防衛関係資料


未来への安全保障・防衛力ビジョン
「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書

●はじめに
●第1部 新たな日本の安全保障戦略 
●第2部 新たな安全保障戦略を実現するための政策課題 
●第3部 防衛力のあり方 
●第4部 新たな「防衛計画の大綱」に関する提言
●付言  更に検討を進めるべき課題──憲法問題
●おわりに
 
第1部 新たな日本の安全保障戦略

1 21世紀の安全保障環境

 2001年9月11日、安全保障に関する21世紀が始まった。超大国米国の中枢部が、国家ならぬテロリストによって攻撃にさらされ、戦争にも匹敵する大被害を被った。国家からの脅威のみを安全保障の主要な課題と考えていればよい時代は、過去のものとなった。もはやテロリストや国際犯罪集団などの非国家主体からの脅威を正面から考慮しない安全保障政策は成り立たない。
 しかしながら、国家間の安全保障問題が消滅したわけではない。冷戦の終結により、超大国同士の核戦争という最悪の事態の可能性はほぼ消滅したが、核兵器は依然として存在し、拡散を続けている。イラクのサダム・フセイン政権は打倒されたが、他国を侵略しようとする国家がなくなったとは言い切れない。さまざまな国家間紛争が武力行使につながる可能性は依然として否定できない。世界各地における内戦や民族対立、政権不安定などの状況は、冷戦終結後の主要な軍事紛争の根源となっており、常に国際的な軍事対立につながる可能性を秘めている。
 いいかえれば、現在、世界の安全保障環境は、これまでと比較にならないほど複雑になっている。一方の極に非国家主体が引き起こしかねない、想像を絶するテロリスト攻撃があり、他方の極にきわめて古典的な戦争の可能性がある。その中間にあらゆる組み合わせによる危険が存在している。内戦に苦しむ国家、国内治安を自ら守れない国家は、テロリストが潜む格好の根拠地となりうる。現状変革をねらう国家のなかには、テロリストや国際犯罪組織とのネットワークを形成するものもあるかもしれない。海上交通路における海賊の被害には、すでに無視しえないものがあるが、重要な海峡が地域紛争や大規模テロによって閉鎖されたり、港湾施設が破壊される可能性もある。あるいは、インターネット上の愉快犯とテロリストや特殊な政権が結びつくことによって、予想もできないサイバー攻撃が発生するかもしれない。大量破壊兵器を含む武器は、公然・非公然の武器マーケットを通じて拡散し、武力紛争やテロ攻撃の可能性を増大させている。これらの脅威を生み出し、増幅する社会的・心理的背景としての原理主義、排外主義、極端なナショナリズムも世界各地に存在している。しかも、それらの脅威が、技術進歩の下に進むグローバル化によって、短時間で地球上のいたるところに移動・拡散する危険がある。
 地球大で進むこのような安全保障環境の激変に加え、東アジアに位置する日本は、地域に特徴的な安全保障問題にも直面している。確かに、冷戦の終結によって、日本に対する本格的な武力侵攻が行われる可能性は大幅に低下した。しかし、この地域には、二つの核兵器国(ロシア、中国)及び核兵器開発を断念していない国(北朝鮮)が存在している。北朝鮮の核兵器を含む大量破壊兵器開発や弾道ミサイルの開発・配備は、日本にとって直接の脅威となりうるものであり、朝鮮半島の不安定化は、東アジア国際関係の不安定化につながる。また、台湾海峡両岸の間で軍事衝突がおこる可能性も否定できない。もし東アジアにおいて大規模な軍事紛争が発生すれば、それは地域と世界の安全にとっての脅威にとどまらず、世界経済の安定にすら影響を及ぼしかねない事態となろう。日本周辺における資源開発やその他の問題をめぐっても、平和的な解決ができないということになると、日本の安全保障に対する影響は無視しえないものとなる。
 日本の安全保障を考えるにあたっては、世界の中での日本の役割や地政学的条件を考慮しておくことも重要である。日本は、資源やエネルギーの大半を海外に依存し、グローバルな通商活動により繁栄を維持している世界第二位の経済大国である。毎年1000万人を超える日本人が海外を訪れ、約100万人の日本人が海外で生活している。このように、日本は世界的な相互依存の上に今日の繁栄を築いているが、そのことは逆に世界各地の混乱から日本が影響を受けざるを得ないことを意味する。冒頭で述べた地球大で進む安全保障環境の変化は、このような世界的に行われる日本と日本人の活動に大きな影響を与えている。日本の近くでの脅威に加え、遠方での脅威についても考慮しなければならない所以である。国際安全保障は、かつてなく地域的限定をこえて一体化する傾向を示している。
 複雑化が進む世界の安全保障環境において、日本への脅威は、外部から来るとは限らない。オウム真理教の化学兵器によるテロを想起するだけで、内発的なテロ勢力や犯罪集団による脅威は明白である。それらが外部の脅威とネットワーク化する危険も十分ありうると考えなければならない。特に、わが国は狭隘な国土に多数の人口を抱え、経済社会を支える重要施設が都市部、沿岸部に集中するなど、テロ等に対して脆弱性を有している点に留意する必要がある。
 安全保障とは、国民が大事だと思う価値がさまざまな脅威から守られることである。このうち最も根源的な価値は、国民の生命・財産であり、国家の領土である。しかし、守るべき価値はこれらにとどまらない。民主主義国における安全保障は、自由で民主主義的な制度を含め、国民が大切にしている社会生活や文化的価値を守るというところまで広がらなければ、十分に確保されたことにはならない。仮に犠牲者は出なくとも、領域内に武装工作船が侵入し、これに対処できないということになれば、やはり日本の安全保障は脅かされているのである。わが国での破壊活動を目的とする国際テロリストや他国の工作員が潜入することを許すのが大きな危険であることは言うまでもない。また、大規模災害によって国民の生命・財産が脅かされたり、海外の騒乱によって在外邦人の安全が脅かされたりするならば、これを守ることも安全保障と考えなければならない。重要な資源・エネルギーや食料の供給途絶も国民生活を脅かす安全保障問題である。これら国民に脅威を与える事態が相互に関連しあう可能性も否定できない。武装工作船にしても大規模災害にしても、他の安全保障上の脅威と結びついて被害が拡大することを阻止する必要は常に存在するのである。

