『朝雲』は自衛隊の活動、安全保障問題全般を伝える安保・防衛問題の専門紙です。

TOPコラム >前事不忘 後事之師


 前事不忘 後事之師

第51回「シュリーフェン・プラン」
       スケジュールは独り歩きする

  

 皇帝ウィルヘルム2世(左)と参謀総長モルトケ

 第1次世界大戦がヨーロッパ主要国を巻き込む世界戦争となるきっかけを作ったのは、1914年7月30日のロシア軍の総動員令と、それを受けてのドイツの所謂(いわゆる)「シュリーフェン・プラン」の発動だったと思います。

 シュリーフェン・プランは、陸軍予算獲得のためのものに過ぎなかったとの説もあるようですが、1891年から1906年までドイツ陸軍参謀総長を務めたアルフレート・フォン・シュリーフェンが考案した作戦計画であったというのが通説です。

 1892年のフランスとロシアの軍事同盟の締結以来、ドイツは東西をロシアとフランスに挟まれる形となり、二正面作戦に対応せざるを得なくなりました。シュリーフェンは、フランスの動員に比べて広大なロシアでは動員が遅れるとの予想から、先ずドイツ軍の大宗(たいそう)でフランスを早急に撃破した後、返す刀でロシアを撃破する作戦を考案します。1906年にシュリーフェンの後任の参謀総長に就任したモルトケは一部を修正した上で、プランを引き継ぎます。短期間でフランスを撃破する必要から、国際条約で中立が保証されていたベルギーを経由してフランス軍を急襲・包囲するため、できるだけ早く西部国境近くの集結地点へ150万人を超える部隊を鉄道で輸送する綿密な計画が作られました。

 このシュリーフェン・プラン発動に際して、ドイツの指導者間で次のようなやり取りが行われたことが知られています。ロシアの総動員令に呼応してドイツが軍への動員を発令した8月1日の夕方、ベルリンのドイツ外務省にロンドン駐在のドイツ大使から「ドイツがフランスを攻撃しなければ、英国は中立の立場をとり、フランスの中立も保証するであろう」との電報が入ってきました。

 この知らせに、皇帝ウィルヘルム2世は「これでドイツはロシアとだけ戦えばいいことになった。全軍を東進させるのだ」と参謀総長のモルトケに命じます。これに対し、モルトケは「一度決定されたことは、変更してはなりません」と述べ、命令を拒否。理由は、大量の兵員と装備・補給物資を載せ、時刻表にしたがって指定された駅を10分おきに発車するばかりになっていた1万1000本の列車の行先を、突然に西から東に変えることは大混乱を招くことになるからでした。

 参謀総長モルトケは、皇帝の命令に衝撃を受け、卒倒したとも伝えられています。その後、深夜になってロンドンからの電報が正確でないことが判明したことから、皇帝は、モルトケに「これで君はなんでもやれるようになった」と言って、作戦計画の発動を裁可しました。第1次大戦が「列車時刻表による戦争」と言われる所以です。

 このやり取りにおいて、私が注目するのは、軍事的な勝利を目指して幕僚たちが精緻に作成した部隊の輸送計画などの段取りとスケジュールに拘束され、国家が重大な行動を採らざるを得なくなった点です。

 大量の軍隊を鉄道を使って前線の集結地点に急速に移動させる手法は、1870年に「普仏戦争」でモルトケ参謀総長の叔父である初代ドイツ陸軍参謀総長モルトケ(大モルトケ)が採用したものです。その大モルトケ参謀総長は、戦争には不確実性が満ちていることから、事前に作った精緻な計画に従うことなどできず、「戦略は臨機応変の体系である」と主張しました。大モルトケ参謀総長以来の鉄道を利用する戦争計画、それを実施する詳細な輸送計画、そうしたプランとスケジュールが国家レベルの選択肢を狭め、大モルトケ参謀長の主張する〝弾力性〟を国家レベルで失わせてしまったことは皮肉です。歴史のifですが、ロシアのみを相手とする作戦計画も保持していたら、どうなっていたのかと想像しますが、そうした作戦計画は1913年には潰(つい)えたと言われています。

 頭だけで物事を考える人は、目的が主で、手段は従であり、目的の変更に合わせて手段も変更すべきと安易に考えますが、戦略とは目的と手段の相互対話であり、手段、すなわち「段取り」や「スケジュール」も目的を拘束します。段取りやスケジュールと切り離なされた目的はあり得ないこと、また段取りやスケジュールは、一旦決まったら独り歩きすることを肝に銘ずべきだと思います。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

朝雲新聞社の本


防衛ハンドブック
2020

『朝雲』縮刷版
2019

2020自衛隊手帳
自衛隊装備年鑑
2019-2020

アジアの
安全保障
2019-2020

わかる
平和安全法制


自衛隊総合戦力
ガイド

当ホームページに掲載の記事・写真・図表の無断転載を禁じます。すべての内容は著作権法によって保護されています。