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 前事不忘 後事之師

第10回
 美男の皇帝―― 偽善を活用し、パクス・ロマーナを実現

 イタリアのルネッサンス時代の思想家であるマキャベリが著した『君主論』の中に、こんな言葉があります。「武装せる預言者は、みな勝利を収め、非武装のままの予言者は、みな滅びる」。「力」を伴わない言葉だけの為政者は敗北する運命にあることを述べたものですが、他方で持っている「力」をどのように使うのかは、その為政者の力量にかかっています。

 自らの持っている「権力」なり「力」の使い方がとても巧みであった為政者の一人は、ローマ帝国の初代皇帝になったオクタヴィアヌス(前63年~後14年)だったと思います。ユリウス・カエサルの遠縁であったオクタヴィアヌスは、紀元前44年に生起したカエサル暗殺後の内乱を、エジプトのクレオパトラとアントニウスの連合軍をアクティウムの海戦で打ち破ることで収拾し、ローマ政界随一の実力者になりました。

 当時のローマ帝国の最大の政治課題は、帝国の版図がイタリア半島を大きく超えて、現在のヨーロッパのみならず、南は北アフリカ、エジプト、東はユーフラテス川の東方地域に拡大する状況の中で、都市国家ローマ時代から続いていた少数の元老院議員による共和政体を維持していくことが本当に適切かどうかということでした。

 カエサルはローマが世界国家に拡大した状況では、もはや元老院議員による共和政は非効率であり、一人の指導者を中心とする「帝政」が効率的で望ましいと考えました。しかしながら、保守的な共和主義者の反発を受け、暗殺されます。

 オクタヴィアヌスもカエサルと同じ考えでしたが、ローマ政界随一の実力者となった後でも、強引に事を進めることをしませんでした。アクティウムの海戦の翌年、絶対権力者となった35歳のオクタヴィアヌスは、共和政体の維持を望む元老院議員を前にして、共和政体への復帰を宣言し、それまでオクタヴィアヌスが保有していた軍事と政治と外交の決定権のすべてを、元老院と市民の手にもどすことを明らかにしました。歓喜した元老院は、共和政体への復帰宣言の三日後、オクタヴィアヌスに、アウグストゥス(尊厳なる者)という尊称を贈ることを全会一致で決議します。

 塩野七生さんの『ローマ人の物語』の「パクス・ロマーナ(ローマによる平和)」の巻には、その後、オクタヴィアヌスが名目のみの権力は元老院に返しながらも、実質的な権力を誰からの反発も受けない形で、着実に掌握し、最終的に目標とする帝政を実現する過程が詳細に記載されています。「オクタヴィアヌスには、カエサルのようなカリスマ性も、軍略の冴えも、大向こうを唸(うな)らせる演説の能力も無かった。しかしながら、オクタヴィアヌスには、カエサルになかった資質があった。それは、『偽善』であり、オクタヴィアヌスはそれを存分に活用し、パクス・ロマーナを実現した」と塩野さんは書いています。

 力や権力を持っているからと言って、それをむきだしの形で使って自分の目指すことを実現するのでは、仮に事が成就したとしても、長続きはしないと思います。自分に敵対する勢力の声を聴いた形をつくりながら自分の欲する果実は確保する、確かに偽善的な手法ですが、反発も少なく、出来上がったものも長続きする賢明な戦術だと思います。因みにオクタヴィアヌスは、まれなる美男であったと伝えられています。偽善と美男、なかなか面白い組み合わせだと私は思います。

鎌田 昭良(防衛省OB)

 

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