朝雲寸言2008/8/28付

防衛省改革会議の報告書が出てひと月余、このほど防衛省は実施計画を取りまとめたが、それによると、防衛参事官制度の廃止など一部の項目は来年度の概算要求に盛り込まれることとなった。しかし、なお多くの項目については具体的なイメージが固まっていない。
健全な組織文化や隊員のプロフェッショナリズムの確立に向けて、早急な具体化が望まれることはもちろんだが、最も重要なことは、組織の末端に至るまで改革の意識を共有することだ。そうでなければ、広汎多岐にわたる「報告書」に沿っていくら緻密な実施計画を作ったとしても、壮大な紙の無駄遣いになってしまう。
福沢諭吉は「学問のすすめ」のなかで、一人ひとりの国民が独立の気概を持って国を自分のものと思わなければ、結局その国は亡びるという道理を説いている。組織も同じことで、一人ひとりの隊員が自衛隊をわがものと思って責任を引き受けなければ、いかなる改革の名案もただの紙切れでしかない。
繰り返しになるが、組織改革は、市ケ谷の「偉いさん」だけに任せておけばいい仕事ではない。一朝有事となれば、働き、傷つくのは「末端」の一人ひとりの隊員なのだ。日ごろの組織を変えて行くのも一人ひとりの隊員の仕事と受け止めなければなるまい。
改革の目的は、事故や不祥事を起こさないことも大事だが、なにより、戦いに勝つことができる自衛隊を作り上げることなのだから。

時の焦点 <国内>2008/8/28付
民主代表選「野田の乱」
平木 公二(政治評論家)

小沢「無投票」3選へ
 規模は小さいが、民主党版「加藤の乱」と言えるだろう。
 「同志と意見交換したが、真っ二つに意見が分かれ、総合的に判断し、戦う状況にないという政治判断になった」
 民主党の野田佳彦広報委員長は8月22日、記者団に対し、目に涙をためながら、代表選(9月8日告示)への出馬を断念する意向を表明した。野田氏は前日21日、野田氏支持グループ「花斉会」の会合で、政権交代に備えた政策論争の必要性を訴え、「出馬したい」との決意を示したが、内部でも慎重論が強まり、グループ分裂の危機もささやかれていた。
 野田氏の「計算違い」はどこにあったのか。
 第1に、岡田、前原両副代表が複数候補による選挙戦を実施すべきだと主張しながら、早々と自らは出馬に消極的との意向を示したことだ。岡田氏は、野田氏が出馬した場合の推薦人になることにも後ろ向きで、野田氏は「1人でも戦う」という心境に次第に追い込まれて行った。
 第2に、小沢代表に政策論争を挑んで、終われば後腐れなく握手ができる「さわやか代表選」ができる、と思い込んだことだろう。だが、小沢氏はそういうタイプではない。グループ内から「敗れれば、小沢氏に干される」という懸念が示されたのも、当然だった。
 第3に、足元の花斉会内に出馬反対論が強かったことだ。馬淵澄夫、近藤昭一、田村謙治の各衆院議員らは主戦論を掲げたが、松本剛明・前政調会長、長島昭久、伴野豊両衆院議員らは「衆院選の準備に全力を挙げるべきだ。党内で争っている時ではない」などと出馬に反対し、蓮舫参院議員も慎重論を唱えた。
 野田氏は20人の推薦人の半数程度を花斉会(約25人)で確保する考えだったが、一部から「出馬したら、花斉会を脱会する」との声が上がるほどで、野田氏の求心力は一気に衰えてしまった。
 野田氏は51歳で、衆院当選4回(千葉4区)。02年の代表選に出馬し、候補者4人中3位で落選した。前原代表の下で国会対策委員長を務めていたが、06年の偽メール事件に関与し、引責辞任した経緯がある。
 「野田の乱」の失敗のツケは小さくない。野田氏は、渡部恒三最高顧問が「野田氏は自民党の福田首相や安倍前首相よりも立派な首相になる」と期待感を示すなど、将来を嘱望されているが、今回の騒動でしばらく表舞台に立てそうもない。
 党内では、これによって小沢代表の無投票3選の流れが加速している。
 岡田、前原、野田の各氏らは、小沢氏の強権的な党運営や政局優先で対決型の国会対策、「国連至上主義」ともいわれる安全保障政策などを全面的に支持しているわけではない。だが、結果的には、政策をめぐる党内論議を封印し、次期衆院選では「政権交代」だけを訴えるという小沢流の戦略を容認することにつながっている。

時の焦点 <海外>2008/8/28付
先送り課題は正念場
吉田 健一(外交評論家)

