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1 はじめに
海洋の安全保障と安全を脅かすと指摘される麻薬、小型武器の密輸、人身売買、海賊といった新たな脅威に対し、日本は積極的な施策を打ち出していない。確かに「海洋の安全確保」(海洋基本法3条及び21条)には「海賊行為や大量破壊兵器の拡散問題等が懸念」(海洋基本計画)であると指摘し、ReCAAP締結のイニシアチブをとり、インドネシアに巡視艇を供与するなどの施策を推進している。にもかかわらず、政府は4月にソマリア沖を通過する日本客船の護衛を海上警備行動で命じようとしたが断念するなど、自国船舶の護衛すら困難な状況である。また政府は集団的自衛権に関する憲法解釈の見直しを計画しているが、目処は立っていない。
だがそもそも新たな脅威に対抗する安全保障は、新聞が主張するシーレーン防衛のような自衛権や国防などの従来の国家安全保障の文脈で論じることが妥当なのだろうか? 確かに海賊対策やテロ対策だけ考えれば、シーレーン防衛の延長で論じることもできよう。だが国防の文脈では、麻薬や人身売買などの脅威が欠落し、かつ武器の使用も自衛権の制約を受けるため、積極的な施策は困難となるのではないだろうか?
本稿は上記問題意識のもと、多義化し拡大する新たな脅威に有効に対処する安全保障を海洋保障と呼称した上で、国防と同義である従来の安全保障と区別し、日本の安全保障パラダイムの転換を促すものである。本稿は、従来の安全保障と海洋保障を比較検討して差異を提示し、安全保障を区分することによる利点と日本の方策を論じる。
2 安全保障の区分
従来の安全保障は、国家安全保障とほぼ同義で、以下の四点が指摘できる。第一に他国の軍事力を脅威とみなす点。第二に自国の安全と独立を防衛の対象とする点。第三に共通の脅威に対して、同盟を結ぶという点。第四に軍事と警察を区分する点。つまり、国家に対し直接の脅威となる敵国の軍事力に、いかに対処するかが課題であった。
しかし新たな脅威に対する海洋保障は、従来の安全保障と以下の四点で異なる。
第一に非国家アクターが脅威である点。海賊や麻薬密売などの組織は、基本的には、国際犯罪組織やテロ集団などの非国家アクターが主役である。例えば米海洋新戦略では、海上安全保障を、海賊、テロリズム、兵器拡散、麻薬密売などへの対処と位置づけている。
第二に防護対象が、自国の安全と独立には直接関係しない点。安保理決議1816号(2008)はソマリア領海内での拿捕臨検を許可し、これに基づきフランス、デンマーク、オランダなどがソマリア沖で各国船舶の護衛に従事している。また国連は安保理決議1838号(2008)では、WFPの人道支援物資の積載船舶護衛を特に強調し、ソマリア近海における船舶護衛を諸国に強く要請(Urge)するなど、人道的立場からの支援が求められている。
第三に従来の安全保障において仮想敵である国家とも協力を重視する点。ReCAAPには、インドネシア、マレーシアという対立する二大マラッカ沿岸国が不参加であったが、両国及びシンガポールは2008年5月に「マラッカ・シンガポール海峡協力メカニズム」を発足させ、情報共有を実施しつつ各国がそれぞれの領海をパトロールしている。また南アジアでは、対立する印パを含んだSARPSCOが2008年5月19日発足し、新たな協力関係が構築されつつある。また先の米海洋新戦略において中国にも参加を呼び掛けている。
第四に純粋な軍事活動ではなく、麻薬の摘発など警察活動が含まれる点。テロとの戦いのため、米仏蘭英パ丁加などの各国海軍によって構成された海上阻止活動は、単にテロリストの流入を防ぐのみならず、麻薬、武器密輸、海賊対処などの幅広い活動を行っている。
以上の点で従来の安全保障と海洋保障を区別することが可能である。海洋保障は、従来の安全保障と同時並行的に存在するが、従来の脅威の対象国を含め多国間協力が可能であり、越境犯罪には軍隊による警察活動で対処するコンセプトだといえる。
3 海洋保障導入の利点
従来の安全保障と海洋保障とに区別することの利点は、憲法や集団的自衛権などの問題に制約された日本の安全保障政策の行き詰まりを打開できる点にある。以下四点指摘する。
