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海上幕僚長 齋藤 聡 トンプソン大佐の墓前で(2025年10月15日)
2026年1月6日更新

齋藤聡海幕長

故マーシャル・F・トンプソン大佐の墓前に献花し、敬礼する練習艦隊司令官の渡邉浩将補(中央左)以下、実習幹部たち(10月14日、米サンディエゴのエル・カミノ・メモリアル墓地)

米サンフランシスコで定期整備を終えた米駆逐艦「ウォーク」(1952年、2月13日)=米国立公文書館提供
10月15日、米カリフォルニア州サンディエゴの穏やかな午後。約7年ぶりに、エル・カミノ・メモリアル墓地に眠るマーシャル・F・トンプソン大佐の墓前に立った。2018年には海上幕僚監部防衛部長として、今回は海幕長として訪れた。
立場が変わっても胸に去来する思いは変わらず、むしろ一層、日米同盟の強固な礎や海自と米海軍の絆の根源を深く心に刻む場となった。
墓前に立つと、ある物語が脳裏によみがえる。1974年に除籍した米駆逐艦「ウォーク」のトンプソン艦長以下乗員たちと、佐世保市の山地美登子氏との心温まるエピソードだ。
51年6月、「ウォーク」は朝鮮戦争で触雷。26人の死者と40人の重軽傷者を出し、修理のため佐世保に入港した。艦長だったトンプソン大佐は乗員の心の傷を癒すため、ドックに隣接した中学校との野球の交流試合を企画。士官たちは学校で英語を授業して生徒たちと交流を深めた。
生徒の一人、山地美登子氏は原爆で両親を失い、市内に住む伯父に引き取られた原爆孤児だった。
それを知った乗員たちはポケットマネーを出し合い奨学金を贈ることにした。お金は銀行に信託され5年間、毎月送金された。
山地氏は東京の看護学校に進み、・・・