北京五輪、幕閉じる
 北京五輪が幕を閉じた。今年に入りチベット暴動や雲南省、新疆ウイグル自治区のテロなどが相次いで起き、緊迫した雰囲気の中で開幕した五輪だったが、ふたを開けてみれば、北京でのテロや、大会運営上の大混乱もなく、祭典は大方の予想を上回る成功を収めた。
 閉会式では、これでもかとばかりに無数の花火が打ち上げられ、鳥の巣(国家体育場)では、何千人もの参加者が壮大なスペクタクルを繰り広げた。これほど巨大な祭典は、空前絶後かもしれない。しかし、きらびやかで破格のスケールの式典を見ていて、「すごい」との言葉は自然と口をついたものの、今ひとつ感動が押し寄せてこなかったのはなぜだろう。
 それは、あまりにも壮大で完璧な式典に、国家の強引な力を感じてしまったからだ。冷めた視線で式典を見ていると、洗練されてはいるが、本質は平壌のマスゲームとどこが違うのかと思えてきて、白けた。
 開会式には、革命歌曲を歌った少女より容姿が優れているという理由で、別の少女が「口パク」で出演した。実際に歌った7歳の少女は、自分の歌声との紹介がなかったことに深く傷つき、自分の腕を歯形がつくまでかんだ。式典は国家の意向が最重視され、少女の心は踏みにじられた。
 感動したのは、式典ではなく、選手たちのひた向きな姿だった。2002年の日韓共催のサッカーワールドカップの際のソウルでも感じたが、演出された式典は、それがどんなに大掛かりで完璧でも、選手が生み出すドラマの足元にも及ばない。それがスポーツの力だ。壮大な開会式・閉会式ではなく、アスリートがつくり出すドラマの舞台を最後まで提供し切ったという点で、中国を評価したい。
 胡錦濤指導部は北京五輪を「偉大な成功」と位置付け、政権の求心力が高まったと自画自賛している。しかし、これは楽観的過ぎる。
 中国政府は五輪期間中、地方からの直訴者や人権活動家らを排除し、出稼ぎ労働者は事実上、北京を退去させられた。デモ申請は1件も認めず、チベット示威運動参加者を次々と連行した。五輪が閉幕した今後、これまで先送りしてきた問題が一気に噴出する恐れは十分にある。中国指導部にとって、これからが正念場だ。
 五輪には170万人ものボランティアがかり出された。ほかにも多くの市民らが世紀の国際大祭典に関わった。「義勇軍行進曲」(国歌)を誇らしげに歌う彼らからは、愛国心と同時に国際社会にデビューする誇らしさが感じ取れた。世界に触れた彼らの経験は、中国を変える起爆剤となるという予感がする。それこそが、北京五輪で中国が得た最大の財産なのかもしれない。

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(国内)景気対策の大合唱
(海外)露のグルジア侵攻
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(国内)臨時国会召集はいつ
(海外)新疆・グルジア問題
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(国内)福田改造内閣発足
(海外)トルコの政教分離
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(国内)いつやる内閣改造
(海外)オバマ候補の外遊
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(国内)どうする「道路」財源
(海外)竹島めぐる日韓関係
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(国内)民主党代表選の行方
(海外)洞爺湖サミット終了
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(国内)首相退陣の可能性
(海外)正念場の拉致問題
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(国内)消費税上げ先送り
(海外)米朝ポーカーゲーム
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(国内)自衛隊の国際協力
(海外)原油・穀物価格高騰
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(国内)色褪せた問責決議
(海外)オバマ対マケイン
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(国内)遅れる普天間の移設
(海外)韓国の牛肉輸入問題
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(国内)防衛省改革の行方
(海外)独の通信記録侵害
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(国内)首相の外交スピーチ
(海外)中国四川大地震
2008年5月22日付

(国内)内閣支持率の急落
(海外)未曾有の自然災害
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(国内)店ざらし憲法調査会
(海外)胡錦涛中国主席来日
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(国内)衆院補選民主勝利
(海外)米予備選大詰めへ
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(国内)道路特定財源協議会
(海外)迷走する聖火リレー
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(国内)3カ月ぶり党首討論
(海外)米朝協議の暫定合意
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(国内)北朝鮮制裁を延長へ
(海外)NATOの首脳会議
2008年4月3日付

