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朝雲寸言

 

 映画「国宝」が話題を集めている。歌舞伎界で繰り広げられる才能と血筋の相克、壮絶な野心の様相を描く映画である。

 興行収入は177億円超(興行通信社調べ、12月7日現在)。日本の歴代興行収入ランキングで実写邦画のトップに輝いた。「国宝(観た)」は流行語に。社会現象化したと言っていい。

 一般の男性俳優が歌舞伎を演じるという大奮闘が、若い女性を中心に人々の琴線に触れたのだろう。「京鹿子娘二人道成寺」「鷺娘」「曽根崎心中」など歌舞伎の名作の映像美も、目を引きつける。

 映画館で女性客がこう言うのを聞いた。「歌舞伎って美しいものだったんだね」。日本人の歌舞伎再発見である。松竹関係者によると、東京・東銀座の歌舞伎座に若者客が増えているのだそうだ。

 日本の伝統芸能・文化は世界的にも特殊だ。時代に寵愛(ちょうあい)され、様式を築いたジャンルは、おおむね時を超えて継承される。

 先発は後発を否定しない。後発も先発を批判しつつも否定しきれず、共存する。貴族の雅楽は武家の能に否定されず、武家の能は庶民の歌舞伎に否定されない。いずれも現代まで続く。政治学者の丸山真男が語った「無時間的に併存する傾向」は文化現象に顕著だ。

 そんな伝統芸能・文化は、たとえ振り向かれなくても、現代に絶えず「微笑(ほほえ)み」を送り続けてくる。「国宝」の快挙は、それに、現代人が微笑みを返した結果とも言えるだろう。

 「微笑み」はまだまだ、たくさんある。

(2025年12月18日付『朝雲』より)

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