T はじめに(検討の趣旨)

組織の根幹は「人」である。国民の痛みを自らの痛みとして、国民一人ひとりの平和と安全を守る自衛隊こそ、「人」を中心とした組織でなければならない。幹部自衛官は、防衛大臣の指揮監督の下、自衛隊の計画立案に参画するとともに、現場の部隊を指揮し、動かしていく核となる重要な役割を担う。自衛隊が精強であり、信頼される組織であり続けるには、幹部自衛官が優れた能力と高い人格を備えていなければならない。防衛大学校は、陸海空自衛隊の幹部自衛官を育成する我が国唯一の高等教育機関として設立され、来年度には創立60周年を迎える。この間、2万人を超える卒業生が日本の平和と独立及び国民の安全を守る任務を担い、今般の東日本大震災においても最後の拠り所として国民の負託に応えている。これは、戦後日本に相応しい民主主義時代の新しい士官教育を吉田総理から託された槇智雄初代学校長の教育理念とそれを受け継いできた先達の努力によるところが大きい。防衛大学校はこうした伝統を大切にし、絶えず再活性化しようとしてきた。
一方で、防衛大学校の教育は、日本を取り巻く国際環境や国内の変化に応じ、様々な変革を試みてきた。冷戦期における創設から、豊かな社会への対応、冷戦終結後の変革と模索、そして21世紀の安全保障の課題への対応と、それぞれの時代の要請に応じて、防衛大学校の果たすべき役割を再検討し、改善を重ねてきた。
自衛隊は、国と国民の安全を守ることを任務とし、国防、災害派遣、国際活動など様々な活動に従事せねばならない。21世紀の今日、自衛隊の担うべき任務は重層的となり、次々に生起する多様な事態に対して的確・迅速に対応することが求められている。
そのような多岐にわたる安全保障を担う組織のリーダーは、一朝一夕に養成できるものではないし、他の組織から突然にスカウトしてくることもできない。防衛大学校は創設以来、そうしたリーダーを手づくりで養成することを課題としてきた。そのため、軍事専門家である前によき社会人であることと、知・徳・体の均衡のとれた人格形成をめざすことを主要な教育方針としてきた。文理にまたがる学部レベルの高等教育、学生舎における共同生活、訓練、そして校友会活動を等しく重視すること、学生の自主自律を基本とすることなどは、かかる方針を実現するためのものとして、防衛大学校の教育の特徴となっているものである。
こうした防衛大学校の教育の伝統は貴重な資産であるが、今日、幹部自衛官育成の任務が大きな試練にさらされていることも明瞭である。上述の安全保障環境の激変と任務の多角化・高度化だけではない。国内社会の変容もまた無視し難い。豊かな社会が快適な生活環境を追求するあまり、危険や厳格な規律が好まれない風潮が生まれている。また、大学全入化時代を迎え、質の高い人材の獲得が著しく競争的となっている。こうした事態は、防衛大学校にとって容易ならざる状況である。さらに、日本社会の少子化は一層進むとともに、職業としての自衛官志向は他の職業と比べて未だ高いとは言えない状況が続いている。したがって、自衛隊が幹部自衛官として優れた人材を今後も確保していくことには大きな困難が伴う。
この度の防衛大学校改革の主眼は、こうした厳しい社会環境の中で、新たな時代の要請に応え、21世紀の幹部自衛官を養成するための有効な施策を検討することにある。
昨年9月24日、北澤防衛大臣は防衛大学校を訪問し、防衛大学校改革に関する指示を発出した。これを受け、防衛省内に、防衛副大臣を委員長とする防衛大学校改革に関する検討委員会が設置され、防衛大臣指示に示された5項目、すなわち、@防衛省・自衛隊における防衛大学校の使命と役割の再確認、A建学の精神に照らした自己評価、B幹部自衛官にふさわしい素地を持つ質の高い受験生を確保していくための施策、C21世紀に自衛隊が担う役割に対応する優れた知力及び体力と豊かな人間性を備えた幹部自衛官を育成するための教育訓練と研究の在り方、及びD上記(@〜C)の課題を適切に果たし続けるための態勢の在り方、についての検討を実施してきた。
検討にあたり、委員長は2度、防衛大学校を訪問し、授業や学生の生活を視察し、学生、教官、指導教官等から幅広く意見を聴取した。本報告書は、9回にわたる委員会での検討を経た結果を防衛大臣に対して報告するものである。
