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 前事不忘 後事之師

第42回 ヒットラーの台頭を考える
     相手に屈辱を与えれば、いずれは自らにかえってくる

 選挙という合法的な手段によって政権を獲得したナチスの党首、アドルフ・ヒットラー(中央)

 第2次世界大戦の始まりをドイツがポーランドに侵攻した1939年9月1日とするのであれば、今年は、第2次世界大戦が始まってから、ちょうど80年の節目にあたります。この節目の時に、侵攻をしかけた人物、ドイツの指導者ヒットラーの台頭について考えてみました。

 ヒットラーの極端な思想やユダヤ人の虐殺、ドイツ民族「生存圏」確保のために始めた戦争については、今では様々なことが明らかにされています。しかしながら、一番重要なことは「なぜ極端な思想を持ち、後世、大量虐殺者と評されるような人物がにわかにドイツで大物政治家にのしあがったのか」を考えることです。

 ポイントは、ヒットラーが党首となった国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)は、「選挙」という合法的な手段によって、政権を獲得した点です。1923年のミュンヘン一揆の失敗を受けて、ヒットラーは「クーデターによる権力奪取の試みは、国防軍や警察など既成の勢力を敵にまわすことになり、成功の見込みはうすい。今後は、ワイマール憲法下の合法的な手段を利用して権力を獲得すべきだ」と考えを改めました。

 このあたりが、ヒットラーがありきたりの暴力政治家と異なる点ですが、そうした方針転換の結果、1930年9月の国会選挙では107議席、1932年7月の選挙では得票率37・4%、国会に230議席を擁する第一党の地位に立つことになりました。

 このドイツにおけるナチス党の急激な台頭の背景の一つは、1929年にニューヨークの株式市場の大暴落に端を発した世界的な大恐慌の影響であり、経済的な困窮の中で有効な対策を示すことのできない既存の政治勢力への国民の不満でした。この大恐慌の影響以上に、ナチス台頭のより重要な背景は、第1次世界大戦終結後のパリ講和会議で決められたヴェルサイユ条約に対するドイツ国民の不満と怒りだったのではないかと私は考えます。

 ヴェルサイユ条約は「国際連盟」を提案するなど、先駆的な試みもありましたが、実質は、敗戦国ドイツに対する戦勝国の報復でした。ドイツは、ヨーロッパの領土や人口を1割以上削減された上に、海外に有していた植民地は放棄させられ、軍備も極端に制限されることになりました。最も報復的だったのは、天文学的と評された賠償金でした。結局のところ、ヴェルサイユ条約は、ドイツ国民にとっては、屈辱そのものであり、ドイツ国民の怨念を深めることになりました。

 ヒットラーは、その著『我が闘争』の中で、「民衆の圧倒的多数は、冷静な熟慮よりむしろ感情的に行動を決めるという女性的素質を持つ」と述べていますが、ヒットラーは、その一流の弁舌でヴェルサイユ体制に対する国民の〝怒りと不満の感情〟を巧みに煽って、合法的な政権取りに成功しました。

 ヒットラーと同時代を生き、ヒットラーの伝記を書いたセバスチャン・ハフナーは、その著書の中で、「かつてメッテルニヒが、ナポレオン戦争後のフランスをウィーン体制に組み入れたのと違って、第1次世界大戦の戦勝国は、敗戦国ドイツを平和秩序創設のメンバーに加えず、これを侮辱して叩き出した」と書いています。ヒットラーの台頭と第2次世界大戦の要因について本質をついた言葉です。

 近世ヨーロッパの歴史を振り返ると、1870年の普仏戦争以降の歴史展開の基軸は、台頭する強国ドイツをどのようにヨーロッパの国際システムに位置づけるかということでしたが、第1次大戦後のヴェルサイユ体制では、報復が優先された結果、それに失敗し、次の大戦の原因を生みました。

 ここから学ぶべき教訓は、恒久的な平和体制を構築するのであれば、各国が抱えるナショナリズムを乗り越えて、台頭してくる強国を上手に国際秩序の中に誘い込まなければならないということです。

 戦争に勝利しても相手を消し去ることができなければ、相手と共存していかねばならず、相手に屈辱を与えれば、いずれは自らにかえってくるという当たり前の事実を過激なナショナリズムの高揚の中で忘れないようにすること――難しいことですが、それが極めて重要な感覚だと考えます。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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