院予算委員会で当時の三木武夫首相から「武器輸出に関する政府統一見解」が表明され、「慎むものとする」がその後の武器輸出全面禁止につながっていく。 10月には最初の「防衛計画の大綱」が閣議決定され、「基盤的防衛力構想」が採り入れられる。11月にはいわゆる「GNP1%枠」が閣議決定された。 この1%枠は87年に廃止の閣議決定がなされているのだが、防衛費はその後もほぼ1%を超えることがなかったので、多くの人々はこの1%枠閣議決定が引き続き維持されているものと誤解していたほどであった。これが2022年の国家安全保障戦略の中で国内総生産(GDP)2%という新たな指標が示された。 「基盤的防衛力構想」については、09年に閣議決定された「大綱」でこれには


<春夏秋冬> 王国と首長国の差 酒井啓子
UAE(アラブ首長国連邦)は、その名の通り7つの首長国の連邦である。なぜ首長国なのか、というと、元首の称号がアミール(首長)だからで、国名もエマラート(アミールの統治する国)となる。ドバイの航空会社「エミレーツ」は、ここに由来する。 他方、隣国のサウジアラビアは国王のいる「王国」である。どう違うのか。サウジは18世紀以降、サウド一族を中心にアラビア半島の諸部族を平定し、1932年に王国として独立した。一方でUAEの諸首長は、湾岸地域の諸部族の長が19世紀にアジア進出を図るイギリスと協定を結び、その庇護(ひご)下で権力を確立した。


<春夏秋冬> 潮目が変わったように みえる米中関係 前嶋和弘
読者のみなさんは、ここ半年くらいのトランプ政権の中国への対応について、首をかしげることが多いのではないでしょうか。 アメリカにとって外交・安全保障上の最大の課題であるはずの中国に対して、トランプ政権がだいぶ宥和(ゆうわ)的になっているようにみえるためです。トランプ第1次政権が中国に厳しい態度をとっていたのとは対照的です。


<春夏秋冬> G2に映る 日韓の戦略差 平岩俊司
世界中が注目したトランプ大統領の訪中は米中関係の大きさをあらためて印象づけた。年内中にあと3回首脳会談をおこなうという。まさにG2だ。経済学者、C・フレッド・バーグステンが2006年頃に提唱したとされるこの概念は、オバマ政権では国際関係における米中の突出した役割をイメージする用語として使われるようになった。 日本でも米中二極のイメージで使われたが、日本の頭越しに米中関係が推移することへの警戒感から否定的に捉えられた。当時、中国自身もG2とのイメージで過大評価されることに慎重だったこともあり、メディアなどで見かけることが徐々に少なくなっていった。仮に使われたとしても、「アメリカはG2を目指していない」などの否定的な表現として使われることが多かった。


<春夏秋冬> PKO司令官への途 鈴木敦夫
国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)軍事部門の参謀長ポストへの陸上自衛官派遣が先月閣議決定された。参謀長は、我が国の派遣要員として最高位の職位である。このニュースで「ついにここまできたか」と感慨を深くした。 1993年から95年まで私は当時の総理府国際平和協力本部事務局に出向していた。カンボジアPKO(国連平和維持活動)、モザンビークPKO、ルワンダ難民救援活動などの自衛隊の国際協力活動の初期段階に関与し現地滞在の経験もある。国際協力活動というと、施設部隊などのいわゆる「部隊派遣」が関心の焦点になってしまう。
<春夏秋冬> アニメで士気高揚? 酒井 啓子
2月末に始まった米・イスラエルによるイラン攻撃は、ホルムズ海峡封鎖で世界経済に深刻な影響を与えている。戦争は予想に反して長期化しているが、この間イランが流している戦時広報ビデオがよくできている、と話題だ。
<春夏秋冬> アメリカよ、 どこにいく 前嶋和弘
はじめまして。今回から「春夏秋冬」を担当させていただく前嶋と申します。アメリカの政治外交を専門とする政治学者です。 そのアメリカ。皆さんにおそらく共通するのが次のご意見ではないでしょうか。「アメリカよ、どうなってしまったのだろう」
<春夏秋冬> 侮れぬ北朝鮮の強靱性 平岩俊司
ベネズエラの大統領拘束、イランの最高指導部への空爆を見るとき、北朝鮮に対する「斬首作戦」なるものが実際にあるのか、と思わされる。 この2つの事例に金正恩総書記が強い警戒感を持ったことは間違いないだろう。 その一方、アメリカにとって思惑通りの展開だったのだろうか。たしかに、ベネズエラについては電撃的に大統領を拘束してアメリカの司法に委ねることができ、体制については「民主化」ではないものの実質的な体制転換が起きた。
<春夏秋冬> 4月 若者と安全保障 鈴木敦夫
新聞を読んでいると、内閣支持率をはじめ各種の世論調査関連の記事が目にとまります。自衛隊に関するものも数多くあります。 その中でも、内閣府による「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」は1969年からおおむね3年ごとに実施されていて、定点観測という視点からも興味深いものです。「自衛隊に良い印象を持っている人が9割を超えた」「自衛隊への関心が過去最高となった」と報じられる、あの世論調査です。過去の調査結果の推移も記述されているので、過去との比較も可能です。
<春夏秋冬> どの戦争に 似ているか 酒井啓子
米・イスラエルによるイラン攻撃開始から、1カ月が経つ。1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争に続くペルシャ湾岸地域での戦争なので「第3次湾岸戦争」と呼ばれることもあるし、1980―88年のイラン・イラク戦争を第1次として「第4次湾岸戦争」と呼ぶ者もいる。ホルムズ海峡の封鎖、カーグ島への攻撃などの展開を見ると、イラン・イラク戦争のデジャブか、とも思う。
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