時の焦点<海外> 米中関係

戦後物語の書き換え
「二人の指導者は、米中両国が第2次世界大戦の同盟国であり、共に勝利のために戦ったことを想起した」――。9月24日のワシントンでのトランプ米大統領と習近平中国国家主席の会談後、ホワイトハウスが公表したファクトシートにはこう書かれてあった。既にトランプ氏自身が会談前の歓迎式典で口にしていたことであり、その意味では想定内かもしれない。
だが、81年前に終わった戦争の蜜月関係がわざわざ米側公式文書に明記された意味は、軽視すべきではないだろう。
むろん、当時の中国が国民党政権であって現在の共産党政権ではないこと、戦後の米国にとって同盟国は日本と韓国であり中国ではないこと、などを挙げて対抗することはいくらでもできる。
とはいえ問題の本質はそうした教科書的説明の正しさにはない。トランプ氏と習氏が図らずも世界に示したのは、永遠の同盟というものはなく、1世紀も経てば国際政治はいくらでも変動すると言う歴史の法則である。
いや、より正確に言えば中国のそうした歴史認識を巡る手の込んだ刷り込み戦略に、直近の利益しか念頭にないトランプ氏が軽率に乗ってしまった、ということだ。
習氏は夕食会でも「中米両国人民は日本軍国主義の侵略者と戦った」と述べ、歴史の逆回転を図ろうとした。日頃からことあるごとに平気で日本の真珠湾攻撃を引き合いに出すトランプ氏が、これに同調したとしても驚くには当たらない。
共同通信の報道によれば、バイデン米前政権で国務副長官を務めたカート・キャンベル氏はこうしたトランプ氏の言動への強い憂慮を表明し、それは「習氏との頻繁な交流の結果」であるとの見方を示した。昨年秋以降3度の首脳会談を行ったトランプ、習両氏は年内にあと2回会談する予定で、米メディアは「習氏のナラティブ(物語)が繰り返されればより影響力を持ちかねない」と警鐘を鳴らしている。
これだけではない。中国は死文化している国連憲章の「旧敵国条項」を改めて持ち出し、日本を「新型軍国主義」と呼ぶなど、連合国対敗戦国という第2次世界大戦の同盟関係のフレームを再び有効化させようと、全力でパーセプション外交を展開しているのだ。
自由と法の支配、民主主義を掲げる戦後秩序のリーダーだった米国が、中国の戦後物語の書き換えにじわじわと取り込まれつつあるかに見える現状は深刻だ。
米国の出方は日本の未来を大きく左右する。戦前から戦後にかけての日中関係を深く取材したジャーナリストの故松本重治氏は「日米関係の核心的問題は中国問題である」「日米関係は日中関係である」と鋭く洞察していた(「上海時代」中公文庫)。
ファクトシートの「想起する」の英語の原文は「リコール」だ。リコールには生き返らせるという意味も、取り消すという意味もある。世界は歴史の分岐点にある。
高旗良(外交評論家)