2 統合的安全保障戦略

 このように複雑な21世紀の安全保障環境の下で、日本はいかなる安全保障戦略をとるべきであろうか。いうまでもなく、戦略とは推進すべき目標に対して適切なアプローチを組み合わせて、その実現をはかる統合的な方策である。したがって、新しい安全保障環境の下で新しい戦略を考えるということは、目標として何を設定し、その実現のためにいかなるアプローチをとり、それらのアプローチを統合的に実行するためにどのような仕組みを考えるかということになる。
 統合的安全保障戦略における大きな目標は二つある。第一は、日本に直接脅威が及ぶことを防ぎ、脅威が及んだ場合にその被害を最小化することである。第二の目標は、世界のさまざまな地域において脅威の発生確率を低下させ、在外邦人・企業を含め、日本に脅威が及ばないようにすることである。端的に言えば、第一は日本防衛という目標であり、第二は国際的安全保障環境の改善という目標になる。
 これらの目標を達成するために、どのようなアプローチがあるだろうか。まず考えられるアプローチは、日本自身が行う活動である。ただし、安全保障に関してすべてを独力で行うというアプローチは、もはや適切ではない。かつて「国防を全うするに足る兵力」を求められた時代もあったが、第二次世界大戦後の世界においては多くの国々にとってそれは不可能に近い。また、それをあえてすることは、安全保障のジレンマ(注1)を生み出しやすいという欠陥もある。したがって、他国との協力というアプローチを組み合わせることが必要となる。これは次の二通りに分けて考えるのが適切であろう。すなわち一つ目は、利益や価値観を共有する同盟国との協力というアプローチ、二つ目は、国際社会全体との協力というアプローチである。
 以上から、今後目指すべき日本の安全保障戦略は、(1)日本自身の努力、(2)同盟国との協力、(3)国際社会との協力という三つのアプローチを適切に組み合わせることによって、自国防衛に備えるとともに、国際的安全保障環境の改善を図る、そのための統合的な方策ということになる。
 安全保障戦略の目標とアプローチをこのように整理してみると、これまでの日本における考え方は、やや狭い戦略であった。自助努力としての自衛隊の活動に日米同盟を組み合わせて日本防衛に対処することに焦点があてられたのは当然のこととしても、国際的安全保障環境の改善による脅威の予防については、日本の安全保障に直結する任務というよりは、「国際貢献」というやや第三者的ニュアンスの言葉で語られることが多かった。これに対し、今後の日本の安全保障戦略においては、二つの目標がより統合的に追求されなければならない。二つの目標と、それぞれに対する三つのアプローチのすべての側面において、日本の保持する能力を適切かつ統合的に結集する努力が必要となっている。
 そこで、以下に(1)日本防衛、(2)国際的安全保障環境の改善による脅威の予防、という二つの基本目標について、それぞれ三つのアプローチに即して論じていく。

