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 前事不忘 後事之師

第57回 「国防は軍人の専有物に非ず」
     命がけで国の安寧を考えた加藤友三郎

 加藤友三郎

 誰にとってもその実現に全力を尽くした事業を途中で廃棄することは、辛く厳しい決断です。

 今からほぼ百年前、我が国にそうした決断をした提督がいました。1921年から22年にかけて米国ワシントンで開催された国際会議(ワシントン会議)に我が国全権として出席した加藤友三郎海軍大臣です。この会議は第1次世界大戦の終結を受け、アジア太平洋地域の緊張緩和と国際協調を目指して主要国の代表がワシントンに集まって協議したもので、議題の一つは海軍軍縮でした。

 当時、英、米、日の3カ国間では激しい海軍の建艦競争が行われていました。他方で英国は大戦の戦勝国でしたが、ロイド・ジョージ首相は戦争の疲弊によりこれ以上の建艦競争は困難と考え、米国に働きかけて米英主導で軍縮会議を主催し、日本の海軍増強を抑え込もうと目論みます。会議冒頭で主催国・米国のヒューズ国務長官が示した提案は、米英日の戦艦と巡洋戦艦合計66隻、190余万トンを一挙に廃棄した上で、3カ国の戦艦と巡洋戦艦の合計トン数の比率を10対10対6にするものでした。

 この提案は、日本海軍にとって二つの点で受け入れ難いものでした。第一は、仮にこの提案を受け入れると弩(ど)級戦艦8隻、巡洋戦艦8隻を建造するという海軍の悲願であった「八八艦隊」構想を断念せざるを得なくなることです。加藤も、海軍大臣としてその構想実現に全力を尽くし、大正10年には国家予算の32・5%もの海軍予算を確保しました。第二は、日露戦争後の日本海軍は米国を脅威と位置づけ、米海軍の7割の主要艦艇を保持することが不可欠とされていたことです。

 元海軍軍人で作家の豊田譲は、加藤友三郎の評伝の中で、「ワシントン会議における加藤友三郎の面倒な敵は米英の代表ではなく、会議の首席随行員で強硬に対米七割を主張する加藤寛治中将だった」と書いています。米国でも軍縮提案に賛同した海軍の提督は1人のみだったと伝えられており、強硬派加藤寛治の主張は有事に戦う立場の軍人の反応としては理解できます。しかし、加藤友三郎は次のように主張し、対米6割の受け入れを決断します。

 「国防は軍人の専有物に非ず。戦争も亦(また)、軍人のみにして為し得べきものに在らず。仮に軍備は米国に拮抗するの力ありと仮定するも、戦争の金は何処より之を得べしやというに、米国以外に日本の外債に応じ得る国は見当たらず。斯(か)く論ずれば日米開戦は不可能ということになる。国防は国力に相応ずる武力を備うると同時に、国力を涵養し、外交手段により戦争を避くることが国防の本義なりと信ず。仮に軍備制限問題無く、建艦競争を継続するとき如何(いかん)。米国の世論は軍備拡張に反対するも、一度其の必要を感ずる場合には何ほどでも遂行するの実力あり。米国提案の十・十・六は不満足なるも、この軍備制限案成立せざる場合を想像すれば、寧(むし)ろそれで我慢するを得策とすべからずや」

 国家全体の立場から将来を見通した視点の高い判断でした。

 加藤友三郎は実力海軍大臣であったことに加え、日本海海戦時に東郷平八郎連合艦隊司令長官の下での参謀長であった名声があり、後輩の強硬派加藤寛治を抑え込みます。しかし、加藤寛治は納得しておらず、加藤友三郎の病死後、1930年に行われたロンドン海軍軍縮会議では海軍軍令部長という要職で補助艦艇削減の条約に反対し、海軍内部に所謂(いわゆる)「艦隊派」と「条約派」という対立を生み出します。

 その後の歴史の展開を見れば、二人の加藤のうち、友三郎の「米国と戦うことはできない」との判断は正しいものでした。ワシントン会議を現場で取材し、『大海軍を想う』を著した伊藤正徳は、軍政家としての加藤友三郎を高く評価し、仮に友三郎が病魔に倒れることなく、日米開戦決定時に存命であったら、日米開戦について明確にノーと言っていただろうと書いています。

 加藤友三郎は海軍大臣、総理大臣の要職にあった晩年、その命を奪う病からくる下腹部の痛みをこらえて最後まで重責を担い続けました。私たちはかつて日本海軍に高い識見を持って命がけで国の安寧を考えた提督がいたことを、その「国防は軍人の専有物に非ず」との言葉とともに思い出すべきと考えます。

鎌田 昭良(元防衛省大臣官房長、元装備施設本部長、防衛基盤整備協会理事長)

 

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