5月の朝雲ニュース

5/22日付

ニュース トップ

102不発弾処理隊
1万6000人強制避難
調布で不発弾処理


東京・調布市(長友貴樹市長)の京王線国領駅付近で見つかった大型不発弾の処理が5月18日に行われ、陸自東方後方支援隊102不発弾処理隊(朝霞、片山博正隊長)が信管を抜き安全化した。
不発弾は米国製1トン(2000ポンド)爆弾で、長さ約1・8メートル、直径約60センチ。昭和20年4月に同市上空で撃墜されたB29爆撃機が搭載していたものと推定され、3月27日に国領駅から徒歩数分の連続立体化工事現場近くの私有地(国領町1丁目42番地)で住民の証言などを基に行われた磁気探査により発見、市の要請で102不発弾処理隊が臨時の防護処置を行っていた。
市対策本部では、災害対策基本法に基づき警戒宣言を発令、不発弾から半径500メートルの地域を警戒区域に設定。域内約8000戸の住民約1万6000人を区域外に強制避難させたほか、国道20号線、旧甲州街道など幹線道の一部通行止めや京王線の一部運休など大規模な交通規制が敷かれたが、大きな混乱はなかった。


信管を除去して安全化後、クレーンで搬出した米国製1トン爆弾をトラックの荷台に固定する陸自102不発弾処理隊員(5月18日、東京・調布市国領町で)


警戒宣言が発令され避難指定地区に立入禁止措置が取られる中、不発弾処理現場に向かう陸自隊員ら(5月18日、調布市提供)


安全化された1トン爆弾の搬出後、報道陣の質問に答える処理班の(左から)手塚2尉、安藤1曹、浅野2曹(5月18日、調布市国領町で)

調布市の不発弾処理
緊迫の作業 冷静に
予定時間の半分で終了 「心から感謝」と市長

 戦後63年たった今も爆弾は生きていた  。東京都調布市で5月18日、米国製1トン爆弾が回収された。作業は災害対策基本法に基づく電車の運休、市民約1万6000人の強制避難など最近では珍しい大規模なものとなった。処理作業に当たった102不発弾処理隊の隊長・片山博正3陸佐(46)以下8人の隊員は、当初想定した作業予定時間の約半分で不発爆弾から2個の信管を除去し安全化、市民をホッとさせた。

午前7時半すぎ、京王線国領駅近くの不発弾発見現場から約800メートルの市立第三中学校に開設された現地対策本部で片山隊長が不発弾の安全化処理手順を本部員に説明した。
不発弾は住宅密集地を通る線路真横の地下3・5メートルで見つかった。戦時中の米国製1トン爆弾で弾頭、弾底2カ所に信管がある。これをアダプターレンチという器具で回転させ抜き取る。片山隊長は「作業は約1時間の予定だが信管のさび、変形などで若干時間がかかるかもしれない。苦労して準備作業を進めて来た関係機関の皆さまのご尽力にこたえるためにも安全確実に進める」と結んだ。
同8時、「市制施行後初めて」の防災サイレンが3度市内に鳴り響き、市民に避難開始を呼びかける放送が始まった。同9時半、本部長の長友貴樹市長が災害対策基本法に基づく警戒宣言を発令。不発弾を中心に半径500メートル内が警戒区域に指定され、警察、消防などが道路封鎖など立入禁止措置を取る中、京王電鉄作業員が不発弾を囲むライナープレートの線路側に土のうを積み上げ、市職員が域内をローラー作戦で戸別訪問し、同10時58分、域内の避難完了を確認。
同11時、片山隊長が作業開始を命じた。「左に4分の1回転回せ」「4分の1回転よし、注油」。手塚2尉ら処理班の作業状況が電話で逐次本部班に伝えられ、本部内に張られた信管状況表の表示が赤から青に変わる。同16分、弾底信管の離脱完了が伝えられると本部内の空気が和らいだ。続いて弾頭部の信管に取りかかり、同36分、隊長が「弾頭信管離脱完了」を報告。開始からわずか36分、本部内に大きな拍手が起き、市長が弾んだ声で安全宣言を行った。
この後、クレーンを使った爆弾撤去作業の様子が処理現場で報道陣に公開され、長友市長と片山隊長がインタビューに応じた。市長は「信管除去までの時間が想定より短くて済み、処理にあたった陸上自衛隊をはじめ多くの関係者、避難にご協力いただいた市民の皆さまに心から感謝」と述べた。片山隊長は「弾底信管は通常11回転ほどで取れるが今回は5回転半で取れた。埼玉県鳩ヶ谷市で次の任務(250キロ爆弾、5月25日処理予定)が控えているのでそれに備えたい」と話した。
処理班の3隊員も紹介され、班長の手塚2陸尉は「ベテランの安藤1曹の指導、補助を受けながら浅野2曹が信管を除去した。作業は特に難しいということはなかった」、安藤1曹は「順調に終わってよかった」、浅野2曹は「日々の訓練の成果が発揮できた」とそれぞれ感想を話した。

避難に混乱なし

警戒区域内の人口1万6494人のうち、市が設けた10カ所の避難所に避難したのは840人。域内の多摩川病院の入院患者144人は早朝から域外の北多摩病院に救急車で移送された。
対策本部近くの杉森小学校には午前9時半時点で94人が避難し、多くは高齢者か幼児のある家族だった。処理現場から約300メートルに自宅がある山元稔さん(72、空自OB)は妻・節子さん(68)、愛犬のロンと避難し、「市も住民の生命を守るため準備が大変だったと思う。自衛隊の爆弾処理自体に不安はないが、避難した後の防犯面が気になるので万が一に備えて貴重品は持参した」と話した。
警戒宣言の間、京王線は警戒区域を挟むつつじヶ丘―調布間で運休。新宿―つつじヶ丘間と調布―京王八王子間などで折り返し運転となり約7万人に影響が出たが、利用者への事前通知や配置職員の増員などで大きな混乱はなかった。