 (1)日本防衛

 ア 日本自身の努力
 いかなる安全保障政策においても、根幹となるのは自らが行う努力である。このアプローチの目標は、日本に対して脅威が直接及ぶことを防ぎ、もし及んだ場合にもその損害を最小限にくい止めることである。こうした日本自身の安全保障努力は、日本の防衛を効果的に実現するものでなければならず、他国に脅威を与えるようなものであってはならない。また、日本は核兵器を保有すべきではない(注2)。
 まず、日本自身の努力において自衛隊をどのように活用するか、という点について考えてみたい。1976年の「防衛計画の大綱」以来、この課題に答えるために提示された概念が「基盤的防衛力」の考え方であった。基盤的防衛力とは、緊張緩和が進む国際環境の中で、自らが力の空白となって侵略を誘発することのないようなレベルの防衛力、別の言い方をすれば、「限定的・小規模」な攻撃に対して容易に既成事実を作らせないような拒否力として機能する防衛力であるとされてきた。また、必要な場合は、脅威に対応できるよう、防衛力を円滑に拡充させられるという意味でも「基盤的」なものであった。
 今日の国際情勢には、国家間関係としてみれば緊張緩和が進んでいるという面で1970年代や1990年代に共通する部分がある。その意味で言えば、自衛隊が保持すべき能力としての「基盤的防衛力」という考え方が有効な面があり、こうした部分は継承していく必要がある。しかし、冷戦終結後十数年を経て、日本に対する本格的な武力侵攻の可能性は大幅に低下している。一方、テロリストなどの非国家主体による攻撃という、従来の国家間の「抑止」という概念ではとらえにくい脅威が深刻な問題となっている。その意味でも国家からの脅威のみを対象にしていた基盤的防衛力の概念は、こうした安全保障環境の変化を踏まえて見直す必要がある。本報告書の提起する概念は「多機能弾力的防衛力」というべきものであるが、その詳細は次節に展開する。
 いうまでもなく、日本への直接的な脅威に対処するための自助努力は、自衛隊のみが行うものではない。日本全体で総力をあげて行う防衛活動である。これまでは第二次世界大戦への反省に基づく日本の平和主義もあり、自国への脅威に対して、国家の総力をあげてこれに取り組むという観点は、忌避されることが多かった。有事法制に言及することすら問題であるという風潮もあった。しかしながら、近年、安全保障に関する国民の理解も進み、有事関連法制も整備されるに至った。引き続き、自衛隊をはじめ、日本全体として安全保障に取り組む体制を早急に整備しなければならない。海上保安庁や警察などと自衛隊との協働は不可欠であり、これら治安担当機関の能力を向上させる必要がある。加えて地方自治体を含む公的組織の協力、さらには民間の協力も必要となる。
 日本国内の総力を結集するためには、情報収集・分析能力の向上をベースにした日本政府の危機管理体制を確立する必要がある。縦割組織の弊害を排除して迅速・的確に危機に対処するため、最新技術を駆使した情報体制を確立し、関係各組織の情報を共有して、政府の意思決定・指揮命令に活かすことのできる態勢を内閣の下に整えるべきである。情報を収集するのみならず、これを的確に分析できる人材の育成も不可欠である。こうした新たな情報体制を基盤としつつ、安全保障会議の機能を強化し、これを平素から有効に活用することにより、真に国家の安全保障政策の中枢となる組織に発展させていく必要がある。
 国としての統合的安全保障戦略を策定するにあたっては、安全保障を達成するための、わが国の各種の基盤についても考察しておく必要がある。防衛力の生産・技術基盤に関する政策についても、軍事技術・装備の革新が進む中で、同盟国や友好国との共同研究や開発が可能となる仕組みがなくてもよいのか、また、関連する法制度についても、より合理的な安全保障政策を実現するとの観点から見直しを行う必要がないのか、さらに議論を深めることが望まれる。

