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時の焦点<海外>
世界に衝撃、貿易戦争が激化
トランプ関税
トランプ米大統領が4月2日に打ち出した「相互関税」と呼ぶ新関税は、大方の予想をはるかに上回る厳しい内容で、国際経済を大混乱に陥れた。世界各地の株式市場では同時株安や乱高下など不安定な動きが続く一方、中国は報復関税への対抗措置に踏み切るなど、世界1位、2位の経済大国である米中の貿易戦争も再び激化しつつある。
今回の株価暴落はリーマン・ショックや新型コロナ禍の時の経済危機に匹敵するとの声も聞かれる。世界的混乱の「震源」となったトランプ氏はそうした事態にも意に介さない様子で、独善的で無分別な発信をSNSで続ける。混乱収束の道筋は見通せない状況だ。
「タリフ・マン(関税男)」を自称するトランプ氏は1期目の大統領在任時も、中国の不公正な貿易慣行を問題視して制裁関税を発動するなど、得意とする「ディール(取引)」で関税カードを活用してきた。しかし、2期目では手法がさらに大胆かつ強引になっている。一連の関税政策の本丸と言えるのが今回の相互関税の発動であり、貿易相手国に対する恫喝(どうかつ)と懐柔によって、通商政策で米国に有利なディールに持ち込むのが狙いだ。
ほぼすべての国や地域に一律10%の関税をかけた上で、高い貿易障壁を持つと認定した約60の国・地域に対してはより高い税率を課し、日本に適用される税率は「24%」だった。これと前後して鉄鋼・アルミニウム、自動車へ25%の追加関税も発動されている。
世界各国で特に反発が強かった相互関税の上乗せ税率については、今後の米国との交渉をにらんで発動を90日間停止する措置が取られたため、交渉に応じた国々との期限を区切った2国間協議で着地点をどう探るかが当面の焦点となる。
トランプ大統領は1月の就任後、大別して三つの高関税政策を打ち出してきた。一つ目のメキシコ、カナダ、中国の3カ国に絞った関税は、不法移民や合成麻薬の流入を問題視しての報復措置だった。この3カ国は対米輸出額が大きいため、米国が抱える巨額の貿易赤字(昨年は1・2兆ドル=約180兆円)の縮小につなげたいとの思惑も透けて見えた。
第2弾の自動車・鉄鋼など特定品目での追加関税、第3弾となるほぼ全世界を相手にする相互関税は、貿易赤字の削減と共に米国の製造業復活が狙いだ。高関税で外国企業の生産拠点を米国に移転させ、雇用を増やすという現政権の公約実現にもつながる。
高関税は米国にも「痛み」をもたらす。輸入品を中心にモノの価格を押し上げ、インフレの要因となるほか、米企業にはコスト増となる。ただ、世界経済への影響という観点から見れば、突出した経済大国が身勝手に交易の扉を閉ざす高関税政策は、米国自身が主導してきた戦後の多角的な自由貿易体制を根底から揺るがすリスクをはらむ。
国際社会はそうした事態を回避するためにも結束を維持し、トランプ政権との個別交渉では、双方が受け入れ可能なディールに向け、熟慮ある粘り強い対応が求められることになろう。
伊藤 努(外交評論家)
(2025年4月17日付『朝雲』より)