1月の朝雲ニュース

1/28日付

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1960〜2010 安保改定50年 
日米同盟の針路<4> 
普天間「国外」なら 日本防衛、履行意欲は下降

佐瀬 昌盛 
拓殖大学海外事情研究所客員教授 防衛大学校名誉教授



佐瀬昌盛拓大客員教授(鎌倉の自宅で)

 現行の安全保障条約締結50周年に当たり、さる1月19日、日米の外務・防衛担当4閣僚による「共同発表」文が発出された。昨秋誕生した鳩山政権の普天間基地移設問題でのスタンスはそれまでの自公連立政権時とは大きく変わった。その結果、日米関係がかなりきしんだ。ために、どんな文書が出されるのか、私は注目した。が、出された共同発表は、いってみれば優等生の作文のように整っていて、自民党政権下の日米関係でも同じものとなったのではないかと思えるほどだった。
  いや、「沖縄を含む地元の基地負担を軽減するとともに…」とあるのはまさに鳩山政権の主張の反映だ、という人がいるかもしれない。だが、それは違う。自民党政権だって同じことを書いただろう。むしろ、それに続けて「変化する安全保障環境の中で米軍の適切な駐留を含む抑止力を維持する現在進行中の努力を支持し」とあることの方が、驚きだった。えっ、それが鳩山政権の外交防衛政策なの?
  考えてみれば、「共同発表」が優等生の作文風だったことは当たり前だろう。条約締結50年という重要な節目に、日米間の食い違いが露呈するような文書なぞ発表されるわけがない。ただ、かくも御祝儀相場的な美辞麗句の「共同発表」は、私に言わせるとかえって要警戒である。
  日米安保条約締結をめぐる50年前と今日の日本の情景は、見事なコントラストをなしている。往時、国会周辺では前代未聞の「安保ハンターイ」デモが荒れ狂ったが、岸信介首相は「声なき声」は自分を支持しているとして、満身創痍となっても条約成立に向け不屈の信念を貫いた。新聞も含めて「声ある声」は反岸でひたすら騒いだ。今日、世間に聴こえるほどの「安保ハンターイ」の声はない。昨年10月の内閣府世論調査(最新)では、日米安保は日本の安全に「役立っている」の声が76・4%に達した。史上最高であり、世論は落ち着いている。代わりに、普天間問題に見るように鳩山政権の右往左往の「迷走」こそがマスコミの餌食になっている。
  これ一つに照らしても、「共同発表」の美辞麗句が日米同盟の実情の反映でないことは確かだ。そもそも、オバマ米大統領との「個人的信頼関係」を重視した鳩山首相には、日米安保50年周年に因んで両国首脳名での共同文書を出したいとの気持ちがあった。なにせ「半世紀に一度」しかない重要な機会だからである。だが、米国はやんわりとそれを断った。なぜか。鳩山首相には思い当たるふしがあろう。そこで、次の機会は今年11月に巡ってくるとの期待が大きい。その機会に日米同盟の「深化」を謳う記念碑的な文書を是非とも発表したい!!
  現時点での判断として、私はその可能性を危ぶんでいる。なぜなら「共同発表」文書の美しく整った外装の下、日米同盟には内部疾患の兆候が疑えないからだ。懸念材料を挙げる。第一はやはり普天間移設問題。現存する日米合意を一応脇に置いて、新たな移設先について連立3党の合意による日本政府案を5月中には決めるとのこと。当初の民主党案は「県外、国外」だった。のち沖縄県内の「他島」案も浮上した。周知のようにそのいずれにも難点があり、かりに3党合意がなっても肝心の日米合意は至難。かつ、いつのことになるやら見通しが立たない。が、最も要警戒なのは、社民党の声に押されて「国外へ」の線が再登場する場合である(あまり注目されていないが、社民党の主張は軍事的性格をもつ日米安保条約の解消、非軍事的な日米平和友好条約の締結なのだ)。
  「国外へ」の重大さは、それが安保条約で日本が負う――唯一の――対米義務、すなわち第6条の基地(正確には「施設及び区域」)提供義務にかかわることにある。「国外」移設を求めることが即、義務に抵触するわけではない。ただ、それが現在の第6条義務履行度の引き下げを意味することは疑いない。既成合意に代えて「国外」を持ち出す場合に、このように条約の根幹に微妙にかかわる意味があることを、鳩山政権は考えたことがあるか。その場合、対応的に、第5条で米国が負う日本共同防衛義務の履行意欲にやはり下降モメンタムが働きはしないか。少なくともその点に鳩山政権は思いをめぐらせたことがあるか。

対米義務に触れる 「常時駐留 なき安保」

 第二は鳩山首相の念願らしい「常時駐留なき安保」の考え。首相はこれを「封印」すると言ったが、清算したとは聞かない。「封印」が解かれてこれが対米提案される場合、やはり第6条の基地提供義務に触れることを覚悟しておかなければならない。「常時駐留なき」とはほとんど「有事駐留」である。第6条規定に「平時駐留」の言葉は直接的には見当たらない。が、趣旨は明らかに「平時駐留」である。その証拠に、第6条に基づいて、民主党のよく知る(?)「在日米軍地位協定」が結ばれているではないか。それは「平時駐留」を前提とする協定なのだ。
  だから、「常時駐留なき」を持ち出すことは、間接的に日米安保条約そのものの修正提案を行うに近いのである。現行条約の修正がにおうことは、発出されたばかりの日米4閣僚「共同発表」の論旨には全くそぐわない。またそれは、鳩山首相が期待しているらしい11月の両国首脳共同宣言をもってしても扱えないほどの大問題の提起となろう。鳩山首相がその点を承知しているとは到底思えない。「常時駐留なき」が一部の層の耳に心地よく響くのは確かだろうが、それが右のような甚大な意味をもつ問題であることを踏まえていないとしたら、指導者としてあまりにも軽率である。
  念のために書くが、40年前、つまり「70年安保」当時、民社党が鳩山流「常時駐留なき」に一見酷似する「有事駐留」安保を唱えた。だが、両者は基本において全く違う。なぜなら民社党案は条約第10条の「10年効力」規定を念頭に置いて、「条約の(再)改訂」の必要を唱えていたからである。しかも、加えてそれは、「自主防衛を主、(有事駐留)日米安保を従」とする防衛政策への転換をよしとしていた。それなら筋が通っているのだが、その両面の主張が、鳩山首相の「常時駐留なき安保」論には欠落している。
  私見では、総じて民主党には日米安保条約の勉強が不足している。いまは調印50周年というので、さすがに鳩山首相、岡田外相も条約名に言及するが、常日頃は民主党の政策文書類や要人の発言中に「日米安保条約」という言葉を発見するのは至難なのだ。それが勉強不足の悪しき反映でないことを祈る。