 イ 同盟国との協力
 日本防衛のための第二のアプローチは、同盟国との連帯行動である。日米安全保障条約に基づく日米同盟こそ、このための恒常的制度である。日本周辺の国際環境は、すでに述べたとおり、依然として不安定性に満ちており、核兵器などの大量破壊兵器による紛争の可能性も完全には否定できない。弾道ミサイルによる脅威も存在する。その意味で、今後とも日米同盟の信頼性を相互に高めつつ、抑止力の維持を図る必要がある。とりわけ核兵器などの大量破壊兵器による脅威については、引き続き、米国による拡大抑止(注3)が必要不可欠である。さらに、大量破壊兵器とその運搬手段としての弾道ミサイルの拡散が深刻な事態をもたらす可能性があるなど、従来の抑止が効きにくい状況があることから、米国の核抑止を補完する必要がある。このため、弾道ミサイルからの脅威については、米国との協力の下に、有効な弾道ミサイル防衛システムを整備していかなければならない。日本周辺地域で発生する日本の平和と安全に重要な影響を与えるような事態(周辺事態)に対しては、日本への脅威の波及を防ぐために日米の協力が不可欠である。こうした事態に備えた協力体制の整備を継続的に進め、現実の運用にあたっても日米協力の信頼性向上に努めていかなければならない。

 ウ 国際社会との協力
 日本の防衛において、国際社会との協力は、自助努力や日米同盟ほど大きな位置を占めるものではなかった。しかし、さまざまな領域で行う外交活動や国民レベルでの交流が日本への理解を増進し、いわば間接的に日本の防衛に役立ってきていることは間違いない。さまざまな二国間関係や多国間関係の枠組みを通じて行う外交活動、安全保障対話、軍事交流や警察、海上保安庁その他の行政組織間の交流は、国家間のいたずらな緊張を回避するとともに、日本に対する安全保障上の脅威が発生したときの国際協力態勢の基礎となる。特に、国際テロへの対応については、テロリストの摘発・逮捕や、国際テロ組織に対する資金規制に向けて、情報面などにおける国際的な協力や水際対策を充実・強化していく必要がある。また、海外における日本人や日本企業の安全確保のために、関係諸国と緊密な協力関係を築くとともに、関係機関が連携して、緊急事態における邦人の退避等を円滑に実施しうる態勢を平素から整えておく必要がある。