まず、第U章において、防衛大学校の建学以来の歩みを振り返りつつ、その使命と役割、建学の精神を再検証し、次に、第V章において、防衛省・自衛隊を巡る環境の変化とこれに応じて求められる幹部自衛官の資質を検討した。これらを踏まえ、第W章以降で、新たな時代において求められる防衛大学校の教育の在り方とこれを実現するための具体的な施策の検討の結果を記述した。
U 防衛大学校の使命と役割、建学の精神に照らした現状
1 建学の精神
防衛大学校の前身である保安大学校が昭和27年に創設されたのは、吉田総理の決断に基づくものであった。吉田総理は、戦後日本の安全保障を日米安全保障条約と日本自身の防衛力の組み合わせに求めた。吉田総理は、戦前の歴史の反省に立って、民主主義時代に相応しい「下剋上のない幹部」を養成する学校の設立を指示した。また、陸海軍対抗の弊を克服するため、陸海空の幹部を一つの学校で養成することを求めた結果、世界で最も早い時期に統合士官学校が日本に生まれることとなった。吉田総理は、小泉信三(注:元慶應義塾長(昭和8〜昭和22年))の推薦を得て、英国に学び、ヨーロッパ思想史への造詣の深い槇智雄を初代学校長に任命した。
槇初代学校長の下でつくられた建学の精神と教育方針の特徴は、三点にまとめることができる。
第一に、軍事専門家としての訓練を急ぐよりも、知・徳・体の均衡のとれた人としての土台づくりを重視したことである。「真の紳士淑女にして、真の武人たれ」という言葉の順序に示されるとおりである。国民との共感を培えるよう防大生も大学設置基準に沿う一般教育を受け、「広い視野、科学的思考力、豊かな人間性」を育むことにより、生涯にわたる幹部自衛官としての職責・任務をこなす器を築くことが肝要と考えた。
第二に、とはいえ武人としての基礎となる教育訓練を軽視したわけではない。創立当初、全学生に理工学を専攻させたのは、科学的・合理的思考を育むためであるとともに任官後の専門的技能(術科)をこなす上で有用と考えたからであった。規律ある学生舎生活、厳しい訓練、戦闘的状況を思わせる校友会活動や棒倒し競技などにおける激しいぶつかり合いは、いずれも真の武人育成に有用な営みである。槇学校長はこれらを愛し、防大生に勧めた。
第三に、学生の自主自律の伝統形成である。槇学校長の薫陶を受けて、8期・9期の学生自身の検討により、「廉恥、真勇、礼節」の学生綱領が定められた。防大生活において、大隊・中隊・小隊からなる学生隊組織を、各レベルの教官たちが指導するが、教官は、できるだけ学生の自律に多くを委ねて、上級生のリーダーシップと下級生のフォロアーシップを育てようとする。こうした学生の自主自律を尊重するとの方針も、槇学校長時代に形成されたものである。以上のような建学期に形成された教育と生活の形態は防大の伝統となり、その後の歴史の中で振幅と起伏を経ながらも、今も多くが根強く生き続けている。
2 防衛大学校の歩み
防衛大学校の三本柱という言葉がある。一般教育及び防衛学教育からなる学科教育、訓練、そして校友会活動を含む学生舎生活である。これらに即して、防衛大学校のその後の歩みを見れば、次のとおりである。
学科教育についてみれば、理工系中心の初期の教育から、その後、猪木正道第3代学校長の時代に、広い国際的視野を重視する観点に立って、人文社会科学系の充実が図られ、その後、理系8、文系2の学生比率となった。平成3年度より卒業生は学士号を取得することが可能となった。また、理工学及び総合安全保障それぞれにおいて博士課程までの研究科が順次設置され、一般教育は、高い水準を誇る充実したものとなっている。また、防衛学教育に関しては、建学当初の要員別かつ術科教育中心だった内容から、数次のカリキュラム改正を経て、要員共通で軍事的思考力を重視した教育に移行し、学問的な体系化も進められている。安全保障と危機管理分野の教育研究においては、社会科学と防衛学との協力連携が行われ、学術と実務の融合の観点から重要な機能を果たしている。
訓練については、幹部候補生学校との連接を考慮し、要員訓練の充実を図りつつも、基本動作の修得を重視し、リーダーシップの涵養に務めている。
