top of page

<春夏秋冬> ワシントンDC (その二) 鈴木 敦夫

8月13日
読了時間: 2分


二度目のワシントン長期滞在は米国防大学の国家戦略研究所(INSS)客員研究員として2000年8月からの1年間弱であった。冷戦後の同盟漂流の危機感を経て、1996年の日米安全保障共同宣言、97年の日米ガイドラインの改定、99年の周辺事態法の成立などにより、日米同盟は再定義された。そして、アジア・太平洋地域の平和と安定のための日米防衛協力が強化された。


この時期、防衛庁では、米国とのコミュニケーション強化を図るために、ワシントンの体制を若干変更した。


もちろん、米政府との公式ルートは在米大使館であり、防衛駐在官チームや文官の1等書記官(当時)がその任にあたった。


一方、米国の政策決定プロセスでシンクタンクの役割も小さくなかった。その関係者との交流の一翼を担うのが、防衛庁から派遣されたINSS客員研究員の仕事でもあった。


私がこのポストについた00年夏は、8年間のクリントン政権の後継を決める大統領選挙を11月に控えた時期でもあった。政権が民主党から共和党に交代すれば、それまでシンクタンクなど政府の外にいた共和党関係者が大挙政権入りすることになる。ここにもシンクタンク巡りの意義があった。


また、96年の中台危機、90年代の北朝鮮の核・ミサイル問題などで、米国にとっても、安全保障上、中国、北朝鮮の注目度が一段と高くなっていた。これらの地域を扱う有識者との意見交換からも大いに刺激を受け学ばせてもらった。


「アーミテージ・ナイレポート」が発表されたのもこの時期である。日米同盟を米英の特別な関係に比肩する成熟したパートナーシップに進化させることを目指すものであった。


このレポートはあくまで超党派の知日派の執筆グループの見解ではあるが、大統領選直前の10月に発表されたのは、選挙結果に関わらず、新政権で日米関係をさらに強化したいという関係者の強い思いの表れだった。


この最初のアーミテージ・ナイレポートはINSSから発行された。INSSにおける私のメンターでもあるプリツタップ氏が最終取りまとめを担当した。


大接戦の大統領選を経てブッシュ新政権が誕生した。執筆メンバーのアーミテージ、ウォルフォウィッツ両氏を筆頭に、ケリー、パターソン、グリーン各氏も執筆メンバーから政権入りした。


日米安保協力を新たな段階に高めるべく、米側関係者の意欲が満ちあふれていた。このレポートについては毀誉褒貶(きよほうへん)があるが、いま振り返れば、米国の対日政策の予見性の象徴でもあった。


(元防衛事務次官)

すでに購読中の方はこちら

<春夏秋冬> 9.11と、歴史的健忘症 前嶋和弘

asagumo-digital-2.png

<春夏秋冬> 「韓国、南朝鮮」と「北朝鮮、朝鮮、北韓」 平岩俊司

asagumo-digital-2.png

<春夏秋冬> 「私の9.11」 鈴木敦夫

asagumo-digital-2.png

<春夏秋冬> 対イラン制裁の あおりを受けるイラク 酒井啓子

asagumo-digital-2.png

<春夏秋冬> 「デジャブ」となるイラク戦争 前嶋和弘

asagumo-digital-2.png

<春夏秋冬> 中国にとって北朝鮮軍 ロシア派兵の意味 平岩俊司

asagumo-digital-2.png
300x250_01.png

アクセスランキング

1

海自潜水艦「はくげい」初のハワイ派遣 女性隊員5人も乗艦し米訓練へ

2

外交・安保に強い小田原氏、産業政策に精通する小鑓氏が副大臣に 防衛政…

3

笹川平和財団が人的基盤強化を提言 自衛官13万人時代を見据え総力体制…

4

陸自向け新型輸送艇「あかね」進水 島嶼部輸送を担うMSVの1番艇

5

MQ9Bシーガーディアンの対領空侵犯活用を検証 空幕長が会見で説明

71fJa38yRPL._AC_UY218_.jpg
71fJa38yRPL._AC_UY218_.jpg
71fJa38yRPL._AC_UY218_.jpg
300x250_02.png
300x250_03.png
300x250_04.png
bottom of page