 (2)国際的安全保障環境の改善による脅威の予防

 ア 日本自身の努力
 世界各地における脅威の予防に関しては、日本は国際社会や同盟国と連帯して行動することを原則とすべきであろう。日本が自衛権の範囲をこえて単独で世界各地の軍事問題に介入し、武力を行使することは、憲法違反であるのみならず、国際政治的にも望ましくない。したがって、平和維持や平和構築活動、人道支援に対する自衛隊の活動は、原則的には、国連安全保障理事会決議などに基づく国際社会の活動の一部として行うべきである。
 しかし、脅威の予防について、日本が自ら主体的に実施すべきこともある。これまで日本が行ってきた二国間の開発援助は、多くの国々の国づくりに役立ち、経済発展に貢献し、実質的にわが国の安全保障にも寄与してきたと考えられる。こうした援助や外交活動、さらには警察などの協力は、国際社会と連帯して行いうるのみならず、日本独自の活動としても実行すべきであろう。とりわけ核兵器関連技術の拡散については、日本は独自の外交活動として、あるいは多国間の取組の一環として、その防止のためにあらゆる努力を傾注すべきである。大量破壊兵器の処分、地雷除去、小型武器の回収など、人々の安全に直結した分野で国際協力の可能性が拡大している今日、これらの分野でもいっそう積極的な対応が望まれる。また、直接的には安全保障に関連しているように見えない一般的な外交活動や文化交流、さらには民間の行う貿易・投資活動による雇用や技術移転、人材育成なども、実は間接的に安全保障につながる役割を果たしていることを認識すべきである。
 特に、北東アジア地域において軍事紛争が生起すれば、それは日本の安全に直結する。また、日本は資源・エネルギーの大半を海外に依存しているため、中東から南西アジア・東南アジアを経て、北東アジアに至る地域が不安定化したり、そこを通る海上交通路が脅かされたりすれば深刻な影響を被る。わが国は、この地域の不安定化を防ぐため、上に述べたような外交活動、経済活動などを積極的に展開すべきである。また、相互理解のための文化交流や地道な外交活動などを通じて、極端なナショナリズムの台頭を抑えることが、この地域の安定を保つために不可欠であることも忘れてはならない。

 イ 同盟国との協力
 わが国が国際的安全保障環境の改善をはかり、脅威の予防を考えるとき、日本が同盟国である米国との協力を行うことは当然である。民主主義、市場経済、法の支配、基本的人権などの共通の価値観を保持する日米両国は、他の同様の価値観を保持する国々とともに、共通の認識を持ち共同行動を起こすことが容易だからである。また、国際的安全保障環境の改善を図ろうとするとき、卓越する国際的活動能力を持つ米国との適切な協力を考えることは、きわめて有効な手段である。日米同盟を地域的、国際的な平和と安定に資するものとなるよう細心の注意を持って運営し、日米間で緊密な協議を行うべきことはいうまでもない。
 軍事面に着目しても、日米同盟関係は直接的な日本防衛に加えて、国際社会における脅威の発生そのものを予防する機能を高めつつある。そもそも、日米同盟による抑止力は、必ずしも特定の国に対する直接的抑止力を意味するわけではない。地域における米国の軍事プレゼンスは、軍事紛争を抑制する効果がある。周辺事態に対処するための日米の協力体制は、周辺事態の発生そのものを予防するという効果もある。そうした意味で、日米同盟には、地域の諸国にとって公共財的な側面があるとみることができるのである。
 東アジアにおける脅威の発生を防ぐ役割に加え、中東から北東アジアにかけての「不安定の弧」の地域における、テロや国際犯罪などさまざまな脅威の発生を防ぐ意味からも、日米の同盟関係を基にした幅広い協力は重要である。米国の世界戦略の変革の中で、積極的に日米の戦略的な対話を深めることによって、両国の役割分担を明確にしつつ、より効果的な日米協力の枠組みを形成すべきである。
 さらにまた、テロ対策特別措置法に基づくインド洋での自衛隊の活動や、イラク特別措置法に基づく日本のイラクにおける活動のように、国連安保理決議などに基づく国際社会としての行動を効果的にするためにも、米国を中心とする諸国との緊密な協力が必要である。これらの活動がさらに有効に機能するよう、日米間の戦略的な対話において検討を深めるべきである。