学生舎生活は、人格教育の重要な場であるが、戦後我が国の社会の変化を反映して大きく振れることとなった。高度成長の中で物的基盤が改善されるとともに、個の尊重が説かれ、人材獲得の競争力を失わないための魅力化施策として、8人部屋から4人部屋を経て2人部屋へと移行した。しかし、それが規律の緩みの弊を招いたため、再び4人部屋、8人部屋へと回帰し、今日では4つの学年が2人ずつで構成する小コミュニティの単位と位置付けられている。校友会活動に関しては、当初2年間すべての学生が体育系の部活動を行い、学生舎生活とあいまって、フォロアーシップとリーダーシップの涵養及び体力の練成に大きな役割を果たし続けている。
また、防衛大学校では、平成4年から女性にも門戸を開放し、女性幹部自衛官を輩出してきている。
さらに、同じく防衛省・自衛隊の教育機関である防衛医科大学校との連携も少しずつ進められており、幹部自衛官として将来部隊で共に行動する者同士の交流が図られている。
近年は、防衛大学校が所在する小原台周辺の地域が大災害に見舞われた場合を想定した住民救出のための防災訓練を防大生が実施するなど、周辺地域との連携にも意を用いるようになってきている。
自衛隊の統合運用体制の下、防衛省・自衛隊が一体となって時代環境の変化に的確に対応していく上で、幹部自衛官育成の中心的役割を担うという防衛大学校の基本的任務はますます重要となっている。
防衛大学校は、21世紀における内外の新局面を迎えて、まさに新たな出発の入り口に立っている。
3 防衛大学校の現状
(1)一般教育
槇初代学校長の指導理念と教育目標は、民主主義社会における幹部自衛官となるべき者の教育の在り方を的確に示すものであり、今日においてもその意義は基本的には変わらない。しかしながら、創設当初のカリキュラムは、専門科目中心の知識注入型となっていた。また、社会情勢や学問分野の高度化・専門化の趨勢、特に平成元年の学科制導入後、学位授与の実現等もあり、結果的に、槇初代学校長の指導理念であった「基礎の重視」から専門教育における高度化・専門化へとシフトしたことも否定できない。これに対する反省もあり、その後は、基礎力・思考力重視、文理双方の交叉教育による基礎的素養の付与、選択科目拡大による自主性の涵養等を目指したカリキュラム等の見直しが行われている。
しかし、前回(平成12年)の大幅なカリキュラム改正から既に10年が経過している。その間、特に初等・中等教育における「ゆとり」教育の浸透や少子化に伴う大学全入化といった事態への対応が必要となっている。それに加えて、幹部自衛官に求められる能力と素養は、国防任務に加え、各種災害派遣への対応や本来任務化された国際平和協力活動も視野に入れた一層多様かつ高度な内容が求められるに至っている。そのため、これらの状況に対応した新たな施策が入試、カリキュラム、教育組織において必要な時期にあると考えられる。
(2)防衛学教育
防衛学は、建学以来、全学生必修の科目として、また防大でのみ体系的に教育される科目として重視され、幹部自衛官の入門・素養教育を担当する防大の共通・必修科目の柱と位置付けられてきた。平成9年度から実施されている現行カリキュラムは、教育科目を整理・体系化し、重要な教育内容を必修科目に取り入れるなど内容の改善を図りつつ、共通防衛学が充実、強化されている。
4年間にわたる防衛学教育の重心を後半におき、幹部候補生学校への連接を図るため、従来選択科目に位置付けられていた「防衛学特論」(注:陸海空要員別に少人数のゼミ方式で研究を行い、卒業を前に論文を作成する。「国防」「戦史」「戦略」「軍事技術」「統率」の5科目から選択して履修する。)を選択必修科目として、4学年前期・後期に履修させ、防衛学教育の総仕上げと位置付けている。
防衛学に対する学生の関心は高く、学生アンケートでは、最も熱中して勉強しているものとして英語に次いで防衛学及び国際関係が挙げられている。一方で、理系素養の乏しい新入生の増加や全校的な基盤教育の重視等の傾向を踏まえると、防衛学の教育科目及び体系の一層の改善と工夫が必要と考えられる。
(3)訓練
将来の幹部自衛官として必要な資質及び基礎的な識能を養成するという訓練課程の基本的考え方は、創設期以来不変である。具体的には、リーダーシップを中心とした幹部自衛官としての資質の育成を重視するとともに、基本動作及び小部隊の指揮官等として必要な基礎的識能の修得を目指している。
