|
朝雲寸言2008/4/24付
先週、名古屋高裁で誠に変な判決があった。自衛隊のイラク派遣を憲法違反として差し止めを求める裁判で、同高裁は、派遣差し止めを認めない判断を示した。
この判決のどこが変かというと、原告の請求を退けておきながら、判決理由の中で、自衛隊の活動は憲法違反としていることだ。憲法違反だが、個人の権利を侵害しているわけではないので、原告個人がやめろとは言えない、という判断だ。
だが、派遣差し止めが個人の権利でないというなら、そもそも憲法に違反しているかどうかを判断するまでもない。現に、イラク派遣を巡る他の多数の裁判では、憲法判断に触れることなく原告敗訴としている。
それ以上に変なのは、政府の行為が憲法に違反しているにもかかわらず止めさせないという。それでは、法の番人たる裁判所の役割を自ら否定することになる。原告団は憲法違反の判断が出たと言って大喜びしているが、自分たちの政治的主張のためには裁判所の自殺行為さえ歓迎するのだろうか。
この判決の政治性はそれだけではない。法的拘束力を持つ判決主文では政府の主張を認めているため、政府は判決を不服として上告することができない。上告がなければ判決理由も否定されることはない。一種の「計画的褒め殺し」のようなやり方だ。
判決には賛否両論があるが、実質的に憲法違反を黙認する裁判所の自己否定こそ、民主主義の危機と言うべきだ。
|