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前事不忘 後事之師 第130回 トーマス・シェリングを読む(その1)

8 時間前
読了時間: 4分

私は広島を訪問する際には平和記念資料館を訪れることにしているが、そのたびに、このような惨禍は二度と起こしてはならないとの思いを新たにする。核兵器については、その廃絶を強く主張する人々が一方におり、他方には核抑止論を唱える人々もいて、両者は水と油のように混ざり合うことがないのが現状だ。


そのようなことを考えながら、アメリカの経済学者(ゲーム理論の専門家)であり、また核抑止論者であるトーマス・シェリング(1921年~2016年)の代表作「紛争の戦略」を読んでみた。



シェリングが「紛争の戦略」を著したのは1960年代だが、この頃の米ソの核戦力は特定の基地に集中し、警戒態勢や防護も不十分で、先制攻撃(奇襲)によってそれが破壊されてしまうのではないかとの懸念があった。このため、シェリングは米ソが核を保有する状況下で、核による奇襲攻撃を起こさない態勢はどのようなものかという観点から核抑止論を展開する。彼は西部劇における銃による決闘を例に取り、次のように説明する。


銃という武器はどちらかが相手を殺すことを可能にするが、両者がともに死ぬことを保証していない。このため、相手より先に撃つことに優位があり、先に撃つインセンティブが高まる。しかし、もしどちらかが先に撃たれても、生き延びて撃ち返すことができたら、先に銃に飛びつく利点はないし、相手が先に撃ってくるだろうと恐れる理由もない。


同様に核を保有する米ソにおいて、一方からの核による奇襲があっても、それに生き残り報復できる核戦力を保持していれば、奇襲を抑止できる。この場合、相手の攻撃を抑止するのは、相手を破壊する能力ではなく、相手から攻撃された後に我々が報復できる能力である。これがシェリングの核抑止論のコア部分だが、この抑止に重きを置く論理を発展させて、彼はいくつかの推論および提言をする。


第一に核戦争に備えて、防空体制の強化などにより都市を防御するよりも、報復戦力である戦略的攻撃兵器が生き残れるように防御することを優先すべきである。彼は、「先制攻撃を回避するスキームの最も直接的な目的は、人々の安全ではなく兵器の安全である」と刺激的な主張をする。


第二に核抑止時代における国防力の整備は、兵器の威力ではなく、その兵器が先制を促すものかどうかの観点から考えるべきである。


脆弱(ぜいじゃく)で、攻撃前に使用しなければ失われる兵器は先制への圧力を生む。また、相手の報復戦力を破壊することに特化した兵器も先制に供される恐れが強い。これに対して、攻撃を生き延び、後から懲罰的な損害を与える兵器は先制を急ぐ必要がなく、防御的な兵器である。例えば、発見・破壊されにくい潜水艦から発射されるミサイルは報復能力を確実にする。


第三に抑止にとって決定的に重要なのは、攻撃を受けた後にも行使できる報復能力であり、軍縮によってミサイルの数を大幅に削減することは報復戦力を少なくし、相手の奇襲を誘発する恐れがある。従って、軍縮がよいとは限らず、逆に軍拡が抑止態勢を安定させることもある。


第四に核の世界にはどちらの側も相手を壊滅できる均衡と、どちらが先制攻撃をしようとも両者とも相手を壊滅することのできる均衡との二つの恐怖の均衡があるが、相互の抑止を成立させているのは均衡ではなくて均衡の安定性である。均衡が安定的であるのは、どちらが先に攻撃しても相手の報復能力を破壊できない場合である。このため、自分たちだけでなく、敵も非脆弱な報復戦力を持つことが相互抑止を安定させる。もし敵が我々からの先制攻撃によって彼らの戦略兵器が危険にさらされていると心配しているならば、我々もそのことを心配しなければならない。


第五に、米ソの全面的な核戦争が両国の保有する報復戦力によって抑止されたとしても、第三の地域へのソ連の限定的な攻撃については、米国が本当に自国の都市を危険にさらしてまでそれらの国を守るのかという疑念から、抑止が低下し、むしろ地域的な戦争が起こりやすくなるかもしれない。


以上がシェリングの主張のポイントである。シェリングは経済学者で、近代経済学で使われる前提、すなわち国家というアクターが合理的な計算に基づいて自らの利得を最大化するよう行動した場合には、どうなるかを理論的に分析している。しかし人間は合理的計算のみで動くわけではなく、感情に振り回され、ミスも犯すので、この点から彼を批判できる。


他方で、彼は道徳や倫理といったものを排除して主張を展開しているが、彼の抑止論は核が存在するという現実を受け入れた上で、どうやって核戦争につながる事態を回避するのかを分析したものだ。それは、核時代において私たちは、これまでのような勝利の追求ではなくて、敵とも協力して恐怖の均衡を安定させることを目指すべきだとの彼の考えによく表れていると思う。


鎌田昭良(元防衛省大臣官房長、元装備施設本部長、防衛基盤整備協会理事長)

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