防衛関係資料


 

懸賞論文「海上の安全保障」 優秀賞

シーレーン防衛急務

高木功介氏(筑波大大学院)


 はじめに 海洋基本法・海洋基本計画とその背景
 わが国が海について近代的な関心を持つようになったのは幕末に欧米列強から開国を迫られた時からであろう。もっとも、その時の姿勢は国防そのものであり、海からの来襲にどう対処し、国益を守っていくかという考えであった。こうした考えは、現在も続いており、漁業や海運・海洋汚染問題などに対しても、海がもたらす恩恵や利益を最大限に享受しようとする「利用者」の姿勢から海を捉えてきた。そのため、持続可能な海の開発や利用を実現するための枠組みや制度を整備しようとする「管理者」としての姿勢が中々見られないでいた。
 そもそも、この海洋基本法・海洋基本計画自体は平成八年の国連海洋法条約の批准にあたっての国内法整備の一環であり、同計画の総論にもあるように国連海洋法に基づき海洋に関する基本姿勢が明確化されるとともに、海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推進するために設立された内閣の総合海洋政策本部の基本姿勢であり、「管理者」としての基本姿勢を示した物である。
 そのため、海洋基本法・海洋基本計画を分析するにあたっては国連海洋法条約が重要な役割を負うことになる。国連海洋法条約は本文だけでも320条、他にも付属書や特別協定などもある膨大な条約である。そこまで膨大な条約になった理由は、まず、海の利用について各国の関心が高まり国益が密接に絡まってきたにも拘らず、先進国対途上国、沿岸国対遠洋漁業国などの間で互いに不信の念が強く対立が深まってきたからである。そして、本来なら各国が自力で国内法を整備し各国と二国間交渉によって解決すべき問題まで国連海洋法条約という多国間条約に細かく各国の権益を記しておき、それを背景に国益を維持したいと考えたためであろう。
 わが国は先述したように、国連海洋法条約批准に伴う国内法の整備を進めた。この迅速な対応は世界的成果であり国際海洋法裁判所においても、わが国の関係国内法が公式の場でもモデルケースとして引き合いに出され、国内法令が個別の事例や紛争でどのように援用され適用されているか関心を集めている。しかしながら、現実にはわが国の行政機関、民間会社や漁業者・国内の裁判で国連海洋法条約に関する国内法が上手く活用されているか考えた時、些か鈍いと言える。そうしたこれまでの反省を踏まえて、この度、施行された海洋基本法・海洋基本計画が将来のわが国の安全保障を磐石にするために有効活用される事を期待したい。
 本論では、国連海洋法条約と海洋基本法・海洋基本計画を通してわが国が持続可能な発展を遂げられるための提言を試みるが、両条約とも海をめぐる法律・計画のため多岐の分野に渡る。そのため、防衛省・自衛隊が直接的に関わるであろう安全保障の分野に焦点を当てて論じたい。
 国際法から考えた海洋基本法・海洋基本計画
 海洋基本法・海洋基本計画における防衛省が最も注目すべき点は、『海洋に関する国際的連携』であろう。わが国の安全保障においても海上におけるテロ対策や大量破壊兵器等の海上輸送へ対応するための体制の確立が重要であり、そうした安全保障の確立に自衛隊が将来的に果たすべき役割があると考えられるからである。しかしながら、海洋基本法・海洋基本計画では理想に終始しているようにも思え、些か具体例に乏しく、あくまでも計画・方向性の指示のように思える。そのため、そうした計画から一歩踏み込んだ主張を国際法的な側面から考えたい。
 テロ対策については、そもそも9・11テロ事件以降クローズアップされた問題であるため先例に乏しいが、海賊対策にその国際法的解釈を求める事が出来よう。海賊とは従来、公海で行われたものを対象としており、そこでは、どの国も「人類共通の敵」として海賊を発見した場合、捕らえることができる。そこには、公海上の航行に対する安全の確保という国際法上の公共利益・共通の利益があり、各国に臨検・拿捕・処罰の権限を付与している。また、本国に取り締まる力が無い場合は、本国からの要請に応じて国際社会が協力する義務が存在している。だが残念な事に、こうしたこれまでの海洋法が対処してきた海賊と現代の海賊は状態が異なる。一つには、テロ組織もそれに含まれるが大規模に組織化され、武装も強化されている点。そして、そうした「海賊行為」が公海ではなく沿岸国の領海、またはその一部である国際海峡で発生している点である。つまり、領海内の無害通航権、国際的共通利益、安全保障という国益、自国船・邦人保護という諸問題が複雑に絡み合っている。こうした問題は法的に詰めておく必要があるが、シーレーン問題というわが国の国益・邦人保護という問題を例に挙げると、外国の領海の中でわが国の法益を主張することになり、相手国との法的な抵触が生じる。