 ウ 国際社会との協力
 日本の安全保障戦略にとって、今後ますます重要になるのは、世界各地の脅威削減に向けた国際社会との協力である。その典型的な活動は、内戦や地域紛争状態にある国々で平和を回復し、その平和を維持し、さらには復興から国づくりに至る平和構築を行うことである。その実現には、自衛隊、文民警察、行政官、ODA関連組織、民間企業、NGOなど、さまざまな人材が密接に連携した人的貢献が必要となる。ODAなどの資金協力を活用した、HIV/AIDSなどの感染症対策や、教育水準の向上と人材づくり支援、貧困要因の除去の努力、いわゆる「人間の安全保障」(注4)を実現する努力などもまた、紛争予防や世界各地の安定につながる大事な活動である。こうした国際社会の総力を結集した活動に参加することで、「破綻国家」を世界からなくしていかなければならない。かつて日本で国際協力といえば、日本の安全保障に直結する切実な活動であるとの認識が不足していたが、今日、世界各地で行われている国際平和構築や「人間の安全保障」実現に向けた活動は、それ自体が日本の安全保障に直結する活動ととらえるべきである。ある国が国際テロ組織の聖域となるような状況を防ぐことは、世界の安定だけでなく、日本の国益に深く結びついているのである。
 核兵器などの大量破壊兵器や、その運搬手段としての弾道ミサイルの拡散を防止することは、日本にとって、安全保障の問題であるとともに、唯一の被爆国としての歴史的使命でもある。大量破壊兵器がテロリストにわたったときの危険を考えると、この問題はいくら重視しても重視しすぎることはない。核兵器不拡散条約(NPT)をはじめとする軍縮・不拡散関連の条約や輸出管理の国際枠組み、拡散に対する安全保障構想(PSI=注6)などを、より一層普遍的な国際的枠組みとし、それらの機能を強化するための努力を行わなければならない。特に、これらの条約や枠組みの実施に困難を覚える途上国に対しては、適切な協力を考える必要がある。
 また、テロの脅威を予防するため、日本の法制度・能力を先進諸国に劣らない水準に高めるとともに、多国間・二国間及び地域フォーラムなどの場を通じた外交努力や、警察及び司法当局間の協力を強化する必要がある。テロリストに安住の地を与えないための国際的なルール作り、テロ対処能力の低い途上国に対する能力向上(キャパシティ・ビルディング)の支援などが重要な課題となる。現在のテロの根本原因に対処するために、イスラム穏健派の国々との関係強化や中東地域での国づくりや社会の安定化に協力することも必要である。
 資源・エネルギーの大半を海外に依存する日本にとって、海上交通路の安全確保はとりわけ重要な課題である。近年頻発する海賊や国際犯罪組織の不法行動、さらには沿岸国における紛争などは海上交通路の安全に重大な影響を及ぼすものであり、これらに対処するため、関係各国との協力体制や国際社会の枠組みづくりが求められている。
 世界からの脅威の発生を削減する努力のもう一つの柱は、多国間の信頼醸成・予防外交・紛争処理メカニズム構築など、国際的な制度化の努力である。最も包括的なレベルでは、国連安保理の機能を強化することであり、より地域に密着した形態としては、たとえばASEAN地域フォーラムの活動強化などがある。各国の軍隊との間の安全保障対話や交流も同様に重要な柱である。
 日本が国連安保理の常任理事国となることは、国際社会と連帯した日本の努力を効果的にする点で重要である。日本が常任理事国として活躍することによって、より一層多国間協調が進展し、各地における平和構築の効果があがることになれば、まさにそれが日本の国益であり、国連システムを改善することにもつながる。

 (3)安全保障戦略における統合性の確保

 以上のとおり、日本防衛と国際的安全保障環境の改善という二つの大きな目標の達成には、それぞれ三つのアプローチを適切に組み合わせる必要があり、日本の安全保障戦略には六つの構成要素ともいうべき活動領域が生じる。これは、あくまでも戦略概念としての整理であり、その実践にあたっては、あらゆる面で統合性を確保することが必要となる。各構成要素が特定の組織に対応するわけでなく、それぞれの構成要素において、関係省庁の力を結集することが必要であり、地方自治体や国民の協力も求めなければならない。
 また、この六つの構成要素は、それぞれ独立に存在するものではない。日本防衛のための自助努力と国際的安全保障環境の改善のための国際社会との協力は、密接に関連している。自助努力が適切にできる能力をもっているからこそ、国際社会との協力ができるのであり、国際社会との協力実績の積み重ねが、日本への脅威の減少につながるのである。
 統合的な戦略を効果的に実施するためには、統合的な意志決定の仕組みが必要である。内閣総理大臣のリーダーシップの下、日本の安全保障に必要な六つの活動領域すべてについて日常的に留意・観察し、適切な政策方針を策定する意思決定の中枢的機能が存在しなければならない。この点については、安全保障会議をしかるべく活用し、中長期的な安全保障の戦略中枢として、六つの構成要素をどう関連させ、どの組織にいかなる役割を課すかを決定すべきである。以上のような多面的な統合が実現して、はじめて新しい安全保障戦略が十全に機能することになるのである。

