殉職隊員追悼式 6柱の名簿を奉納
「犠牲、無にしない」官房長官
平成21年度の殉職隊員追悼式が10月24日、防衛省慰霊碑地区で行われ、6柱(陸4、海2)の殉職隊員遺族をはじめ、首相代理の平野官房長官、北沢防衛相、防衛省・自衛隊高級幹部、歴代大臣・長官、政務次官、政務官、協力団体役員ら約300人が参列、警察予備隊いらいの殉職隊員1804柱のめい福を祈った。
国歌斉唱に続いて、昨年9月1日から今年8月31日までの間に公務による死亡と認定された6隊員の名前が読み上げられた。次いで北沢大臣が祭壇中央に6柱の名簿を奉納。陸自特別儀仗隊が捧げ銃、陸自中央音楽隊が「慰安する」を演奏する中、参列者全員が祭壇に向かって拝礼、黙とうした。
追悼の辞で平野官房長官は「御霊は、わが国の平和と独立を守るという崇高な任務に志を抱き、自衛隊に奉職、任務遂行中に不幸にしてその職に殉ぜられた」と殉職隊員を悼むとともに、「遺族の悲しみに思いをいたすとき、慰めの言葉もない。御霊の尊い犠牲を無にすることなく、その遺志を受け継ぎ、わが国の平和と独立を守るという崇高な任務を全うするとともに、世界の平和に全力で貢献する」との鳩山首相の追悼文を代読した。
次いで北沢大臣は「幾多の方々が強い使命感を抱きながら任務の精励に務め、志半ばにしてその職に殉じられた事実を、決して我々は忘れることがあってはならない。かけがえのない方々を失ったことは、遺族はもとより防衛省・自衛隊、ひいては国家にとってまことに大きな痛手であり悲しみに耐えない」と追悼の辞を述べた。
この後、献花に移り、官房長官、大臣、新遺族に続いて遺族会会長、防衛省幹部、歴代大臣、国会議員の順に慰霊碑前の献花台に白菊を手向けた。6隊員の遺族のうち、この日の追悼式に出席しなかった2遺族を除く4遺族9人が、音楽隊の「慰安する」の演奏が流れる中で献花、悲しみを新たにしていた。
遺族を代表して陸自富士学校戦史教官だった庄司雅浩2陸佐(幹部教育の事前準備のため20年1月23日、硫黄島の旧軍地下壕を偵察中に倒れ、病院に搬送されたが熱中症により同24日、死亡、当時45歳)の父・和正さんがあいさつし、「突然にかけがえのない大切な肉親を失った悲しみは、崇高な使命とは申せ、言葉には言い尽くせぬものがある。しかし、私ども遺族は早く深い悲しみを乗り越え、力強く生きていくことが、職に殉じた御霊にこたえる道」と、遺族の心情を述べた。
首相代理の退場後、協力団体役員、産業界代表の順に献花、最後に特別儀仗隊が弔銃を斉射した。
遺族はこの後、グランドヒル市ヶ谷で催された大臣主催の昼食会に出席した。
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今年度の殉職隊員は次の通り。なお、松本2海曹と石沢海将補はアスベスト障害による公務災害認定(氏名、年齢、所属、所在地の順。いずれも殉職時)
〈陸自〉▽藤田勝行2陸曹(23)=6普連(美幌)▽山崎智和2陸曹(32)=空挺団(習志野)▽松原孝吉2陸曹(25)=航校霞ヶ浦校(霞ヶ浦)▽庄司雅浩2陸佐(45)=富士学校(富士)
〈海自〉▽松本靖富元2海曹(76)=元舞鶴補充部付(舞鶴)▽石沢治・元海将補(78)=元海幕付(市ヶ谷)