 実際問題、領域内で海賊問題が発生した場合、わが国が採り得る対策は、沿岸国からの要請に基づき、捜査共助・司法協力を行う事が限界であると考える。そのため、沿岸国として海賊の発生を防ぐという「責任の所在」を明確にしておく必要がある。そもそも、無害通航権を外国船に保障する事は法的に捉えると沿岸国の義務であるが、沿岸国は航行上の危険を排除することは義務であるか議論の余地がある。国連海洋法条約では核物質や有害危険物を搭載した外国船に対しては、航路帯、あるいは航行分離帯を指定して、通行を促す事が出来る。これを応用して、海賊を防ぎシーレーンの安全確保のために航路帯・安全路を指定して、航路の安全を確保することや、沿岸国の力が足りなく安全が保証できない場合、沿岸国は他国に要請して安全確保に努めることを義務化する制度の構築も必要であろう。そのためには、法整備も不可欠であるが、沿岸国の海上保安能力の向上や各国間の信頼と連携が重要である。海洋基本法・海洋基本計画でも、それに関連する法整備を目指す事は謳われているが、自衛隊の派遣などについての法整備・具体的活動については触れられていないのが残念である。そのため、自衛隊の派遣も当然視野に入れた計画の策定が必要であると考える。
 まずそれには、戦時において自衛隊が多国籍軍として展開する事を目的とするような仰々しいものではなく、シーレーン確保に各沿岸国と相互連携を迅速に出来る「約束」を結ぶレベルから始める必要があるが、自衛隊の性質上、わが国の憲法との関係があり沿岸国政府は勿論、内外の国民の理解を得なくてはならない。
 なお、筆者は2003年4月9日に来日中のフィデル・ラモス フィリピン元大統領にこの質問をした経験がある。自衛隊がフィリピン沿岸でシーレーン防衛のため展開を希望した場合、フィリピンは受け入れるか。と言う質問であった。見解は非公式なものとは言え、受け入れる事に反対することはなく、国民の理解も得られるであろう。と言うものであった。つまり、それはフィリピンをはじめ東南アジア諸国がわが国に対して大きな信頼を寄せている事に基づく発言であり、その形成には戦後、長期に渡り平和友好外交を展開してきた成果だと言えよう。
 このことからも今後も、わが国が対外戦略を執る際にも、国際社会が平和と安定を確立できるように日本国憲法に掲げられた人類共通の理想を尊重した戦略を執ることを忘れてはならない。
 結語 海洋基本法・海洋基本計画を超えて
 わが国がシーレーン防衛を考える際、これまで述べてきたような沿岸国との協調など国際的な協力、それに伴う、国際的な役割分担も必要であろう。かつ、シーレーンとは海上防衛のみを指すのではなく、ターミナル港湾の防衛をはじめ各種の政策が急務となっており、こうした防衛にも国際間の協力体制を採る必要がある場合の法整備などを考えねばならない。今回、海洋基本法・海洋基本計画の策定が行われたが、わが国の安全保障政策の根本的な見直しも必要な時期に来ている。1981年5月、鈴木善幸首相はワシントンにおいて、わが国の1000海里のシーレーン防衛を公約し、それに応えるため、わが国は海上防衛力の整備を遂行し現在に至っている。
 しかし、わが国は憲法の制約に伴い、専守防衛に徹して、他国に脅威を与えない事を防衛の基本としている。そのため、歴代の政府見解も集団的自衛権の行使を認めず、シーレーン防衛についての行動範囲もわが国の周辺海域に限定されている。しかしながら、国際公共財であるシーレーンは世界に拡大しており、世界第二位の経済大国であり、全世界の貿易の約17%を占め、その貿易の99・6%(重量ベース)を海路に依存しているわが国が周辺海域のシーレーン防衛のみに限った国際貢献では不都合が生じる可能性がある。シーレーン防衛という観点からではないが、現在、テロ特措法により海上自衛隊のインド洋での給油活動などが行われており、インド洋周辺の安全保障に大きな貢献をしているが、暫定的なものであり、また結局はシーレーンの防衛を米国に任せているのが現状である。シーレーンの安全確保が沿岸国の責務によって守られる状態であるならば問題はないが、わが国の生命線である重要な国際公共財であるシーレーンの安全確保のためには集団的自衛権を行使しなければならない事態が発生する事も充分考えられる。
 今回の海洋基本法・海洋基本計画は海洋の重要性とシーレーン防衛の重要性とその問題点について広く国民に訴え、緊急時に対応する方向性を示す事を目的としている点で意義深い。将来的には、あと一歩踏み込み、シーレーン防衛、ひいては重要な航海上の地域安定に向けた法整備というソフト面の整備計画のみならず自衛隊の派遣を含めた緊急時における具体的な行動計画といったハード面の整備計画を策定し、国民の理解を得、強力に推進する必要があるように考える。