1学年時に集中して共通訓練の主要部分を行い、2学年以降は陸海空の要員別訓練の比重を高める訓練構成は、創設時以来継続されており、有効に機能している。共通訓練においては、近年は、特に統合運用の観点から陸海空自衛隊の相互理解を深める科目を重視しているほか、任務の多様化に対応するため、災害対処訓練及び国際協力活動関連の部隊研修を取り入れている。要員訓練は、各自衛隊の部隊運用の基盤を理解させること、及び小部隊の指揮法等を習得させることを目標として構成している。これらの訓練を通じて、防大生の各自衛隊に対応する要員マインドの育成とともに、早期の任官意思の確立を促そうとしている。
一方、1学年時は学生舎生活の繁忙感に加え、一般教育、訓練ともに履修科目が多く1学年の理解度は必ずしも満足する水準に至っていない。このため、1学年時の負担軽減を含め、各学年の訓練履修科目、時間の見直しを図る必要がある。また、訓練課程においては、硫黄島等の戦跡や部隊、学校の研修を通じて統率、使命観等への考察を深めることを目指している。いずれも自衛官の職務に不可欠であることが認識され、学生の取り組みも真摯である。訓練、研修を通じた教育は幹部自衛官としての人格形成には極めて有効であり、今後とも他の手段との連携に配慮しつつ更なる充実化を図り、効果的な実施を継続すべきである。
学生の訓練を指導する訓練教官は、生活全般を指導する指導教官が兼務している。その大半は初級の幹部教育のみを修了した若年幹部であり、かつ、着任時に訓練教官としての専門の教育を受けることもないため、各自衛隊の学校等で行うような訓練の質を提供できているとは言い難い。また、初級幹部にとって必要となる基礎的な識能のうち准曹の補佐を得て行うことが適当な科目(基本教練、射撃基礎、短艇等)に充当すべき准曹が十分に配属されていないため、訓練効率を確保できていない部分がある。同様に、演習場等において宿泊を伴う訓練などに際して、女子学生に対する指導のため同行する女性訓練教官を十分に確保することができないこともある。さらに、整備の行き届いていない施設や老朽化した資器材を使って実施されている訓練もある。
(4)資質・人格教育
建学以来の伝統である資質・人格教育(徳育)は、学校長が直接行う講話から日常のしつけ教育まで幅広く行われており、防衛大学校教育の中核を成す要素の一つである。
体系的教育としては、教育課程における「倫理、リーダーシップ」関連科目、防衛学の「統率」等関連科目、及び訓練課程における「共通補導」が該当する。
その他、学生舎生活、校友会活動、訓練課程の訓練・研修、各種競技会等は、実地経験を通じて社会人としてのモラルを養い、幹部自衛官としての職責を果たし得る総合的なリーダーシップを育成する手段となっている。
防衛大学校では大半の学生が、自主自律の精神の下、日々の教育訓練、学生舎生活、校友会活動に励んでいる。一方、犯罪やカンニングなどの発生は、最低限の社会的規範を守ることすらできない学生の存在を示している。また、幹部自衛官となるべき者としての使命観を確立していない者、規律と服従に対する理解の不足に起因すると見られる不適切な学生間指導及び自発性の欠如も指摘されている。これらの事実は、全学的な資質・人格教育が必ずしも十分な成果を上げるには至っていないことを示している。現在、訓練・学生生活を審議する場としての学校長を議長とした訓練補導(訓育)会議が存在するが、資質・人格教育を全学校的に行う上で中心的機能を有する組織はなく、訓練・学生補導と一般教育との連接が十分に行われているとは言い難い。資質・人格教育の一貫性を確保するため、制度的対応について検討する必要がある。
(5)学生舎生活
