朝雲寸言2007/3/1付

情報本部に勤務する1等空佐が、秘密情報を新聞記者に漏らしたという容疑で、警務隊が捜査している。新聞・テレビは、報道の制約につながり、国民の知る権利を侵すものとして、一様に批判的だ。
先日、この事件について、某全国紙の記者と話す機会があった。記者は、そもそも中国軍の潜水艦が故障したという事実は「大した秘密」ではなく、逮捕の真意は、情報元である米軍に気を遣っただけではないのか、と言う。
当方は、それがどの程度の秘密であるかは知らないが、仮に情報を漏らした相手が日本のマスコミではなく中国やロシアの軍人だったとしたら、日本のマスコミは、こぞって自衛隊の秘密保全はなっていないと非難するだろう。同じ情報が、漏らした相手方によって「大した秘密」になったり「大したことのない秘密」になるのはおかしいのではないか、と反論した。
百歩譲って、それが大した秘密でなかったとしても、秘密を扱う担当者が勝手な判断に基づいて外部に漏らすことを許していたら、組織の規律はなくなってしまう。ひいては、そういう組織に、米軍はおろか隣のおばさんでさえ有益な情報は渡さないだろう。
これを法律上は「保護法益」というのだが、こと国家の秘密に関しては、何から何を守るのかということと同時に、国民に真実を伝えなければならないという二つの、ときに矛盾する法益がある。そのバランスの取り方が難しい。