朝雲寸言2007/1/4付

北朝鮮とイラン、二つの核問題を解決できないまま年が暮れた。北朝鮮はアメリカの敵視政策を言い、イランはイスラエルの核保有を黙認するアメリカの二重基準を非難する。国連決議を無視することでも両者は共通している。
大きな違いは、イランには石油があり、曲がりなりにも選挙があるのに、北朝鮮には石油も選挙もない。イランには核以外の豊富な選択肢があり、北朝鮮の選択肢は乏しいながら、援助か、それとも犯罪か核ということになる。その中で、権力者は往々にして最悪の選択をする。
核は権力保持の道具であって、国民を幸せにする手段ではない。国民の幸福を無視して生きながらえた権力は、歴史上どこにもない。二つの国の権力者は、自ら主張するようにアメリカにではなく、歴史の教訓に挑戦している。そういう意味で核は、体制保持にとってすら最悪の選択だ。
一方、そうした選択を可能にする条件を作っている国もある。NPT体制のもとで核を独占している五つの「大国」の説得力の低下だ。わが国をはじめとする国際社会の善意に支えられた核独占にあぐらをかいて、核廃絶に取り組もうとしない。その「大国」が、それぞれの政治的思惑で動くから、制裁の足並みもそろわない。
こんな時代があと何年続くかと思えばため息が出るが、こんな時代だからこそ、原則を貫いていきたい。今年、二つの国が「核元年」なら、日本は「制裁元年」で臨もう。