12月の朝雲ニュース

12/18日付

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素顔の東ティモール<11>
小泉 友子
現地との交流で成果
好感残した日本のPKO



ティモール島を横断するディリ−マリアナ間の幹線道路で拡幅作業に当たる陸自PKO部隊(2002年5月)

■自衛隊の活躍
 わが国の自衛隊が国連PKOとして東ティモールへ派遣されたのは2002年3月(先遣隊は2月に現地入り)。それから2年にわたり、道路補修をはじめとするインフラ整備、現地の人への工事関係の教育、民生支援活動に精力的に貢献した。
 2002年9月から翌年の3月まで第2次東ティモール派遣施設群長として隊員680人を率いて現地に赴いた大坪義彦1陸佐(現、西方後方支援隊長)に当時のことを伺ってみた。
 「現地には独立紛争の傷跡が多く残っていたが、PKO部隊を含む国連要員など6000人近い外国人による景気で街なかは賑わっていた」「東ティモールをよく知ろうと身近な話題を集めて『本日のトピックス』という冊子を作ったが、そうした活動のお陰で2002年12月の暴動で橋が渡れなくなったときにも、現地の人しか知らない渡渉点を利用して難を逃れることができた」「国体のようなスポーツ大会に日本隊だけが招待されて歓待されたが、それも隊員レベルで現地の人たちとの交流があったからと思う」「軍隊による民生支援は復興を支援しつつ情報収集の効果も得られる。今後の国際的活動に生かせる大きな成果を得られたと思う」と大坪1佐。
 苦労もたくさんあった。国内の政情が不安定な中、バリで起きた爆弾事件のテロリストたちが東ティモールに入ったという噂が流れ、国境付近で作業をしていた隊員は銃を抱えて寝たという。それでも参加した隊員のほとんどは、「行ってよかった」と話すという。
 筆者が滞在中、タクシーに乗ると必ずといっていいほど「日本人か、自衛隊が道路を直してくれた」と言われた。また、大きな日の丸の旗が飾られた現地のレストランでは、店の人たちが日本隊のいた当時のことを懐かしがっていた。私が出会った東ティモールの人たちがおしなべて親日的だったのは、自衛隊の貢献が大きかったからではないだろうか。(続く)