学生舎における集団生活は、人格形成教育の中核である。学生隊を編成して学生自ら規律と服従を身につけ、リーダーシップ、フォロアーシップを育成し、槇初代学校長が説いた「服従の誇り」を理解し、組織運営の経験を積む機会としている。例えば、綱領実践委員会は、学生の徳性を高めるための自主組織である。また、自主的活動として学生たちがもっとも情熱を傾ける校友会活動についての代議員会や学生委員会、あるいは同期生会などがあり、学生たちの自主性、責任感、管理調整能力等を向上させる場をなしている。学生舎の編成は、過去に2人や4人の少人数部屋、学年別編成などを取り入れたが、その結果自律性の向上は見られず規律の弛緩が蔓延したことから、現在は学年混合8人部屋へと戻している。その成果については現時点では明確になっていないが、ヨコ(同期)だけでなくタテ(上下)の関係をも育みつつ、部屋長を中心とする小コミュニティを形成できる利点がある。また、遵法の徹底、威圧的指導の排除、理性的指導など、現在行っている各種学生指導については徐々に効果を生みつつあると思われ、当面の努力を継続しつつ不祥事根絶のため更なる対策を講ずることが必要である。他方、学生長等の責任ある立場を経験する学生が限られていることから、受け身に傾き自主性を十分に向上させられない学生も少なくない。このため、学生舎生活の運営上の役割を担う勤務学生の機会の増加を検討する必要がある。
綱領実践委員会は、学生綱領の実践のため、学生間で討議、反省等の活動を行うこととしているが、活動の実効性が十分とはいえない実情がある。他方で、開校記念祭、各種競技会、国際士官候補生会議、学生セミナーなどの行事の学生責任者等は、積極的に業務の運営に関わり、先頭に立って範たる行動を示し、あるいは企画力、指導能力を向上させている。今後ともこの種の活動は拡大していくべきである。
また、1学年学生については、入校から夏季定期訓練までの3か月間に約30名、2学年進級時までの1年間では入校生の約1割が退校している。退校理由は団体生活への不慣れや低体力、あるいは新たな職業選択など様々であるが、学生舎生活における繁忙感や緊張感もかなり影響していると考えられる。学生舎における1学年学生の指導についても初年次教育の見直しの中で総合的に検討することが必要である。
(6)校友会活動
校友会活動は、気力、体力を充実させ、忍耐力、敢闘精神、チームワークなどの情操を発揚し、併せて自発的なリーダーシップを育成する場として、防衛大学校創設以来重視されてきている。現在も、入校後2年間は全員が運動部に所属することとしており、3年次からは体力維持を条件に文化部専属も認められている。現状は、優れた体力を身につけ、指導力も向上させるなど人間的に成長する場として活かしている学生が多くいる一方で、運動部の中でも活躍機会に恵まれない学生や、所属するだけで活動していない幽霊部員なども存在している。基礎体力向上に関心の強くない校友会もある。また、校友会活動に偏重し学業を軽視する学生の弊害についても指摘されている。このため、全学生の参加形態や校友会の再編など総合的に検討する必要がある。
(7)体力練成
幹部自衛官として要求される体力を練成する手段としては、教育課程(体育、体育競技会)、訓練課程(各競技会、体力向上訓練、遠泳)及び校友会活動がある。毎年行われる体力測定には学年に応じた到達基準が設けられており、学生個人の体力レベルは定量的に評価され個別の指導もなされている。一方で、卒業時に防衛大学校として4学年に求める到達基準に達していない学生が毎年度存在している。
自衛隊の精強性の基本は体力であり、精神面の強さ、知的向上心も体力に負うところが大きいことから、体力向上を図り、知・徳・体の十分な総合能力を身につけた学生を幹部候補生学校へ送り出すのが防衛大学校の責務である。
4 防衛大学校学生の誇り
(1)学生の誇りの源泉
防衛大学校学生の誇りは、一面において、自衛隊の社会的地位や国民の評価に帰着する。学生は敏感にこれらを察知し、幹部自衛官を生涯の仕事とすることについて、様々な心理的葛藤を乗り越え、信念や誇りを自分なりに確立していく。社会の中に自衛隊に対する根強い反対があった草創期と比べると防衛大学校学生を取り巻く今日の状況は大きく異なる。冷戦後、国連平和維持活動などに自衛隊の役割が拡大し、9・11テロ以降は、海賊対処、弾道ミサイル対処も含め更に内外の幅広い活動に従事することとなり、学生の心理面にも様々な影響があったと考えられる。
