朝雲寸言(2025年3月20日付)
- 2025年3月20日
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更新日:6月8日

早朝の地下鉄は通勤通学ラッシュでごった返す。妻子に「いってらっしゃい」と送り出された会社員、他愛もない話で盛り上がる女子高生たち、専門書を読み込む大学生、平日休みに観光地へ向かうカップルなど多くの人々が交差する。何気ない朝の風景は今も昔も変わらない。だが、30年前の今日、午前8時頃、この何気ない風景が一変する。
「地下鉄サリン事件」が起きたのだ。都心の地下鉄で猛毒サリンがまかれ、14人が死亡、6千人以上が重軽症を負った。オウム真理教の幹部ら5人が、サリンが入った計11のナイロン袋に傘の先を刺し、サリンが漏れ出して気化した。発生当初は「地下鉄で同時多発爆弾テロが発生した」との情報もあったが、後に化学テロだと判明する。
こうした状況で、自衛隊は災害派遣命令を受ける。化学防護隊のほか、山手線内唯一の普通科連隊、第32普通科連隊に「都内の毒物を探知し、これを除去せよ」との命令が下る。緊迫した状況の中、重い装備品を背負い、除染に奮闘した。
この任務に携わった多くの隊員たちは退官。当時の若手も現在は50代だ。この経験を後世に伝えていかなければならない。被害者はいまでも苦しんでいるのだから。夫を亡くした女性は「30年経過しても私たち被害者と弁護団はオウム真理教の後継団体と戦っているんです」。
何気ない朝の風景を守り続けるためにも、この事件を忘れてはいけない。
(2025年3月20日付『朝雲』より)







