創刊70年を越える『朝雲』は自衛隊の活動、安全保障問題全般を伝える
安保・防衛問題の専門紙です
時の焦点<海外>
露ウ和平工作
ウクライナの血は誇り
トランプのロシア・ウクライナ和平工作は膠着(こうちゃく)状態だ。プーチンはロシアが実効支配する東部4州を手放しそうにない。ゼレンスキーの唯一のカードは米国のトマホーク頼み。欧州のウクライナ和平に向けた有志連合も「会議は踊る」状態だ。
かつて「ウクライナの血は誇り」と語った日本人がいた。昭和の大横綱・大鵬だ。大鵬の父は、ウクライナ人でハリキウ州出身のコサック騎兵だ。
共産政権を嫌い、当時の樺太に亡命し、日本人女性との間に生まれたのが大鵬関である。第2次大戦後、父はシベリアに帰国し生き別れとなったが、大鵬は大相撲引退後、2002年に父の故郷のハルキウ州を訪ねている。黒海の港湾都市オデーサではこの時、大鵬の横綱土俵入りの銅像が建立された。激しい戦火でも大鵬関の銅像が無事であることを願う。
23年後、その「ウクライナの血」が流れるウクライナ出身の力士・安青錦が彗星のように現われ、強靱な体格で毎場所のように優勝争いに絡んでいる。安青錦の出身地ヴィーンヌィツャ州はコサック発祥の地である。
大鵬の孫・王鵬も大関候補として期待され、その弟・夢道鵬も十両入り。ウクライナ和平の前に相撲界には「ウクライナの血」「コサックの血」旋風が吹きそうだ。
ウクライナではないが、中央アジア・ウラル地方のコサック兵の息子で昭和初期に日本のプロ野球選手で通算300勝を挙げた巨人軍の第1次黄金期の大投手がいた。
それがスタルヒンだ。ウラル山脈の斜面の都市、ニジニ・タギルで生まれたが、王制派の一族として革命政府から迫害された。同山脈を越え、シベリアを逃走、旧満州のハルピンから日本に入国し北海道の旭川に住んだ。
大鵬の父もスタルヒンの父も、コサック兵で革命軍を逃れシベリアから樺太、北海道に渡っている。まさに「巨人、大鵬、卵焼き」の父親だ。
一方、明治初期に単身ロシアに渡った日本人女性・山下りんがいる。工部美術学校(今の東京芸大)の女学生1期生だ。
1880年、横浜港を出発、上海、シンガポールからインド洋に出て、スエズ運河からイスタンブール、そして黒海に入り、ウクライナの港湾都市オデーサに上陸。そこからモスクワまで原野の中を走破する長旅であった。いままさに戦場の場所を通り過ぎたのだ。
サンクトペテルブルクではイコン画を学び、エルミタージュ美術館に通った。帰国後は、お茶の水のニコライ堂のアトリエでイコン画を描き続けた。晩年は故郷の笠間で日本酒を嗜(たしな)み長寿を全うしたという。145年前のウクライナとロシアを知る日本人女性は笠間藩士の娘である。
ロシアとウクライナの停戦が実現することを信じているが、日本ではコサック兵の「ウクライナの血」が大相撲で躍進を遂げるに違いない。
岡野龍太郎(外交評論家)
(2025年11月6日付『朝雲』より)