こうした中、平成22年度開校記念祭の統一テーマに学生自らが「矜恃」を掲げた如く、学生は、時代や環境を越えて国防という崇高な使命を担うことの誇りを自覚していると考えられる。58年に及ぶ歴史と伝統のある防衛大学校の存在意義は、輩出した幹部自衛官が大きな時代の変化に直面しても自衛隊の任務を完遂する原動力としてその役割を果たしてきたことによって証明されている。今や陸海空の現職自衛官及び退官者を含め、2万人を超える卒業生の強い絆が存在し、その世代を超えた絆も防大生の誇りの源泉となっている。換言すると、脈々と受け継がれている建学の精神、学生綱領、学生歌や伝統行事等の防大文化、学生舎生活等、小原台キャンパスに4年間を全力で生きること自体が防大生の誇りであると言える。ある学生は卒業に際してこう語った。「小原台での4年間は毎日が試練の連続だった。特に1学年の時が厳しかった。しかし、試練を一つ一つ越えてきたことが、今の自分にとって貴重な宝物になっている。自分は小原台を「魂のふるさと」と感じることになると思う。」
また、今般の東日本大震災への大規模な災害派遣は、国民の自衛隊に対する見方を大きく変えただけでなく、ボランティアに参加した学生をはじめ、防衛大学校の学生全体が、活動する自衛官の誇りを共有したものと思われる。
(2)「真の紳士淑女にして、真の武人」たる誇り
防衛大学校では、育成すべき将来の幹部自衛官たる学生の具体的なイメージとして、「真の紳士淑女にして、真の武人」という学生像が建学当初から受け継がれている。防衛大学校の日常生活には、一見無意味とも思われる習慣が受け継がれているが、それらは、実は軍事的に合理性のある慣習や制度、武人としての死生観や倫理観に由来する礼儀作法、あるいは紳士淑女として身につけるべきマナー等である場合が多い。「紳士淑女」の要件は、一概に定まらないが、にじみ出る上品さや自然と備わる威厳が必要であることは論を待たない。
学生は、演習場においては寝袋一つ、場合によってはポンチョのまま睡眠を確保できることが必要であると同時に、正装のディナーを楽しみ、厳粛な儀式にも物怖じしない格式も身につけなければならない。
生活習慣や時代環境の変化によって「紳士淑女」の在り方も変化するであろうが、人間の品性や品格に関わることは、長い年月をかけて醸し出されてきたものであり、個人の感性と社会全体の価値観によるところが大きい。物質主義・利益主義の風潮が強い現代社会において、防衛大学校学生は真の紳士淑女を目指す教育を受けている。真の「紳士淑女」であることは、人間全般に求められる規範である。幹部自衛官を目指す防大生はこれを共有しつつも、事に臨んでは危険を顧みず、国と国民を守るため献身する覚悟と使命観を持つものである。そのことに防大生は格別の誇りを覚えてしかるべきである。
(3)誇りの再確認
しかしながら、防衛大学校学生の意識調査の結果からは、幹部自衛官という職業に対する意識について若干迷いがあることもうかがえる。幹部自衛官の重要性は8割の学生が認識しつつも「我が国の独立と平和を守るため、重要かつ誇りを持つべき職業」と答えた学生はここ数年約5割にとどまっており、「誰かがやらなければならない大切な職業」といった比較的消極的な義務感を示す者が3割強になっている。また、9割の学生が任官の意思を固めているものの、「やや不安があるが進みたい」との回答が約3割あることも懸念される。一般的な若者の傾向等を踏まえつつ、一層きめ細やかな指導が必要と考えられる。
断片的に取り上げられる任官辞退や教育経費の話題、深刻な服務規律違反の発生等の問題は、学生の誇りを傷つけ、防衛大学校の在り方を揺るがしている。
これらの問題については、なぜそのような状況に至ったのか、原因を徹底的に究明し、新たな時代の防衛大学校を創っていくための施策が必要である。
また、昨年末に策定された「防衛計画の大綱」においては、複数の事態の連続的又は同時的生起も想定し、事態に応じ実効的な対応を行うとともに、国際協力にもこれまで以上に積極的に取り組み得る動的防衛力を構築することが求められている。かかる動的防衛力を支える将来の幹部自衛官は、従来以上に精神的拠点を強く持つとともに、「ノブレス・オブリージュ」(「高き者の責務」)を自覚することが必要である。そのような観点からも、防大生の誇りの原点を再確認しながら、入校時には普通の高校生であった防大生が時間を経て高い誇りを抱く幹部自衛官に成長するよう任務意識の涵養が求められる。
このため、建学の精神や理想とする学生像、防衛大学校特有の良き文化等が、時代毎に再確認され、継承され、常に学生はもとより学校全体で共有され、かつ社会に向けて発信されなければならない。そのためには、自校史教育を通じた建学の精神の理解、防衛大学校としての情報発信機能や広報体制の強化が必要である。
