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 前事不忘 後事之師

第63回 なぜ第2次大戦は起こったのか
     何が起こるか知る者は1人もいない

 ポーランドを制圧し、ワルシャワ市内を行進するドイツ軍兵士

 第2次世界大戦勃発の原因を問われたら、多くの人はヒットラーの登場を挙げるのでしょう。確かに大戦勃発の原因はヒットラーによるところ大ですが、識者の何人かは、第1次大戦とその終結時に締結されたヴェルサイユ条約こそ第2次大戦勃発の構造的要因を生み出したと分析しています。例えば、国際政治学者であるキッシンジャーはその著書『外交』の中でヴェルサイユ体制の最大の欠陥はドイツを地政学的に強大にしたことであり、ドイツを力の均衡政策により適切に牽制しなかったことが大戦勃発の要因と分析しています。

 教科書レベルの歴史知識しかない私たちにとっては、ドイツは第1次大戦によって敗北し、ヴェルサイユ条約で厳しい制裁を受け弱体化したというのが常識ですが、地政学的にはそうではなかったとの分析です。

 キッシンジャーはヴェルサイユ体制がドイツを強化させ、しかもドイツが戦争を起こす口実を作った要因として、概ね次の事項を挙げています。第一に、ドイツはかつて東西二正面に敵を持つことで抑制されていたが、第1次世界大戦後、オーストリア・ハンガリー帝国の解体と革命後のソ連の孤立で東側に脅威がなくなったこと。第二にヴェルサイユ条約は、民族自決の原則に基づきポーランドやチェコスロバキアなどの小国を誕生させたが、誕生したばかりの国々の弱さは大国の侵略を誘う結果となったこと。そうした国家の誕生はかつてドイツと国境を接していたロシアとの間に緩衝地帯を生み出し、ロシアによるドイツへの牽制が弱まった。第三に民族自決の原則は中東欧に小国の誕生を生み出す一方で、オーストリアや独立後のチェコスロバキア、ポーランドに残された多数のドイツ系住民の民族統一の要求を支える根拠になったこと。

 キッシンジャーは「ヴェルサイユで解決を試みた者たちはドイツを物理的に弱体化しようとしたが、逆にドイツを地政学的に強化してしまった。長期的観点から見ると、ヴェルサイユ後のドイツは戦前に比べヨーロッパを支配するのにはるかに有利な立場になり、非武装という足かせを投げ捨てるやそれまで以上に強大なものとして現れることになった」と述べます。

 キッシンジャーの分析は鋭いのですが、私はこうした分析はその後の歴史の展開を知っているからできるのであって、重要なのは、当時の関係者たちが国際情勢をどう見ていたのかだと考えます。キッシンジャーによれば、ドイツと境を接し第1次大戦で大きな被害を受けたフランスの指導者達の何人かは、ドイツが強大化することに懸念を示していたようですが、キープレイヤーであったイギリスでは、チャーチルを除けば多くの政治家や外務省は、第1次大戦終了後、ヨーロッパで支配的な力を持つようになったのは、戦勝国フランスであって、ドイツはフランスへのバランスをとる国と見なしていたとのことです。

 この結果、「(ドイツを牽制し)ヨーロッパにおけるバランス・オブ・パワーを維持するためにはフランスとイギリスの団結が不可欠であったが、両国は無理解の中、相互ににらみ合ったままだった」とキッシンジャーは述べ、ヒットラーが登場し、ドイツの脅威が目に見える形になった時には、既に遅かったと説明します。

 私がここで注目するのは、プロの集団であるイギリス外務省ですらフランスが強国であると見積もり、主要国家の地政学的な力の比較という最重要な戦略レベルの分析を誤っていたことです。私も現役時代、情報分析の仕事にかかわっていた時に、グローバルなレベルでの国家間の力関係について読み違えはないと自負していましたが、百年前の事例を見ると不遜(ふそん)でした。キッシンジャーは「情報評価というのは、現実には政策決定を導くというより、それに“追従”するものである」と情報評価一般に対して厳しい判定をしています。確かに、情報活動は所詮、人が行うものであり、人間活動に内在する様々な不合理な要因に制約されます。旧約聖書(コヘレトの言葉)に「やがて何が起こるかを知る者は1人もいない」とあるそうですが、時代の流れの本質を予測することは至難です。

鎌田 昭良(元防衛省大臣官房長、元装備施設本部長、防衛基盤整備協会理事長)

 

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