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時の焦点<海外>

トランプ政権

「イラク症候群」の終焉

 米軍のマドゥロ・ベネズエラ大統領拘束で、明確になった点が一つある。過去20年以上も米外交をゆがめてきた考え方「イラク・シンドローム(症候群)」は終わったということだ。

 イラク戦争の失敗とその後の長期にわたる大きな損失を出した占領の結果、同症候群は出現した。端的に言うと、海外で軍事力を行使すれば、泥沼にはまるのは必然という心理である。

 ベトナム戦争当時を想起するとよく分かる。同戦争後、米外交方針は混乱。そして、敗北の理由は戦略の誤りではなく、そもそも戦うべきではなかったのだという論理が主流になる。

 これが、米国は世界における役割を根本的に考え直すべきだとの主張に発展した。いわゆる「ベトナム症候群」の世界観で、米国は積極的な外交政策を取らずに、むしろ抑制か撤退すべしとする姿勢だった。

 しかし、米のリーダーシップ不在に伴い、世界はとてつもない代償を払った。カンボジアでの大虐殺、ソ連軍のアフガニスタン侵攻、イランのイスラム政権誕生などだ。

 1981年にレーガン政権が発足し、83年のグレナダ侵攻で同国に民主主義を復活させた。後継のブッシュ政権のパナマ侵攻(89年)、湾岸戦争(91年)と続いて、「ベトナム症候群」は事実上、終わっていた。

 次いで、アフガンとイラクの二つの戦争になった。アフガン戦争は反政府勢力タリバンの撲滅、イラク戦争はフセイン政権の打倒。

 戦争の明確かつ限定的な目標は速やかに達成されたが、問題はその後、大掛かりな国家建設の間に財政や、兵士の犠牲などが膨れ上がって、また症候群が出現。これが「イラク症候群」だった。

 もう、戦略の誤りうんぬんの議論はパスされ、ずばり「ベトナム症候群」的思考の復活――米国が介入すればイラクやアフガンと同様になるのは不可避だ。この考えが政治の領域に根付いた。

 案の定、「イラク症候群」は「ベトナム症候群」と同じ結果を生んだ。オバマ、バイデン両政権の下、撤退が政府の政策になった。オバマによるイラク撤退は、イスラム過激派組織「イスラム国(ISIS)」を勃興させた。イランが支援するテロ組織は中東で勢力を拡大し、ハマスのガザ侵攻が起きた。

 バイデンのお粗末なアフガン撤退は世界に “弱い米国”のメッセージを送り、ロシアのウクライナ侵攻、中国の覇権の野望を可能にした。しかし、レーガンのように、トランプは「イラク症候群」を粉砕した。

 トランプ政権の信条は率直だ――米国の国益が最優先。そのためには外交から軍事力まで、あらゆる手段を考慮する。威嚇は明白に行う。抑止力はその時に最大効果を生む。

 2025年に政権復帰して以来、トランプはこの信条を2回、実行に移した。同年6月のイラン核施設爆撃。中東での米抑止力を再建し、地域の地政学を作り変えた。2回目がマドゥロ拘束だ。

 この2件で、米国は泥沼にも、無限の国家建設にも引きずり込まれず、抑止力を回復した。「イラク症候群」が完全に終わったならば、トランプの功績である。

草野 徹(外交評論家)

(2026年1月29日付『朝雲』より)

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