朝雲寸言2008/5/8付

長野の聖火リレーが終わった。警察官に囲まれていたが、現に数件の妨害行為があり、過剰警備という批判はない。むしろ青ジャージーの中国特殊警察を出さなかったことは成功だ。
それでも後味が悪いのは、沿道に中国国旗ばかりが目立ち、誰のための聖火リレーかわからなかったことだ。中国人団体客は観光地でもやかましく、傍若無人の振る舞いが目立つ。今回集められた留学生たちもそのノリで「加油(がんばれ)中国!」を叫んでいたのだろう。
他国の町に乗り込んで我が物顔に振る舞う姿の醜さに気がつかないのは、昔、「農協」の団体ツアーが外国で顰蹙を買っていたのと同じレベルだ。中国中央テレビは長野の聖火リレーを「大成功」と報じたが、市民をしらけさせて聖火リレーの成功はあり得ない。
中国人は「相互理解」や「共通利益」をよく口にする。だが、他人の言うことを聞こうとせず、自分の姿がどう映るかにも無頓着な国に、相互理解や共通利益を口にする資格はあるだろうか。中国は五輪開催に国の威信をかけているといわれるが、そういう肩肘張った姿勢自体が間違っている。世界の人々にオープンに楽しんでもらう謙虚な気持ちがなければ、北京五輪は、既に失敗している。
聖火リレーを始めたのはヒトラーだそうだ。その歴史を繰り返すことはないだろうが、今回のリレーで聖火の通った後に見えるものは、人権とマナーのしかばねだけだ。