時の焦点 <国内>2008/5/29付
具体像欠くアジア連携
南風 太郎(政治評論家)

首相の外交スピーチ
 福田首相の発信力はやっぱり物足りない。思い入れが深いというアジア外交についてのスピーチを聴いても、そう感じざるを得なかった。
 首相は5月22日、都内で開かれた国際交流会議「アジアの未来」で演説し、対アジア外交の基本方針を明らかにした。
 首相は、アジア・太平洋地域の連携強化を提唱し、「日本の五つの約束」として、(1)東南アジア諸国連合(ASEAN)共同体の実現を断固支持する(2)日米同盟を地域安定の公共財として強化する(3)平和協力国家として世界の平和実現に汗をかく(4)若者交流、知的交流のインフラを育成し、強化する(5)気候変動対策、低炭素社会実現に協力する−−と述べた。
 面白みはないが、ASEAN関係者を前にした普通の外交スピーチとしてなら、及第点はとれるだろう。「アジア格差解消の30年」を宣言、開発が遅れるメコン流域支援も盛りこんだ。たたき台を作った外務官僚の目配りは効いている。
 具体的な提案も少しはあった。大規模災害や感染症拡大に各国が連携して援助活動を行う「アジア防災・防疫ネットワーク」構築や、アジア・太平洋の大学間の単位交換など交流の拡大策だ。
 しかし、今回のスピーチは、首相の父・福田赳夫首相が30年前に行った政策演説「福田ドクトリン」を意識し、今後30年間の外交哲学を示すという触れ込みだった。
 取り巻きの有識者から様々な助言を受けた首相は事務方に「『視座』をきちんと示せ」とハッパをかけ、自ら前日まで筆を入れたという。
 その「視座」なるものが反映され、スピーチの題名は「太平洋が『内海(ないかい)』となる日へ−『共に歩む』未来のアジアに五つの約束」となったのだそうだ。
 首相は、太平洋を地中海のように内海としてとらえよう、アジア各国も連携の視野を環太平洋に広げよう、米露印などを含めたアジア・太平洋のネットワークを構築しよう、そんなメッセージを発信したかったらしい。
 だが、今さら首相に指摘されなくとも、世界の成長センターとして、アジア・太平洋地域の連携強化が必要だという「視座」は、世界各国が嫌と言うほど意識している。
 世界が知りたいのは、米国、ロシア、中国、インド、豪州、ASEANなど異質のパワーがひしめくアジア・太平洋地域で、日本はどんな価値基準で行動するのか、連携の具体像をどう描くのか、ということだろう。
 他国に注文を付けることを嫌う首相の演説は結局、福田ドクトリンのころと同じ、「みんな仲良くやりましょう」という全方位外交のレベルにとどまっている。
 もちろん、内政も、外交も、不必要に敵を増やさないことは戦略上、大切なことだ。が、自己主張をしない八方美人に発信力が伴わないことも、また同じである。

時の焦点 <海外>2008/5/29付
心動かした日本人の汗
吉田 健一(外交評論家)

中国四川大地震
 中国の四川大地震は死者8万人を超える勢いだ。被災者も4500万人以上に上る大惨事となり、北京五輪を目前に控えた中国は大打撃を受けた。こうした中、日本から派遣された緊急援助隊が中国人の心を動かしている。
 中国政府は地震発生3日後の5月15日、日本政府が派遣する救援要員の受け入れを決めた。自力更生の伝統がある中国は、これまで災害時に海外から本格的な人的支援を受けたことがなく、日本隊の活動は初の試みとなった。
 その後、ロシア、韓国チームも現地入りした。中国が海外の支援要員受け入れに踏み切ったのは、五輪開催を前に国際社会との協調姿勢を示し、チベット問題で悪化したイメージを改善する狙いがあるだろう。また、日本を最初に選んだのは、胡錦濤国家主席の訪日で発展段階に入り始めた日中関係への配慮があると考えられる。
 中国側の思惑に満ちた受け入れだったかもしれないが、日本側としては大きな教訓が得られたと思う。それは、相手が困っているときに共に汗を流せば大きな信頼を得られるということを中国に対しても確認できたことだ。
 日本隊の現地での活動は手探り状態だった。救助チームは、自分たちの得意分野である倒壊した建物からの救出を想定していた。しかし、中国側の指示で最初に送られたのは大規模な土砂崩れ現場。一刻を争う救助の世界で貴重な時間が失われ、結果的には生存者を1人も救出できなかった。医療チームも、被災地での「野戦病院」式の緊急治療を想定していたが、活動は大病院での中国側との共同作業となった。
 しかし、日本隊は与えられた現場で全力で任務に当たった。救命のプロたちにとって、救い出す命に国境があろうはずがない。「もっと早く着けば、もっと(生存者を)見つけられた」(海上保安庁専門官)との無念の言葉が、そのことを物語っている。
 中国の消防隊員と一緒にがれきを取り除いた消防庁の隊員は帰国後、「互いに可能性があれば最後までやるという気持ちを共有していた」と振り返った。国家体制や習慣の違い、言葉の壁などの障害から活動には制限があったが、共に汗を流した意味は決して小さくはなかったと言える。
 日本隊の活動は中国メディアにも取り上げられた。温家宝首相は24日、成都市の病院を訪れ、日本チームに「中国人が非常に困難なときに来ていただきありがとうございます」と謝意を表し、隊員一人ひとりと握手した。
 日本は金を出すが汗を流さないとよく外国から批判される。今回の経験は、日本の今後の国際貢献を考える上で、多くの示唆が含まれていると思う。