3 新たな安全保障戦略を支える防衛力〜多機能弾力的防衛力〜

 新しい統合的安全保障戦略の下で、自衛隊はいかなる能力を保持すべきであろうか。まず、これまでの防衛力の位置付けとの比較から、その内容を考えてみたい。現行自衛隊法は、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」としており、同法が主任務として具体的に規定している行動は、日本に対する脅威への対処となっている。安全保障の二つの目標のうち、第一の日本防衛を中心にその任務が規定されてきたわけである。これまでの基盤的防衛力の概念の下で、脅威をもたらす存在として国家が想定されてきたことも明白である。つまり自衛隊は、他国からの脅威に対して主として国内で日本を守る存在であった。しかも、そうした観点で整備されてきた自衛隊の能力をその目標のために使用する必要は幸運にも発生しなかった。第二次世界大戦後、日本に対する侵略が一度も生起しなかった背景には、そのように整備してきた自衛隊の「拒否力」ないし「基盤的防衛力」があったとみられる。まさに自衛隊は「存在」することによって、その目的を達成してきたといえるだろう。
 しかしながら、1990年代以降の現実は、このようなあり方に対して、いくつかの修正を迫ってきた。湾岸戦争直後には、機雷除去のために掃海艇がペルシア湾に派遣され、1992年にはPKO協力法の下でカンボジアに国連平和維持活動のための部隊が派遣された。また、テロ対策特措法やイラク特措法の下、自衛隊がインド洋やイラクでの活動をすることになった。今や、自衛隊は、主として国際的な場において、さまざまな活動を展開するようになってきた。
 1990年代に行うようになったこれらの国際平和協力活動は、法的には当初想定された自衛隊の本来任務とは異なるものであった。しかしながら現在の安全保障環境とこれに対する日本の戦略という観点からすれば、これらの活動は、まさに「国際的安全保障環境の改善による脅威の予防」という目標のために行われてきたのだと見ることができる。このような変化は、公式の戦略や政策に反映されなければならない。
 他方、わが国の防衛という観点からみても、自衛隊の装備に見直しの必要が生じている。たしかに日本周辺において、国家間紛争に起因する脅威が消滅したわけではない。しかし、冷戦時代の潜在的脅威に対応した編成・装備・配置が、現在存在している新たな脅威に真の意味で対応しているかどうかは再検討の余地がある。さらに1990年代以降発生した弾道ミサイルの脅威や武装工作船対応の問題などからみても、これまでのあり方には見直しが迫られている。とりわけ、非国家主体の引き起こすテロについて、これまでの基盤的防衛力の考え方のみで対応できないことは明らかである。いうまでもなく、基盤的防衛力の考えを見直すということは、それ以前の脅威対抗型の所要防衛力の考え方に戻るということではない。軍事的脅威に直接対抗するのではなく、自らが力の空白となって周辺地域の不安定要因とならないよう一定規模の防衛力を保有するという基盤的防衛力構想の有効な部分は継承しつつ、さまざまな脅威に現実に対処しうる実効的な防衛力構想が求められているのである。
 それでは、現在の安全保障環境の下、自衛隊はいかなる能力を保持することが求められているのか。具体的な内容は各論にゆずるが、一般的にいえば、自衛隊の保持すべき能力とは、統合的安全保障戦略で検討したさまざまなアプローチに貢献する能力だということになる。日本防衛という観点からいえば、弾道ミサイルをはじめ、国家間紛争に起因するさまざまな脅威への即応対処能力や情報収集・分析能力、さらには伝統的脅威の復活の可能性にも備えた一定程度の「基盤的」能力を持たなければならず、非国家主体からのテロなどへの対応能力も持たなければならない。大規模災害への対処能力は継続して維持強化しなければならない。また日米同盟関係を有効に機能させるための適切な役割分担を行うことも必要である。加えて、周辺国との信頼醸成に努め、可能な地域的協力を進める必要がある。さらに、国際的安全保障環境の改善という観点からいえば、有効な国際平和協力活動を行う能力が必要である。そのための日米協力や諸外国との安全保障対話などへの参画も必要とされる。今後の防衛力はこのように多くの機能を果たしうるものでなければならないのである。
 しかしながら、防衛力整備を取り巻く日本国内の環境には制約要因も大きい。第一は、少子化という人口学的制約であり、第二は、厳しい政府財政という制約である。このような制約も考慮するとき、今後の防衛力整備の鍵は、統合的安全保障戦略の考え方に基づき、いかにして現存する組織の運用の仕方、組み合わせの仕方、スクラップ・アンド・ビルド、さらには同盟国である米国との役割分担などを通して、さまざまな機能を有効に果たす体制が作れるかということになる。
 それは、これまでの自衛隊の実績から考えて不可能なことではない。これまでも基盤的防衛力として整備されてきた自衛隊が、災害救助や平和維持活動に立派に従事してきているからである。このような実績を踏まえ、さまざまな組織単位をさらに弾力的に運用することによって、多機能な能力を発揮できるようにすることが必要である。民間企業のノウハウも参考にしつつ、最新の情報技術を活用し、指揮命令系統の柔軟な見直しを行い、適切な教育・訓練・整備計画を実施していけば、規模を拡大することなく、数多くの機能を果たすことは可能である。政府においても、2003年12月の弾道ミサイル防衛システムの整備に係る閣議決定において、「同事業の実施にあたっては、自衛隊の既存の組織・装備等の抜本的見直し、効率化を図るとともに、防衛関係費を抑制していく」旨を決定している。
 多機能弾力的防衛力の要は、情報収集・分析力である。テロなど新たな脅威への対応には、国の情報能力のレベルが決定的な意味を持つ。自衛隊の能力をどこでどのように使えば最大の効果があるかを判定する基礎も、情報の力である。情報収集・分析力こそ、ハードとしての防衛力の効果を何倍にもする乗数(マルチプライヤー)であり、既存の組織・装備等の抜本的な見直し、効率化を図りつつも、複雑・多様な脅威に対処しうる機能を維持する「多機能弾力的防衛力」の基礎である。
 新しい安全保障環境の下、自衛隊の保持すべき能力をここで述べた多機能弾力的防衛力という考え方に基づき整理し直し、その整備計画を再検討しなければならない。今ほど自衛隊のしなやかな組織的対応努力に国民の安全がかかっていることはかつてなかったといえよう。

