朝雲寸言2007/7/26付

 人にも組織にも、思い出したくない、しかし、忘れてはならないことがある。自衛隊、特に海上自衛隊にとってのそれは、88年7月23日の「なだしお事故」だ。
その後の海難審判によって、事故原因は「なだしお」側に主因があるものの、遊漁船の「第一富士丸」にも過失があったと認定された。この事故で民間人30人が亡くなり、多くの負傷者が出た。
事故は、基本的には輻輳海域での操艦安全の問題だが、「乗員が見殺しにした」など悪意に満ちた報道が流されたり、潜水艦の秘匿性と矛盾するレーダー反射を良くする装置を取り付けるなど、自衛隊への信頼を大きく傷つける結果となった。
振り返って見れば、報道が「自衛隊叩き」の方向に向かった直接のきっかけは、事故当夜の記者会見にあった。海幕長は「潜水艦に過失はなかった」と断言し、幕僚は秘密を理由に航海日誌の「改ざん」等の疑問に十分答えなかった。
部下を信じること、秘密保全に忠実であることは、組織人に不可欠の資質かも知れない。だが、現実の事故を前にすれば、それは身内をかばい、誤りを隠蔽する行為と映ってしまう。多くの企業、組織が事故広報で失敗し、傷を大きくするパターンでもある。
海自は今また、イージス情報の流出(?)という新たな不祥事を抱え、国民に納得のいく説明責任が問われている。7・23の教訓を忘れずにウミを出し切ることが、信頼回復の唯一の道だろう。