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時の焦点<海外>

「欧州病」?

不法移民などによる財政圧迫

 欧州各国で政治、経済、社会と広い分野で不安定な情勢が続いている。1960―70年代の「英国病」にならえば“欧州病”とも言え、病状は深刻だ。英、仏、独、オランダなどでほぼ毎週、不法移民による市民襲撃事件が起き、センセーショナルに報じられる。

 政治家もメディアも最近までは、この種のニュースは極力無視するか、国境管理の強化、犯罪者への厳罰を要求する人々を「人種差別主義者」などと非難してきた。しかし、状況は大きく変わった。

 英国では、労働党政権の「開かれた国境」と不法移民への寛大な福祉に抗議する大規模デモが頻繁に行われるようになった。

 ギリシャは大量の不法移民流入に音をあげ、政府当局者が「トランプ米大統領の厳格な国境政策はわが国のお手本」と公言するほどだ。

 欧州諸国の言語や技術に見合う能力、文化・習慣への対応能力もないまま、多くの移民が短期間に押し寄せた結果が今日の姿だ。かつては、国防予算が極めて控えめな額だった上、経済が強力だった時期もあり、不法移民が引き起こす“今そこにある危機”は糊塗(こと)されてきた。

 欧州の記憶に残るのは、メルケル独元首相(キリスト教民主同盟=CDU)のケース。同首相は2015年、100万人以上の「難民」を受け入れた。そして、大量の不法移民の欧州流入に関して「われわれは対処できる」と明言した。

 もちろん、そんなことはできなかった。

 16年早々にケルンでの不法移民による集団レイプなど、各地で犯罪が多発。当然、17年9月の連邦議会選挙でCDUは議席を大きく減らした。現在、同国の人口の15%が外国籍だ。巨額の福祉支出の半面、経済の伸びは鈍化。メルツ現首相は「現在の福祉国家はもう財政的に維持できない」と認める。

 米国はトランプ政権でやっとかじを切った。不法移民を摘発し、経済の規制を緩和し、ハイテク産業を強力に支援する。欧州の「ベスト・アンド・ブライティスト」の米国流入の理由も分かる。

 安価な天然ガスや原子力、石炭利用の電力生産を無視、または操業停止にし、大気汚染物質のゼロ排出を達成するため、非効率的な風力、太陽光発電に補助金を出す。このエネルギー政策は自滅的である。欧州平均の電力価格が米カリフォルニア州より高いのも、意外でも何でもない。

 ロシアによる近隣諸国侵攻はこの15年で3回。しかも3回目のウクライナは、1回目のジョージア(グルジア)、2回目のチェチェンと違い、欧州のすぐ近くだ。だが、米国に国防を依存できる時代は終わった。パニックに陥った北大西洋条約機構(NATO)は6月の首脳会議で、35年までに国防予算を国内総生産(GDP)の3・5%、インフラ整備など広義の防衛分野に1・5%を充て、計5%に引き上げる新目標で合意。

 しかし、この大幅再軍備を行う財政能力は欧州にはない。病状克服には、経済、エネルギー、不法移民、福祉などあらゆる政策でギアチェンジが必要だが、今の欧州にそのガッツがあるかどうか。

草野 徹((外交評論家)

(2025年9月25日付『朝雲』より)

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