6月の朝雲ニュース

6/26日付

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航空写真で災害対処支援
岩手・宮城内陸地震
海自徳島航空基地の「くにかぜ」
空自百里基地のRF−4E偵察機
震源地周辺を緊急撮影

岩手・宮城内陸地震で災害派遣されている自衛隊は現在、被災住民の給水、給食、入浴支援などで活動しているが、地震発生翌日の6月15日から震源地周辺地域の航空写真を緊急撮影して内閣府の対策本部や国土交通省などへ災害情報を逐次提供、政府の災害対処の裏方として活躍していたのが海自徳島航空基地の202教育飛行隊の運用するUC90多用機「くにかぜ」と空自百里基地の偵察航空隊RF4E偵察機だ。震災初動対処の同部隊の動きを追った。


岩手・宮城内陸地震の発生で被災地域の緊急撮影で活躍した「くにかぜ」と同機のクルー。左端が機長の亀山欣哉3佐(徳島基地で)


被災地の航空写真を撮影するため百里基地を離陸する偵察航空隊のRF4E偵察機。機首下方にカメラが内臓され、後席の航法士がシャッターを切る

政府、国交省に情報提供

「くにかぜ」を運用する202教育飛行隊は海自の航空機パイロットを養成する教育部隊だが、省庁間協力により昭和35年に国土地理院から同機を移管され、同院が地図製作に必要な航空写真撮影のための飛行を担っている。
6月14日は航空学生の教育があったため、飛行隊長の渡辺譲治2海佐らほとんどの隊員が出勤していた。午前8時43分、震度6強の地震。渡辺隊長はとっさに国土地理院から緊急撮影のための「くにかぜ」運航の要請が入ると判断、地理院との連絡を指示するとともに、手分けしてニュース速報で情報収集する一方、「くにかぜ」の飛行準備に当たらせた。
飛行クルーは機長・亀山欣哉3海佐(45)、副操縦士・長井悟1海尉(38)、航法員兼整備員・田中浩1海曹(44)、同、佐々木智久2海曹(36)、整備員・高島正貴海士長(21)が指名された。
亀山3佐は非番だったが所用で休日出勤していて緊急撮影の任務に就いた。同3佐は平成12年3月31日に北海道の有珠山が噴火した際にも国土地理院の緊急撮影のため「くにかぜ」で同山上空を火山弾が飛ぶなか飛行した経験があった。
亀山機長らは午後零時半、拠点となる下総航空基地に向け離陸、同2時12分に下総基地に着陸。同じころ国土地理院の撮影担当者で測図部画像調査課機動撮影係の吉高神充係長も到着し、「くにかぜ」にカメラを搭載して15日からの撮影に備えた。カメラは機体の床に開けられた直径約1メートルの穴にセット。撮影地点を真上から垂直に撮る仕組みだ。
15日午前7時、下総を離陸。震源地周辺の荒砥沢ダムなどの上空を高度2200メートルから東西方向や断層が走る方位に向かって飛行を繰り返し、垂直写真を撮影した。1回の飛行時間は約2時間半で、空自松島基地で燃料補給し、同日は3回のフライトを行い下総に帰投。16日も同様の飛行を行い、17日にいったん徳島に帰り、クルーを交代して18日までで緊急撮影を終了した。
国土地理院によると同飛行で撮影したコースは計21コース、写真1000枚以上に上り、約600枚が活用された。この中には荒砥沢ダム上流の崩落した山が水平方向に300メートル移動していたことを同院が突き止めた写真も含まれる。
亀山3佐は、「くにかぜは自動操縦装置を備えていないため航法員と常に連携して飛行コースを維持しなければならないのが苦労といえば苦労」と話し、今は教官に戻った。
渡辺隊長は「災害時の緊急撮影は、昭和56年から実施しており、今回が19回目だが、今後も災害の原因究明と復興の一助となるよう迅速に対応できるよう取り組みたい」と話している。

百里基地偵空隊 画像、リアルタイムで送信

一方、空自は百里基地に所在する総隊直轄の偵察航空隊が現地の航空写真を撮影、内閣府に提供するなどの任務に当たった。
6月14日の地震発生後、同隊は直ちにスクランブル発進できる緊急態勢を整えて待機。翌15日午前11時40分、総隊からの災派命令を受けて501飛行隊(隊長・軍司雅人2佐)のRF4E907号機(機長・平岩努3佐、航法士・田村泰人1尉)が午後1時に離陸、岩手県から宮城県にかけての上空を飛行、高度約4500メートルから約1時間かけて被災地の航空写真を撮影した。撮影枚数は約320枚。帰投した同機から下ろされたフィルムは直ちに現像、判読され、総隊に電送された。
さらに午後4時には同クルーが901号機に乗り換えて再び離陸、花山湖北西部、温湯温泉、行者滝、駒の湯、荒砥沢ダムの周辺を上空からピンポイントに撮影して約1時間後に帰投、写真は直ちに総隊に電送された。
同隊では別に合成して全体を網羅した縦横各1メートルの航空写真を作成、百里基地から車両で総隊に3枚を届け、うち1枚が内閣府に提出されたほか、百里救難隊のUH60J救難ヘリで陸自東北方総監部に運ばれた。
偵察航空隊では平成16年の中越地震でも被災地の航空写真を内閣府に提供しており、高木雅弘隊司令は「災害時には常に待機につき、国や地方自治体などから要請があれば直ちに災害派遣任務で被災地の航空写真を撮影、提供している。必要な場所の画像をリアルタイムで提供できるのが特徴なので、関係機関にはもっと偵空隊を活用してもらえれば」と話している。