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イラン「核問題」
欧州が制裁復活へ動く
英仏独の欧州3カ国は8月28日、イランが同国の核開発活動の制限を規定した2015年の「核合意」に重大な違反をしていると国連安保理に通知すると共に、ルビオ米国務長官にも連絡した。
核開発計画の廃棄に関し米国と交渉して30日以内に合意するよう求め、受け入れなければ、核合意に伴い解除された同国への制裁を全て復活させる(合意中のスナップバックと呼ばれる条項)との警告である。
通告を受け安保理は29日、非公開で会合を開いたが、3カ国とイランの対立の溝は埋まらず、中ロ両国は制裁復活に反対した。
「スナップバック条項」は、当時のオバマ大統領がイランの合意順守を確実にするメカニズムと自賛したが、実態は少し異なる。
核合意に関与した米英仏独中ロの6カ国中、1国でもイランの合意違反を発見すれば、その証拠を「紛争解決委員会」に提出する。同委員会は「最長6カ月」かけて証拠を調査し、それでも違反への懸念を解決しなければ、30日後に自動的に制裁は復活。最長6カ月でスナップバック(素早い復活)とは、どことなく論理矛盾の印象だ。
だから、オバマ後のトランプ政権は20年8月の時点で、イランの安保理決議違反、国際条約違反を理由に制裁復活を求めていた。
21年に発行されたトランプ政権記録集「DaysofTrump」によると、トランプ大統領は20年8月19日、「ポンペイオ国務長官に本日、米国はこれまで停止されていた対イラン国連制裁を事実上全て復活させると安保理に通知するよう指示した」と表明した。
欧州3カ国が手続きを開始した制裁復活が現実化すれば、イランは再び、経済、金融、兵器、貿易の面で国際的な制裁に直面する。国内経済は核合意前のレベルに落ち込み、事実上、核合意にも文字通り致命的な打撃を与える。
イランは米国が核合意から離脱した1年後の19年、核開発計画をさらに前進させた。その結果、25年6月までに、合意で定められた開発制限をほぼ全てで超過。そして、核兵器約10個を製造するのに十分な量の高度濃縮ウラニウムを貯蔵していた。
そのため、欧州3カ国が安保理に宛てた書簡で「国際社会はイランの核計画が平和的と信じられる保証がないことに関し、引き続き重大な懸念を抱いている。同国の合意内容の不履行も重大だ」と強調し、「我々は、イランが核計画に関連する懸念を前向きな外交で解決するよう要請する」と述べている。
しかし、「脅迫の下では交渉しない」(イラバニ国連大使)と、交渉のテーブルに無理やりつかされていくかのようなイランの姿勢は、全当事者にとって言わば危険信号。
イランが善意の印として一部制裁措置の即時解除を望んでも、トランプ政権下では実現しない。核施設を再び攻撃しないという保証を求めても、全く見込みはない。米国に親イランの新大統領が誕生するまで交渉の遅延、長期化を狙うのがイランのパターンだろう。
草野 徹((外交評論家)
(2025年9月11日付『朝雲』より)