 注1 安全保障のジレンマとは、各国がそれぞれの軍事合理性に基づいて、一方的に防衛力整備を行うと、これを見た他国がさらにそれに備えて防衛力を整備し、これに対してさらなる軍事力整備が行われ、それぞれ合理的な行動の結果が軍拡競争ということになって、両国にとって安全保障のレベルを低下させてしまうというジレンマをいう。
 注2 日本政府は、核兵器不拡散条約(NPT)に加盟することにより核兵器を否定してきた。また、非核三原則にあらわされる一貫した立場を日本政府は表明し、その立場は原子力基本法にも貫かれている。そもそも狭い国土に人口と産業が集中した日本には、核に核で対抗するとの考え方はなじまないし、弾道ミサイル防衛システムにより米国の核抑止力を補完することも可能である。さらに、本報告の考える統合的安全保障戦略を前提とすれば、戦略的にも核兵器の保持は必要ないし、保持することはかえって国際環境を悪化させる可能性があるので望ましくない。
 注3 「拡大抑止」とは、自らの領土でない同盟国などについても、これに攻撃があれば、反撃するとのコミットメントを明らかにすることによって、これへの攻撃をおこさせないようにすることである。
 注4 グローバル化の下で、紛争、難民問題、感染症、突然の経済危機などの人間の生存、生活、尊厳に対する脅威から各個人を守る取組を強化しようとする考え方である。
 注5 Proliferation Security Initiativeの略で、国際社会の平和と安定に対する脅威である大量破壊兵器・ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、国際法・各国国内法の範囲内で、参加国が共同してとりうる措置を検討しようとの提案である。