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 前事不忘 後事之師

第31回 鄧小平 ――不屈の小男の戦略

 國分良成防大学校長の著書『中国政治からみた日中関係』(岩波書店刊)

 先般、防衛大学校を訪れ、國分良成学校長と話をする機会を頂きました。國分学校長との雑談の中で、現代中国の話題になり、学校長から御自身の著書である『中国政治からみた日中関係』という本を頂きました。私は、中国政治の門外漢ですので、学校長の御著書を評価する能力など無いわけですが、それでも昨今、書店に山積みされている中国脅威論を声高に主張するだけの内容の本と異なり、現代中国の政治の内実を客観的に分析されている深みのある本だと感じました。私の読み方が間違っていなければ、國分学校長が、本の中で主張されておられることの一つは、日中関係に最も大きな影響を与えている要因の一つは、中国の内政、すなわち「権力闘争」だと言うことです。

 今の中国、習近平体制下でも激しい権力闘争が行われているようです。また、現代中国に大きな爪痕を残した「文化大革命(文革)」もその本質は、権力闘争であり、老いゆく毛沢東の猜疑心と焦燥感が引き起こしたものです。この文革の真相は、今でも闇の中ですが、1982年に共産党幹部が挙げた数字によれば、死者342万人、行方不明者55万7千人で、我が国の第2次世界大戦での犠牲者を上回る驚くべき数字です。

 少し古い本ですが、アメリカのニューヨーク・タイムス紙の特派員ハリソン・ソールズベリー氏が『天安門に立つ』と『ニュー・エンペラー』という本の中で、文革の真相を描いています。今回改めて読んでみましたが、登場する人物の中で、私が興味を持った人物は、鄧小平です。鄧小平は、毛沢東が仕掛けた文革という権力闘争の中で、劉少奇と並んで、打倒されるべき対象とされていましたが、劉少奇が冷たい独房の中で悲惨な病死を遂げたのに対し、鄧小平は、江西省のトラクター工場送りになったとはいえ、生き延びることができました。ソールズベリーによれば、毛沢東は、鄧小平を打倒の対象とはしても、彼の能力は評価しており、鄧小平には死の宣告を下さなかったとのことです。身長150センチしかなかった鄧小平について、ある時、毛沢東は、ソ連のフルシチョフに「あの小男を甘く見てはいけません。あれは、蒋介石のえり抜きの兵を百万人も倒した男なのです」と述べたと伝えられています。

 この鄧小平が三度の失脚の後、復活を遂げ最高実力者として中国の近代化を推進した際に、共産党内に与えた「二十四文字方針」と言われる有名な内部指示があります。「冷静観察」(冷静に観察し)、「穏住陣脚」(足場を固め)、「沈着応付」(落ち着いて対処し)、「韜光養晦(とうこうようかい)」(でしゃばらずに力を蓄え)、「善於守拙」(分相応にふるまい)、「絶不当頭」(絶対にトップにならない)です。この方針を分かり易く要約すれば、「自身が弱いときは、じっと頭を下げて時を待つ」ということです。ある種の〝狡猾(こうかつ)さ〟が含まれる言葉ですが、他方で、私は、この方針は「戦略の本質」を理解している者の言葉だと感じます。

 国際政治学者の永井陽之助氏は、その著『歴史と戦略』の中で、「戦略の本質とはなにかと訊かれたら、躊躇なく、『自己のもつ手段の限界に見合った次元に、政策目標の水準を下げる政治的な英知である』と答える」と書いていますが、まさに、鄧小平の「二十四文字方針」は、そうした政治的な英知そのものです。鄧小平には、1989年の天安門での武力鎮圧を主導したという負の側面もありますが、薄っぺらな内容の政治スローガンしか示すことが出来ない現在の内外の政治家と比べたら、圧倒的な存在の政治家です。

 鄧小平が亡くなって20年以上が経過しました。今の中国を見ると、彼が唱えた「二十四文字方針」は、既に捨て去られたようですが、それに代わる〝戦略性を秘めた〟国家経営の大方針を示せないところに、現代中国の最大の課題があると私は考えます。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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