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前事不忘 後事之師 第127回 サッカーワールドカップでの日本対ブラジル戦を考える

  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

―土俵を変えて主導権を握る―


中学時代にサッカー部に入って以来、半世紀を超えてサッカー日本代表を応援する私は、今回のワールドカップ決勝トーナメント1回戦で日本代表が本気モードのサッカー王国ブラジル代表とほぼ互角の戦いを演じたことに驚きを感じています。


日本は佐野選手の素晴らしいシュートで先制しましたが、後半にブラジルに2得点され、逆転負け。敗戦は本当に残念ですが、私は監督の采配に注目しました。


森保一監督は、素晴らしい監督で、選手の能力を伸ばす手腕に長(た)けていると同時に試合での采配も巧みです。森保監督の戦術の基本は、本人がインタビューで述べているように「後出しジャンケン」です。試合のなかで、相手チームの出方や流れに応じて、選手交代や陣形の変更を行い、戦い方を柔軟に変化させます。攻撃型メンバー(ジョーカー)を温存し、相手チームが疲れてきた後半にそうした選手を投入する戦い方で、これまで多くのジャイアント・キリングを成し遂げました。


野球などと異なり、サッカーというスポーツは守備と攻撃が瞬時に入れ替わる点で、戦争に類似していると思います。


古代中国の兵法「孫子」には攻撃と守備についての分析があり、「形篇」では、攻撃と守備のうち守備を重視すべきと主張されています。曰く。「善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して以て敵の勝つべきを待つ。(戦に巧みな者は、先ず敵が勝てない態勢を整えた上で、敵に勝てる状況を待つ)」「不敗の地に立ちて、敵の敗を失わず。(負けない基盤(守備)を確立して、敵を破る(攻撃)機会を見失わない)」


なぜ孫子は守備を重視するのでしょうか。水野実防衛大学校名誉教授は孫子の解説書の中でその理由として、孫子の思想の根本に勝利より敗北しないことを優先させる思想があること、守備は自己の努力で確実に成果があがるが、攻撃は相手に左右されること、また守備は攻撃に比して戦力が少なくて済むことを挙げています。


他方で、孫子は守備を重視するからといって、攻撃をなおざりにしません。「敵の勝つべきを待つ」「敵の敗を失わず」と主張するように、敵に勝てる状況、敵を倒せる機会を手ぐすね引いて待つべきであり、しかもその「状況」と「機会」は、相手の弱点が現れる相手が攻撃してきた時だとの考えです。


この主張から孫子の主張は「迎撃」であり、剣道でいうところの「後の先」(相手に攻撃させてその瞬間にできる隙を突く)の戦法と言われています。


この孫子の主張を前提にすれば、ブラジル戦の後半は、ブラジルが攻撃に力点を置いてきたので、日本にとって迎撃のチャンスだったわけですが、むしろ1点のリードを守ろうとしていたように見えます。


おそらく森保監督も迎撃を考えたのでしょうが、三笘薫、久保建英、南野拓実という優れた攻撃陣が怪我(けが)により出場できなかったことから、後半に攻撃のジョーカーとなり得る選手が欠けていたのでしょう。


類似の状況は、準決勝のアルゼンチン対イングランド戦でも見られました。試合の後半に先制したイングランドはその後、守備を固める戦い方を選択し、メッシ率いるアルゼンチンの猛攻を受け、2得点され逆転負けを喫します。


日本もイングランドも失敗した例ですが、かつて孫子の戦略が見事にはまった例があります。


スペインにバルセロナという名門サッカークラブがあります。2005年と2006年にスペイン・リーグを連覇し、2006年にはヨーロッパ・チャンピオンになりました。


強かった理由は当時、左サイドにロナウジーニョという強力なアタッカーがいたからです。2007年のスペイン・リーグが始まる直前に、このヨーロッパ・チャンピオンになったバルセロナとUEFEFAカップの覇者のセビーリャとの間で「スーパー・カップ戦」が行われました。


誰でも考えつくセビーリャ側の作戦はロナウジーニョを守備の得意な選手に徹底マークさせることでしたが、この時は違っていました。世界的なスーパー・スターに守備型の選手ではなくて攻撃型の選手を配し、積極果敢に攻め上がらせました。


ロナウジーニョは、自らを突いてくる相手選手への対応に翻弄(ほんろう)され、持ち前の攻撃力を発揮できず、試合結果はセビーリャの3対0の完勝でした。


これらの事例から導かれることは何でしょうか。先制されたチームが攻勢に出てきたり、また攻撃的な選手が攻勢に出てきたりするのは当然のことです。これに対し守備のみで対応すれば、相手の土俵で戦うことになり、主導権は相手が握ります。


しかしながらその時にリスクを取って土俵を変える采配(例えば、相手を迎撃する態勢をしく、あるいは相手の攻撃的選手に守備を強いる)をとることができれば、主導権を握れます。


ワールドカップでの監督の采配を見ながら、国の安全保障においても、脅威に対して直線的に対応するばかりではなく、どうしたら土俵を変えて主導権を得られるか考えることが重要だと感じました。


鎌田昭良(元防衛省大臣官房長、元装備施設本部長、防衛基盤整備協会理事長)

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