創刊70年を迎える『朝雲』は自衛隊の活動、安全保障問題全般を伝える
安保・防衛問題の専門紙です

時の焦点<海外>

ウクライナにも両刃の剣

ロシア領内攻撃

 ウクライナのゼレンスキー政権が最近、ロシア領内や2014年に併合されたクリミア半島、黒海のロシア軍艦船などへの攻撃を繰り返している。国際法学者の多くは、ロシアの侵攻を受けたウクライナの自衛権の発動として、これらの攻撃を合法とする見方が多いが、ウクライナを軍事的、外交的に全面支援し、さまざまな武器を供与する欧米諸国は、西側製武器をロシア本土への攻撃には使わないことの同意を取り付けて引き渡しており、ウクライナの「自衛権行使」に懸念も出始めている。

 ゼレンスキー大統領は7月30日の動画声明で、「徐々に戦争はロシアの中心地と軍事基地に戻りつつある。不可避で自然な、全く公平なプロセスだ」と述べ、ロシアの国内への攻撃が今後増えることを示唆した。同大統領の発言に先立ち、首都モスクワのクレムリン(ロシア大統領府)の西約5キロに位置する高層ビルの集中地区で無人機攻撃があり、建物に被害が出ていた。

 また、ウクライナのダニロフ国家安全保障・国防会議書記も8月に入り、クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア橋で昨年10月と今年7月半ばに起きた爆発について、ウクライナ側の攻撃だと認めた。注目されるのは、7月中旬以降にモスクワへのドローン攻撃や黒海沿岸にあるロシア軍基地への水上ドローン攻撃、クリミア半島へのドローン攻撃など、ウクライナ側によるロシア領内への攻撃とみられる事例が相次いでいる点だ。

 ロシア領内などへの攻撃を強化している背景には、プーチン政権の侵攻作戦を支持しているロシアのエリート層にも戦争に伴う重大なリスクに気づかせ、不安心理をかき立てる狙いに加え、違法に併合されたクリミア半島の奪還に向け、親ロ派の現地住民に対してウクライナ側の断固とした姿勢を示す思惑もあろう。また、ウクライナが6月初めに開始した反転攻勢の一環との見方も多い。すなわち、クリミアにある軍事施設や燃料保管庫を攻撃することにより、ロシアが依然として大半を占領下に置く南部のヘルソン、ザポロジエ両州との補給路を断ち、南部の反転攻勢を有利に進めようという作戦意図だ。

 欧米諸国はロシア領内への攻撃強化について、ロシアの強い反発と報復を招くなど、戦争のエスカレーション(激化)につながる恐れがあるとして、懸念を隠せない。バイデン米政権をはじめ、多くの西側諸国はウクライナへの武器供与に当たって、ロシア本土への攻撃には使用しないようクギを刺してきており、英仏両国が最近、長射程ミサイルの供与に踏み切った際にも、ウクライナでの反転攻勢に限った使用を求めた経緯がある。ただ、ロシアが併合したクリミアは本来的にロシア領土ではないとの立場から、奪還作戦に向けた攻撃に異を唱えていない。とはいえ、ロシア領内への攻撃は今後のさまざまな影響を考えると、ウクライナにとっても両刃の剣と言わざるを得まい。

伊藤 努(外交評論家)

(2023年8月17日付『朝雲』より)

最新ニュースLATEST NEWS