V 防衛省・自衛隊を取り巻く環境の変化への対応
1 安全保障環境、国内環境の変化と防衛省・自衛隊に対する国民の期待、要請
今日、我が国を巡る安全保障環境は急速に変化を続けており、その中で、我が国の防衛力の在り方も、自衛隊の活動も大きく変化している。「防衛計画の大綱」においては、「即応性、機動性、柔軟性、持続性及び多目的性を備え、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた動的防衛力を構築する」とされている。
自衛隊の活動については、平成22年の国際平和協力活動のみを見ても、ハイチ国際緊急援助活動、ハイチ国際平和協力活動(MINUSTAH)、東ティモール国際平和協力活動(UNMIT)、パキスタン国際緊急援助活動といった新たな活動が実施されるなど、世界各地で積極的に展開されている。また、ジブチを拠点とするソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動も継続している。自衛隊の任務はかつてないほどに高度化、複雑化、国際化の一途を辿っている。さらに、本年3月11日に発生した東日本大震災においては、陸海空自衛隊が統合任務部隊を編成し、10万人規模という空前の態勢で災害派遣を実施し、国民生活を守る最後のよるべとしてその能力を存分に発揮している。
一方、防衛省・自衛隊をとりまく社会環境もまた変化している。グローバリゼーションと科学技術の急速な進歩は、地理的、時間的な距離を縮め、世界の一体化を推し進めるとともに、社会全体を高度化、複雑化させている。自衛隊においては、装備品の省人化、高度化が実現される一方、装備体系の一層の複雑化が進んでいる。さらに、成熟した社会における国民生活の全般的な傾向である少子高学歴化、生活水準の向上などを反映し、国民の自衛隊に対する期待も多種多様になるとともに、自衛隊内部においても、その精強性を支える個々の隊員、入隊志願者の個性、価値観、ライフスタイルの多様化も進行している。
また、人的資源の制約や厳しい財政事情の下でも、自衛隊が担う安全保障上の課題は拡大の一途をたどっている。内外の環境が流動化し不透明性を増す中、自衛隊はこれまで経験したことのない事態に対処することが求められている。
このような中で、近年、我が国の防衛のみならず、災害派遣や原子力災害派遣、国際平和協力活動等における活躍を通じて、国民のために黙々と働く自衛隊、危険を顧みず任務の完遂に努める自衛隊員の毅然とした姿は国民の間に広く認識されており、自衛隊に対する期待はますます高まっている。
2 今後の幹部自衛官に求められる資質
自衛隊を巡る新たな環境の下で、必要とされる幹部自衛官の資質も変化している。現実に生起し得る複合事態においては幅広い資質や能力が要求される。危険を顧みず、専心職務の遂行に当たるという強固な使命観と責任感、事態の推移を的確に把握する情報力と判断力、多様化する隊員を束ねる包容力と統率力といったものだけではない。ますます国際化する任務に対応し得る国際感覚とコミュニケーション能力、サイバーや宇宙等新たな技術・環境の下で日常化する活動に適応する科学的思考力、国民との信頼関係に不可欠な倫理感と常識に裏打ちされた広報能力、社会に対する説明責任と情報保全・秘密保全を両立させるバランス感覚も必須である。さらには、シビリアンコントロールについての深い理解、選択と集中が不可欠な防衛力整備に取り組む熱意と工夫などもなくてはならない。要求される資質や能力は幅広い。したがって、幹部自衛官となる者の教育訓練にあたる防衛大学校における教育も、新たな時代の要請に応えるべく、建学以来築き上げられてきた伝統の上に、更なる改良を行っていく必要がある。
