朝雲寸言2008/3/6付

「ミスター防衛庁」と呼ばれた西広整輝元事務次官は、警察予備隊発足から40周年の際の高級幹部会同で、当時流行の「人間40歳になったら自分の顔に責任を持て」というせりふを引いて、防衛庁も40年を迎えたのだから自分の顔に責任を持つべきだ、と説示した。
それからさらに十数年の月日が流れた今日、防衛省は自分の顔に責任を持つ組織になっただろうか。イージス艦「あたご」の事故をめぐる混乱の中で、大臣や事務次官の説明が「二転三転」したことが批判されている。
相手方漁船の乗組員の家族や漁協は、謝罪に訪れた石破大臣に、辞めて責任をとるのではなく、原因究明と組織の立て直しを訴えている。防衛省は、こうした気持ちを受けて本気で組織の立て直しを図る以外にない。
しかし、報道によると、石破氏の組織改革案に対し、内部には批判的な人々がいるという。「大臣が強引に改革すれば現場が混乱する」のが理由のようだが、石破改革は部隊に手をつけるものではないから、混乱するのは自衛隊の現場ではなく、市ケ谷の制・私服ということになる。「守屋さんがいればこんなことにはならなかった」という声がある、などとも報じられている。
大臣、次官という組織の「顔」が国会やマスコミで袋叩きにあっているとき、それを周りで冷ややかに見守っているとしたらいかがなものか。西広氏が生きていたら一言、「恥を知れ」と言ったに違いない。