(国内)司法制度改革減速
(海外)イラク開戦とドイツ
2008年3月27日付

(国内)小沢氏、倒閣路線へ
(海外)チベット人の怒り
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(国内)日銀人事の政局化
(海外)ロシアの新大統領
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(国内)温室効果ガスの削減
(海外)回復局面の日韓関係
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(国内)「あたご」航海長聴取
(海外)ドイツの大規模脱税
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(国内)「あたご」の衝突事故
(海外)パキスタンの今後
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(国内)与謝野勉強会の発足
(海外)春節の中国公式報道
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(国内)首相のソフト路線
(海外)米大統領選指名争い
2008年2月7日付

(国内)暫定税率維持で合意
(海外)ドイツの大連立政権
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(国内)日銀総裁人事の行方
(海外)中国指導部の現況
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(国内)新テロ法採決棄権
(海外)米大統領選の行方
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(海外)目離せぬアジア情勢
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(国内)どうなる越年国会
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2007年12月13日付

(国内)永田町「埋蔵金」論争
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(国内)守屋前次官の逮捕
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(国内)防衛省の機能不全
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(国内)小沢氏は変われるか
(海外)パキスタン非常事態
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(国内)小沢民主党代表辞意
(海外)中国の指導部人事
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(国内)環境最悪の首相訪米
(海外)緊迫するPKK問題
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(国内)前次官の接待ゴルフ
(海外)ロシアの外交カード
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(国内)鬼門か消費税増税
(海外)対北政策融和の兆し
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(国内)自衛隊ISAF派遣
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2007年10月4日付

(国内)福田クリンチ作戦
(海外)ミャンマー軍事政権
2007年9月27日付

(国内)福田新政権の誕生
(海外)10月の中国党大会
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(国内)安倍首相退陣表明
(海外)9・11以後の世界
2007年9月13日付

(国内)テロ特措法の行方
(海外)テロ支援国リスト
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(国内)安倍内閣の司令塔
(海外)中国発ハッキング
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(国内)安倍改造内閣が発足
(海外)欧米のメディア再編
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(国内)人事の要、党幹事長
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(国内)封じられた解散権
(海外)対北政策の選択肢
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(国内)集団的自衛権の容認
(海外)ASEAN結成40年
2007年8月2日付

(国内)参院選で与党大敗
(海外)物議かもす仏外交
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(国内)剣が峰の安倍首相
(海外)対テロ戦争最前線
2007年7月19日付

(国内)首相の消費税発言
(海外)どうなる台湾総統選
2007年7月12日付

(国内)安倍首相対小沢代表
(海外)MD東欧配備問題
2007年7月5日付

(国内)年金記録漏れの責任
(海外)英ブラウン政権発足
2007年6月28日付

(国内)会期延長と参院選
(海外)米ヒル次官補の訪朝
2007年6月21日付

(国内)逆風下の参院選挙
(海外)混迷の度深める中東
2007年6月14日付

(国内)安倍首相とサミット
(海外)中国「旧勢力」の凋落
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(国内)安倍政権襲う年金問題
(海外)「中国の軍事力」公表
2007年5月31日付

(国内)「美しい星50」戦略
(海外)核開発やめぬイラン
2007年5月24日付
(国内)集団的自衛権の行方
(海外)中国の為替政策調整
2007年5月17日付

(国内)参院選へ“政策攻勢”
(海外)EPAの大枠合意
2007年5月10日付

(国内)近づく参議院選挙
(海外)仏大統領選の意味
2007年4月26日付

(国内)日中の艦艇相互訪問
(海外)影響力増す胡体制
2007年4月19日付

(国内)小沢民主党の限界
(海外)国際慣例が通じない北
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(国内)ネパールの軍事監視
(海外)欧州統合50年の節目
2007年4月5日付

(国内)慰安婦問題の拡散
(海外)温首相来日を前に
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(国内)MDの緊急対処要領
(海外)イラク戦争5年目へ
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(国内)参院選と首都決戦
(海外)中国の「和諧」志向
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(国内)秘密保全の法整備
(海外)米の民主大統領候補
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(国内)首相の指導力発揮
(海外)北朝鮮外交の“勝利”
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(国内)日本版NSCの成否
(海外)MD巡る“ミニ冷戦”
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(国内)内閣改造論が浮上
(海外)6カ国協議の合意
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(国内)海兵隊グアム移転
(海外)首相再訪中の時期
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(国内)柳沢厚労相失言問題
(海外)米のイラク新戦略
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(国内)普天間移設の迷走
(海外)中国の衛星迎撃実験
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(国内)対「北」戦略の結集必要
(海外)中国有力長老の死
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(国内)民主党の国会戦術
(海外)米のイラク新戦略
2007年1月11日付

(国内)国民投票法案の行方
(海外)中国国防白書の本音
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(国内)転換点の安保論議
(海外)07年 国際情勢展望