防研セミナー 時代を読み解く シリーズ<56> ニミッツ提督と情報
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防衛研究所 戦史研究センター 国際紛争史研究室 主任研究官
1973(昭和48)年生まれ。埼玉県出身。防衛大学校航空宇宙工学科卒業、同安全保障研究科(国際安全保障)前期課程修了。航空自衛隊の部隊、航空幕僚監部を中心に、防衛力整備などに従事し、2025年3月より現職。専門はロシア安全保障、情報。修士論文「プーチン政権の兵器輸出戦略 ―対中戦闘機輸出を事例として―」にて安全保障学修士。
日本を仮想敵国に情報将校55人養成
チェスター・ニミッツ提督は、第二次世界大戦時、米国に勝利をもたらした太平洋艦隊司令官として知られているが、同提督がいかに情報組織間の業務を見直し、情報を活用して勝利したかについては我が国ではあまり知られていない。また、ミッドウェー海戦等の敗因として、日本海軍暗号が解読されたためとされてきたが、日米開戦時、同暗号はほぼ解読されていない。わずか半年後、米海軍はミッドウェー海戦に勝利した。何が変わったのか。
日米開戦時、優秀な対日情報将校らは多数存在した。日露戦争後、米国は日本を仮想敵国として、戦争計画を策定するとともに専門家らの養成を開始した。米海軍は「日本語研修生」制度により、55人の対日情報将校らを養成しており、特に優秀な2人(在ハワイ情報部隊「ハイポ」長:ロシュフォート中佐と、太平洋艦隊司令部情報参謀:レイトン少佐)が開戦時のハワイで勤務していた。
解読成果共有せず開戦を察知できず
それではなぜ、太平洋艦隊は開戦の兆候を察知できなかったのか。問題は首都ワシントンの情報組織にあった。まず米陸・海軍間の情報連携が不十分であり、陸軍が日本外交暗号「紫」を解読した成果のなかに、開戦の兆候が多数含まれていたにもかかわらず、太平洋艦隊には共有されなかった。また、海軍作戦部内でも情報勤務経験のない戦争計画部長ターナー少将が、「対米攻撃はない」との情勢見積もりを全軍に配布していた。
同作戦部による任務付与にも問題があった。開戦時、米海軍は対日通信情報部隊として3個部隊(首都ワシントン「ネガト」、在ハワイ「ハイポ」と在比「キャスト」)を有し、日本の各種通信を傍受、暗号解読等を実施していた。同作戦部は、日本作戦暗号の解読を、優秀な情報将校らを擁する「ハイポ」ではなく「ネガト」に指示したため、解読できなかった。
首都情報組織における機能不全が、ハワイに「奇襲」をもたらし、太平洋艦隊司令官キンメルが更迭され、ニミッツ司令官が誕生した。前職が海軍省人事部長であったニミッツは、「諸君の高い能力は承知している」としてキンメル配下の幕僚らを誰一人、更迭しなかった。前述の情報将校レイトンとロシュフォートは、報告ごとに信頼を重ね、重用された。そしてニミッツは対日情報将校らを空母に乗り組ませ、空母と通信情報を駆使して反撃に出た。
日本海軍と好対照「情報組織」を信頼
暗号解読を含む通信情報は、分析官の語学・分析能力に大きく左右される。暗号の全てが解読されていない状態では、推論を交えて分析するため、同じ原文を処理しても解釈が異なってしまう。開戦後、「ハイポ」情報に基づく空母の一撃離脱作戦は成果を挙げたが、「ネガト」との間で分析結果をめぐる対立が大きくなり、太平洋艦隊の作戦立案にも支障が出た。
事態を憂慮したニミッツは、上司である合衆国艦隊司令官キング大将に「今日の傍受結果を『ハイポ』が担当し、それ以外を『ネガト』が担当する」ように、幕僚らを通さずに直訴し、承認を得た。つまり「ネガト」の妨害を取り除き、「ハイポ」が動態情報に専念できるよう、作為したのである。
その結果、レイトンとロシュフォートらは、通信情報だけでなく、哨戒機および潜水艦による偵察情報、墜落した爆撃機からの鹵獲文書等を総合分析し、日本海軍機動部隊の進攻する日時・場所についてほぼ正確に予測し、ミッドウェー海戦の勝利に大きく貢献した。
真珠湾攻撃からわずか半年、情報の流れを見直し、情報組織を信頼・活用したニミッツのイニシアティブこそが、戦勝獲得の鍵であった。連合艦隊に情報参謀の配置すらなかった日本海軍とは好対照である。
84年前の出来事は、「情報力の強化」を考える上で、多くの視座を与えてくれる。
(2026年8月27日付「朝雲」)












