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前事不忘 後事之師

第114回 中国政治体制の弱点

 

 現代中国の政治体制の弱点は何かと言えば、日本や欧米諸国と異なり、最高指導者の後継を決めるルールがないことです。なぜそれが弱点かと言えば、最高指導者の交代時に必ず権力闘争と政治の混乱が起きるからです。

 実際、毛沢東の本格的な後継指導者として鄧小平が登場するまで、激しい権力闘争と混乱がありました。鄧小平は胡耀邦、趙紫陽を一時後継者に据えますが、その後、失脚させざるを得なくなります。

 しかし鄧小平は自国の政治体制が抱える弱点を理解していたようです。彼は最終的には、自分の後継者(江沢民)にとどまらず、その次の後継者(胡錦濤)を指名しました。

 その結果、鄧小平から江沢民、江沢民から胡錦濤への政権移譲には大きな混乱はありませんでした。鄧小平は自分がいなくなった後の政治の安定を考慮した優れた指導者だったように思います。それでは胡錦濤から習近平への権力移譲はどうだったのでしょうか。大東文化大学の鈴木隆教授が著した「習近平研究」には、その点についての説明があります。

 習近平が正式に胡錦濤の後継者として共産党の総書記と党の中央軍事委員会主席に選出されたのは、2012年11月の第18回党大会ですが、後継者への道筋が見えたのは、07年10月の第17回党大会において中国共産党の最高意思決定機関である「中央政治局常務委員」の一人に選出された時です。

 最高指導部入りしたこの時、習近平は7人の常務委員のうち序列は第6位であり、同時に指導部入りした同世代のライバルの李克強(第7位)よりも上位であったことから、5年後の12年で交代が予定されていた胡錦濤総書記の筆頭の後継候補者となりました。

 注目すべきは、この習近平が政治局常務委員に選ばれた過程で、胡錦濤のイニシアチブによって中国共産党史上初となる画期的な党内民主主義の試みとして、中央委員クラス以上の幹部による意向投票が行われたことであり、この投票によって多数票を獲得した事実を考慮して、習近平がポスト胡錦濤の筆頭候補に認定されたことです。

 「こうした意向投票を実施した胡錦濤は自らが鄧小平の指名によって最高指導者となったが、自身の12年の任期終了と共に、鄧小平路線が終焉(しゅうえん)することを認識して、鄧小平の属人的権威に代わりうる、最高指導者の制度的権威を創出するための仕組みを整備することを決意し、投票制度を試験的に実施した」と鈴木は分析しています。

 しかしながら、この時、胡錦濤の目論見(もくろみ)に反する事件が起きます。それは薄熙来事件です。重慶市党委員会書記の地位にあった薄熙来は、胡錦濤が新たに導入した意向投票を念頭に置き、自らの人気と知名度を高めるための集票工作として、低所得者向けの公共住宅建設、革命歌の合唱などのポピュリスティックな左派政策を行い、その成果を全国に向けて大々的に発信しました。

 この薄熙来の動きは胡錦濤指導部の眼には党の外部に存在する社会勢力を動員して党内部の権力バランスを変更しようとする文化大革命の再来と映り、結果的には、薄熙来は失脚に追い込まれます。

 このように、胡錦濤の投票制度の導入の試みは薄熙来のような人物をして出世の野心を膨らませる要因となったことから、元来、投票制度に不信感を有していた習近平によって廃止されますが、鈴木によれば、この胡錦濤から習近平への権力移譲期に、習近平降ろしを目的とする薄熙来と周永康によるクーデターまがいの陰謀があったそうです。

 その後、最高指導者となった習近平は、周知のようにそれまで「2期10年」と定められていた国家主席の任期制限を撤廃し、23年3月から異例の3期目に突入しています。

 誰が次の後継者になるのかは全く不透明な状況ですが、最近、日本のある大手新聞は、会員限定の電子版において、指導部内の力学変化を示す分析記事を掲載しました。

 その記事によれば、5月20日の人民日報が、習近平が来年から始まる「第15次五カ年計画策定」の重要指示として「科学的な政策決定、民主的な政策決定、法律に則った政策決定の堅持を挙げた」と報じたとのことです。これは驚くべきことです。

 なぜなら、この重視事項は習近平の前任の胡錦濤の常套句(じょうとうく)だからです。習近平は22年10月の共産党の第20回党大会で衆人環視の中で胡錦濤を強制退席させたことに象徴されるように、これまで前任者の考えと逆行する方針をとってきました。

 しかしここにきて、なぜか胡錦濤の政策を受け入れることを表明し、しかもそれが共産党の公式見解である人民日報の一面に掲載されました。

 9千万人と言われる共産党員に向けて、今後は胡錦濤の方針でいくと習近平自身が語ったということです。私は再び中国において何らかの政変が起きる“におい”を感じます。

鎌田 昭良(元防衛省大臣官房長、元装備施設本部長、防衛基盤整備協会理事長)

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