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時の焦点 <国内>2008/8/28付
民主代表選「野田の乱」
平木 公二(政治評論家)
小沢「無投票」3選へ
規模は小さいが、民主党版「加藤の乱」と言えるだろう。
「同志と意見交換したが、真っ二つに意見が分かれ、総合的に判断し、戦う状況にないという政治判断になった」
民主党の野田佳彦広報委員長は8月22日、記者団に対し、目に涙をためながら、代表選(9月8日告示)への出馬を断念する意向を表明した。野田氏は前日21日、野田氏支持グループ「花斉会」の会合で、政権交代に備えた政策論争の必要性を訴え、「出馬したい」との決意を示したが、内部でも慎重論が強まり、グループ分裂の危機もささやかれていた。
野田氏の「計算違い」はどこにあったのか。
第1に、岡田、前原両副代表が複数候補による選挙戦を実施すべきだと主張しながら、早々と自らは出馬に消極的との意向を示したことだ。岡田氏は、野田氏が出馬した場合の推薦人になることにも後ろ向きで、野田氏は「1人でも戦う」という心境に次第に追い込まれて行った。
第2に、小沢代表に政策論争を挑んで、終われば後腐れなく握手ができる「さわやか代表選」ができる、と思い込んだことだろう。だが、小沢氏はそういうタイプではない。グループ内から「敗れれば、小沢氏に干される」という懸念が示されたのも、当然だった。
第3に、足元の花斉会内に出馬反対論が強かったことだ。馬淵澄夫、近藤昭一、田村謙治の各衆院議員らは主戦論を掲げたが、松本剛明・前政調会長、長島昭久、伴野豊両衆院議員らは「衆院選の準備に全力を挙げるべきだ。党内で争っている時ではない」などと出馬に反対し、蓮舫参院議員も慎重論を唱えた。
野田氏は20人の推薦人の半数程度を花斉会(約25人)で確保する考えだったが、一部から「出馬したら、花斉会を脱会する」との声が上がるほどで、野田氏の求心力は一気に衰えてしまった。
野田氏は51歳で、衆院当選4回(千葉4区)。02年の代表選に出馬し、候補者4人中3位で落選した。前原代表の下で国会対策委員長を務めていたが、06年の偽メール事件に関与し、引責辞任した経緯がある。
「野田の乱」の失敗のツケは小さくない。野田氏は、渡部恒三最高顧問が「野田氏は自民党の福田首相や安倍前首相よりも立派な首相になる」と期待感を示すなど、将来を嘱望されているが、今回の騒動でしばらく表舞台に立てそうもない。
党内では、これによって小沢代表の無投票3選の流れが加速している。
岡田、前原、野田の各氏らは、小沢氏の強権的な党運営や政局優先で対決型の国会対策、「国連至上主義」ともいわれる安全保障政策などを全面的に支持しているわけではない。だが、結果的には、政策をめぐる党内論議を封印し、次期衆院選では「政権交代」だけを訴えるという小沢流の戦略を容認することにつながっている。
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