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公表より対中配慮優先
気球事件の裏
米国のバイデン前政権が自国の安全保障より中国の感情を優先していた実態が暴露された。中国のスパイ気球が米本土の上空を飛行した際、政府当局者は主権侵害の事実を国民に知らせる前に、まず中国と極秘に対応を協議したという。
米フォックス・ニュース・デジタルが4月9日、国務省の内部文書を基に特ダネとして報じたところでは、気球が上空から米国の情報を収集している最中の2023年2月1日、米当局者は事実を公表すれば中国との「関係」にどんな影響が出るかを懸念していた。
国家安保への明らかな脅威を直ちに撃墜する代わりに、ブリンケン長官(当時)ら国務省当局者は中国側とひそかに外交取引を重ねた。
同文書の内容を知るトランプ現政権の当局者2人によると、同長官は事実の公表が「対中関係に重大な影響を及ぼす」ことを憂慮していたそうだ。
米政府がスパイ気球について知ったのは1月28日だったが、国民に知らせたのは2月2日。同気球がアラスカから東海岸まで米本土の偵察を続けている間の5日間の“沈黙”。もし民間人が発見して問題化しなかったら、国民は脅威に気付かなかっただろう。
同文書はまた、気球の問題が速やかに解決されなければ、同年2月初めに計画されていたブリンケン長官の中国訪問が先行き不透明になるとの懸念も明らかにしている。訪中は結局、6月まで延期された。
ホワイトハウスのジャンピエール報道官(当時)は記者団に対し、バイデン大統領は1月31日に気球問題に関し説明を受けたと発表した。それならば政府はなぜ2月2日まで何の声明も出さなかったのかに関しては、詳細を明らかにしなかった。
ルビオ現国務長官は当時、上院議員(共和・フロリダ州)で、スパイ気球について政府の情報公開のハンドリングと、撃墜するまでなぜこれほど時間を要したのかと、繰り返し政府を追及した。
ルビオ議員はCNNテレビの報道番組「ステート・オブ・ザ・ユニオン」に出演し、大統領が国民にもっと早く情勢を説明しなかったのは「米国の大統領として職務怠慢に当たる」と強調。
「大統領はなぜテレビに出て、いったい何が起きているのかを国民に説明しなかったのか」と批判した。
バイデン政権は明らかに、事実を公表して中国を当惑させる事態を避けることを優先した。米軍がやっと気球を撃墜したのは2月4日。気球がスパイ任務を既に完了した後だった。
国防総省は事件の評価を何とか過小に抑えようと努める。事件からだいぶ時間が経過した6月29日、ライダー同省報道官は「気球が情報収集能力を持っていることは認識していたが、我々は現在、気球は米上空を飛行している間に情報は収集しなかったという評価だ」と述べた。
スパイ気球事件のテン末(てんまつ)には、バイデン政権の誤った対中アプローチ――弱腰で、隠密で、米国の主権、安保を守るより「外交関係」の維持を重視――が完璧に要約されているのではないか。
草野 徹(外交評論家)
(2025年4月24日付『朝雲』より)