第一に海洋保障は、軍隊を含んだ活動であるが、憲法で禁止された集団的自衛権の行使ではないという点である。憲法が禁止しているのは、日本が武装して他国を侵略することであって、日本が軍事/警察力を使用した国際貢献、国際的警察活動を阻むものではない。集団的自衛権が禁止されていても、国連海洋法条約に定められた海賊の取締や奴隷貿易の取締が禁止されているわけではない。また我々は素朴に軍事活動と警察活動を区分して考えるが、「警察と軍の分業は少しも当たり前のことではなく、歴史的な現象にすぎない」として、この分業の揺らぎが指摘されており、非軍事分野における軍隊の役割が拡大する傾向が見られる。実際、同様の議論はPKOにおいても盛んであり、「PKOは軍の仕事でないが、軍にしかできない仕事である」との認識のもと、「軍隊と警察の中間的なものがあればよい」という意見もある。つまり現代では、軍隊の活動すなわち戦争という図式は必ずしも成り立たず、軍事組織による警察活動が求められる場面が存在する。よって海洋保障に基づくことで、自衛隊が憲法に抵触せず、国際安全保障への貢献を行いうる余地があるといえる。
第二に、テロとの戦いから海上阻止活動を分離することが可能となる。対テロ戦争は、アメリカの自衛権発動に基づく戦争であり、NATOも条約第5条の集団的自衛権を発動した戦争である。この自衛権の発動による戦争は賛否両論あり、米国においてもランド研究所は、テロとの戦いというコンセプトが、テロリストに「ムスリムへの攻撃である」との口実を与えていると指摘し、GWOT(Global War On Terror)からCOIN(COunter-INsurgency)へのコンセプト変更を提言している。日本においては特に憲法9条との関連で、テロとの戦いは集団的自衛権を巡る論争を引き起こしている。
しかし、インド洋における海上阻止活動は麻薬取締、海賊対策、武器密輸摘発などが中心であり海洋の秩序を維持するための警察活動と称する方が妥当と思われる。実際、安保理決議で要求されているソマリア沖の海賊対策は、海上阻止活動参加艦艇が中心となって担っている。しかし海上阻止活動がテロとの戦いの文脈で語られる限り、議論の多いイラク戦争と同一視され、錯綜することになる。よって自衛権に基づくテロとの戦いと海洋保障に基づく海上阻止活動を区分して考え、制度構築を目指すのが妥当と考える。
第三に海洋保障に基づく活動は、各国海軍との信頼醸成装置(CBM)としても機能しうる。集団的自衛権を有するが行使できないとする憲法解釈のもと、海上自衛隊による諸外国との訓練や活動は制限されたものとなっている。しかし、海洋保障というコンセプトにおいては、集団的自衛権の問題に制約されることなく、共同訓練や共同行動が可能となる。実際、日本が主催したこともあるPSIの共同訓練等では、海自、海保、各国海軍による共同訓練が実施されている。海洋保障に基づく協同行動は、各国海軍との信頼醸成に貢献することが期待できる。
第四に海洋保障は、人道支援活動まで拡大しうる可能性がある。たとえば、地震/津波などの大規模災害における各国が連帯した対処等が考えられる。実際、日本もインド洋大津波やトルコでの地震などにおいて護衛艦を派遣し物資輸送に従事した実績もある。しかし米海洋新戦略が提案する病院船派遣、救助、各種支援の展開などの活動を国際的な枠組みで実施することが可能ならば、より人々の安全を保障することに繋がるといえる。
4 日本の方策と課題
では、海洋保障に基づく活動を実施するためには、どのような施策が必要なのか?
まず現在の新テロ対策特別措置法は、対テロ戦争の文脈に基づくため、給油以上の施策が困難である。また海上警備行動の発動による海賊対策では、法制定時の想定外である以上に、他国海軍との協同や他国船舶救助の可否などの諸問題の生起が危惧される。よって、「武力の行使」や「集団的自衛権」の行使ではなく、他国海軍との協同による「武器の使用」を視野に入れた警察活動のための海外派遣恒久法の制定が望ましい。
また、現在のソマリア沖の対海賊活動や海上阻止活動は、国際的に恒常的体制ではない。かつて国連主導の対海賊部隊については、「海賊退治に国連が乗り出そうとしても、艦船と兵員を提供する国は望み得ないという議論」もあったが、スペイン政府が「強力かつ効果的な集団的安全保障システム」をインド洋に確立するべきだと声明を出すなど、海のPKOの体制構築に向けた潮流が生じつつある。海洋保障に基づく政策の正当性を確立するためにも、海のPKO構築のための安保理決議や、海洋安全担当部署を国連PKO局内に設置させるなどの国連機構改革まで視野に収めた国連外交を展開することが望ましい。
安全保障は国際社会を突き動かす原動力であるが、日本は今まで受身の対応しか取れなかった。しかしながら、日本は従来の安全保障と海洋保障を区分することによって、従来の思考から離れた柔軟な安全保障政策を実行することができる。このとき日本が国際安全保障において積極的な役割を果たす素地が初めて整うだろう。 |