学生は、防衛大学校における4年間の教育に連接した陸海空幹部候補生学校における教育を経て、各部隊等において初級幹部として勤務する。防大は、幹部自衛官としての長い教育訓練の入り口であり、幹部として必要な基礎的素養を身につけるべき時期にあたる。4年間の学生舎生活で培った学生間の絆は将来の統合運用の基盤となる人間関係を築き、2学年から始まる陸海空要員別訓練は各自衛隊の特性に応じた精神(シーマンシップ等)を育み、幹部候補生学校でのより専門的な術科訓練の基礎を作る。将来の自衛隊に必要な幹部自衛官として育っていくためには、学生それぞれの幹部自衛官の道のりにおいて、上述のような多様な資質や能力を伸展させるための土台をしっかりと育むことが重要である。その上で、将来の自衛隊のリーダーたる幹部自衛官に求められる多様で専門的な役割に的確に対応できる素養を身につけねばならない。見落としてならないのは、自衛隊を巡る新たな環境の下で、必要とされる幹部自衛官の資質も、国家対国家の枠組みにおける武力紛争を前提としたものから大きく拡がりを示している点である。自衛隊が他国軍隊だけでなく国際機関、国家機関、非政府組織、あるいは地域社会と協働できることが不可欠の要素となっている。
千変万化の状況下において、多様な手段の中から最適解を素早く求める能力が一層重要となっている。
その一方で、今般の東日本大震災に対する大規模な災害派遣を見るまでもなく、いかなる新たな任務も、我が国防衛のために教育訓練された基礎・基本なくして成り立つものではない。だからこそ、部隊行動を基本とする自衛隊の要となる幹部自衛官の能力・資質として、基礎・基本のたゆまぬ錬磨と実状況における柔軟な応用発展の双方に対応できることが改めて重要となる。
防衛大学校における教育も、上述のような時代の要請に応えるべく、建学以来築き上げられてきた伝統の上に、更なる改善を図る必要がある。
3 防衛大学校の新たな役割
これからの幹部自衛官に求められる伸展性のある能力と資質を育てるために、一般科目教育、防衛学教育、訓練、学生舎生活や校友会活動によって、「知」「徳」「体」のバランス良い発展を目指す教育と、学生綱領にある「廉恥・真勇・礼節」の実践を通じて、幹部自衛官としての基盤的資質を獲得させていくことは今後とも不変である。これに加え、我が国の防衛から国際平和協力活動までの幅広い任務をグローバルな環境下で遂行するのに不可欠な柔軟な思考力と知的基盤の涵養をより重視することが必要となっている。
そのためには、防衛大学校の学科教育面においては次の三層からなる「基盤教育」を重視することが必要である。まず、民主国家において国民からの信頼を得られるだけの教養と思慮深さを涵養するための一般教育、教養教育である。
その上で、学部レベルの本科専門教育が、細分化した知識の詰め込みではなく、科学的・合理的思考力の錬磨を主な目的として行われねばならない。あわせて、専攻が人文社会科学系であると理工学系であるとを問わず、幹部自衛官としての任務の的確な遂行に不可欠な理工系素養と文系素養の双方を修得させる文理交叉教育が求められる。これら三層の学習を通して、21世紀に生きる幹部自衛官に伸展性ある基盤的な知的能力を培わねばならない。また、一層高度化、専門化した最先端の教育・研究については、博士課程まで設置された研究科での実施が期待できる。
防衛大学校は、士官学校として世界に類を見ない博士課程まで備えた総合的な高等教育機関である。今後は、一般の大学の教育活動の在り方も意識しつつ、地域や広く国民に対する安全保障に関する知識の発信拠点としての役割も強化していくことも求められている。例えば、公開講座や高校への出前授業など正課教育以外の教育活動、学外での講演会・研修会等へ講師派遣、出版等を通じて、広く国民に安全保障に関する知識を広げ、国防に対する意識を高めることに貢献することができよう。
防衛大学校が小原台の地に創設されてから、半世紀以上が経過している。米国の陸軍士官学校や海軍兵学校がウェストポイント、アナポリスといった所在地名で通称されているように、防衛大学校も、小原台の地にあって、さらに地域の誇りとしてその存在が住民に認識されることは、防衛大学校が地元からの大きな理解と協力を得て高等教育・研究機関としての役割を果たしていく上で重要なことである。また、例えば、ボランティア活動を通じた地域住民との交流は、防大生がよき社会人として人格を形成する機会としても期待できる。さらに、教職員による地域貢献、キャンパスを使用した広報行事の拡充などを通じて、地域の受験生及び保護者の間に進路の選択肢として防大認識が高まる効果も期待できるほか、我が国の防衛全般についての地域住民の理解と協力の確保にもつながると考えられる。
<以下次号> |